居候
自分が邪魔に思われている事は前から知っていた。
当たり前だ。自分は他国の問題をこの国に持ち込んでいるのだから。他の国では王にあたるこの一族の当主も彼女の扱いに困り果てているのだろう。ミュコスは複数の一族で構成されている不思議な国だ。一族同士の争いは結構あると聞いている。そのトップにあたる二つの一族は今は争いはしていないが、かなりの緊張状態だ。
なのに、問題のある他国の王族を預かっている家があるのだ。それが一族にとって重要な『まじない師』の家では問題にせざるを得ない。
それでもセシリアは逃げるわけにはいかなかった。
自分は生きなければいけない。多分息子は殺されているのだろう。自分も死んだ事になっている事は噂で聞いている。
あの時、瀕死の自分を義母が必死に逃がしてくれた事は感謝している。そのおかげで、前に義母がお世話になったというミュコスのまじない師とその夫の屋敷にお世話になる事が出来ているのだ。
「ごめんなさいね、セシリアさん」
久しぶりに会う義母のバルバラがそう詫びる。
「いいえ。私がいけないのです。油断したから」
「あなたは出産直後だったのだから仕方がないでしょう。『いけない』のはマルティネス様よ」
義母のバルバラはかなり自分を気にかけてくれている。それが申し訳ない。
「まったく当主様も何を考えているのだか」
まじない師であるアリアネ・シンガスがため息まじりにそうつぶやく。今はアリアネの家にバルバラが訪問しているので、みんなでお茶をしているのだ。
「まあ、広い視野で考えれば、いずれはセドレイ・エルナンの時代になるのだから、どちらにつけば特なのか分かるだろうになあ……」
「そうよ! 当主様は何にも分かっていないのよ!」
アリアネとその夫は何故か当主について文句を言い合っている。セシリアは困ったようにうつむき、バルバラは苦笑した。
彼らはセシリアがお世話になっている家の人たちだ。どうやらバルバラがまじない師の勉強をしていた頃に魔術を教えてくれた人らしい。いわゆるバルバラの『師』の一人だ。
「いくらなんでもセドレイ・エルナンを呼び寄せて押し付けようなどと考えるなんて。セドレイナ・セシリアを殺そうと考えているようなものだ。まったく。一国の王太子妃を何だと思っているんだ」
「そうですわね。だから必死に止めて私が来たのだけど……」
「あ、バルバラさんなら大歓迎よ」
「それではまるで息子が歓迎されないようではありませんか」
「今の状況では歓迎出来ないわ」
セシリアはそっとため息をついた。もちろん夫には逢いたい。でももし会ったら夫はどんな手を使ってでもセシリアを取り戻そうとするだろう。その過程で彼が酷い目に遭ってしまうのが恐いのだ。
そういえば数日前に不思議なことがあった事を思い出す。
「ところで王妃殿下」
「どうしたのです?」
「この間、ストロベリーブロンドの髪をした男性が私を見て驚いていたような気がして……。あの方は誰なのでしょう? 私の方は心当たりがありませんし……」
「あら、セシリアちゃん、浮気はダメよ」
アリアネが冗談めかしてからかってくる。でもそういう意味ではない。ミュコス人は基本的に黒髪をしている。その中でものすごく目立っていたので気になったと言うのもある。
そしてこの地区に訪れる他国人は基本的に王族が多い。ここは当主の一族や、それに近い親戚が集まる場所なのだ。
その男性の口からセシリアの存在がエルナンに知らせられるのではないだろうか。
「大丈夫ですよ」
バルバラはやけにきっぱりと言い切った。根拠はあるのだろうか。
「その方はきっとイライアの夫君ですから」
「イライアちゃんの?」
イライアは夫の上の妹だ。エルナンに懐いていたのをよく覚えている。だが、セシリアの記憶の中でのイライアは十四歳の少女のままで止まっていた。その義妹が結婚するというのが一瞬理解出来なかっただけだ。よく考えればイライアはもう十九歳になっているはずだ。結婚もするだろう。一国の王妃になっているというのが驚きだったが、大国の王女なのだから当然なのかもしれない。
「そう。レトゥアナ王国国王のビバル陛下。まったく。イライアが来る事でも期待していたのかしらね」
ため息まじりに言う。
「だからセシリアさんの存在に気づいたとしても、エルナンに話すのはイライアが止めてくれるわ」
随分とイライアを信頼している。娘なのだから当然なのかもしれない。
「それにしてもどうしてその方は私の顔を知っていたのでしょうか? レトゥアナ王国はアイハ王国とそんなに仲良くないはずでは?」
少なくともセシリアが王太子妃だった頃はそうだった。
セシリアのその質問に、バルバラは困ったように苦笑する。自分は何かまずい事を聞いただろうかと不安になってしまう。
「ビバル陛下は即位する前にアイハに遊学という名の人質状態だった事があるのです。その時にあなたの肖像画でも見たのでしょう。エルナンはかなり彼に気を配っていましたから」
まあ、とアリアネが悲しそうな声を出す。優しい人なのだ。ビバルに同情しているのだろう。
「マルティネス王はそんなに酷い事をしているのですか? 前に会った時はまともに見えたのですが……」
「不幸なきっかけが重なって、昔の復讐に取り憑かれてしまったんですの」
バルバラは悲しそうに言った。
復讐。その言葉にセシリアはうつむいた。昔のテジェリアと王家のもめ事の話はセシリアも知っている。そういえば、エルナンもこちら側の真実を聞きにテジェリア領に来て、セシリアと近づいた事を思い出す。
マルティネスにとってセシリアの存在は不愉快だったのだろう。だからこそ、自分は今、こんな目に遭っている。おまけに他国の者にまで迷惑をかけているのだ。
「気にしない方がいいわ、セシリアちゃん」
アリアネがそっと肩に手を置いてくれる。この老婦人は本当に優しい。彼女には拒絶されていないのが分かる。
そんな二人の様子をバルバラは困ったような顔でじっと見つめていた。
ミュコスの国の事情は「へー。この世界にはこんな国があるんだー」くらいに思ってくれれば大丈夫です。




