面影
「……それはどういうことでしょうか? ビバル様」
イライアは唖然としていた。
もちろんイライアはビバルに嘘など教えていない。なのにどうして疑われなければならないのだろう。あまりに酷すぎる。
それが表情にも出たのだろう。イライアの機嫌を損ねたと分かったビバルは慌て始めた。『そういう意味ではない』とか言っているが、だとしたらどういう意味なのだろう。
自然と眉が潜まっていく。もちろん脅すためではない。
「イライア、聞いて欲しい」
「わたくしは聞いていますよ。ちっとも話してくれないのはビバル様の方ではないですか」
冷たく指摘する。ビバルはしゅんと落ち込んだ。
イライアはため息をついた。これでは堂々巡りだ。
「そろそろ何故わたくしを疑ったのか説明してください」
厳しい声でもう一度促すと、ビバルは深く息を吐いた。ため息をつきたいのは自分の方だ、と言いたいのをこらえる。
「この会話はセドレイ・エルナンには……」
「聞かれていませんよ。お兄様が『他国の王太子が聞いてはいけない話もあるだろう』とおっしゃっていましたから」
つまりこの話も『他国の王族が聞いてはいけない話』なのだろう。
「この間、『ミュコスで見かけた人の一人と、前にどこかで会ったような気がした』という話をしたことは覚えていますか?」
イライアは黙ってうなずく。
「その女性が誰に似ているのかは分かっているんです」
ビバルはつばを飲み込む。まるで言ってはいけないことを告白するみたいな雰囲気だ。『女性』という言葉に少しだけ胸がざわめくが、気がつかないふりをする。
「アリッツなんです」
そして絞り出された名前にイライアは目を見開いた。
「ビバル様……どうして……」
そう口から漏れることで、イライアはビバルの言っている意味が分かったと伝えてしまっていた。
「じゃあアリッツは……やっぱり?」
「ええ」
「いつ知ったんですか?」
「あの旅行の時にカルロッタから聞きました」
「カルロッタばあちゃんから?」
イライアは無言でうなずく。
「もしかしてそれで後見を?」
「ええ。そう頼まれましたから」
後見の話はその日のうちにビバルにも話した。もちろん帰ってからノエリアにも報告してある。義母には『本当にいいの?』と聞かれたので、事情を知っている事は分かった。今思えば当たり前だと思う。セルジがこんな重大な事を国王夫妻に報告していないはずがないのだ。
「どうして黙っていたんだ! そんな大事な事を!」
「アリッツを危機にさらさないためよ。ビバル様は顔に出るし。……知られないようにしなければ、と思って。もしかしたら……暴走するかもしれないし。そうしたらアリッツが危ないでしょう?」
わざと主語を抜かして言う。それでも、前にイライアの話を聞いたビバルは正確に理解してくれたようだ。
「人質に取られているようなものだな」
「手出しはさせませんよ。わたくしが後見しているんですからね」
「そうか。そのための後見か」
ビバルの言葉にイライアはうなずく。
それより、ビバルはどうやって知ったのだろう、と考える。聞いてみると、どうやらその女性に会った時にパズルのピースがはまっていくような気がしたという。まあ、アリッツの声を聞くといつも背筋を伸ばしてしまう事からも知られてしまったのだろう。
エルナンの小さい頃にそっくりな声を持っている少年と瓜二つの女性。そして、イライアが嫁入りしてから関わってくるようになって来たミュコス国。そう考えれば自然と正解に行き着く。
普通はそんなに簡単には行き着かないものだが、正解を知っているイライアには納得のできるものだった。
それにしても兄にまで接触してくるという事は、ミュコス国は義姉を持て余しているのだろうか。
限界、なのだろうか。無理もないかもしれない。命を狙われている他国の王太子妃をかくまっているのだ。緊張感も、ものすごいものなのかもしれない。レトゥアナに連絡して来たのは、親戚であるイライアに預かってもらうためだろうか。
「それにしても、どうしてミュコスにいるのでしょうね?」
それだけが疑問だ。ビバルも腕を組んで考え込んでいる。
「でもまだ、他人のそら似という可能性もなくはないから」
ビバルの言葉に苦笑する。
「でも、本人なら似ていますよ。アリッツの顔を見たとき驚きましたもの」
「だったら可能性は高くなる、か」
「ええ」
それでも義姉の葬式はあったはずだ。そう考え、イライアはその『葬式』を見ていない事を思い出す。イライアは義姉をかばった事でマルティネスに攻撃されて三日間ほど意識を失っていたのだ。
もちろん遠征に出ていたエルナンも見ていないはずだ。
ただ、葬式が行われたという事は、妹から聞いている。
それが遺体のないものだったとしたら……。
そういえば、義姉が刺されてから、イライアが目覚めるまで、フローラは食事を与えられずに放っておかれたという。目覚めてから知って慌てて食事を用意させた事を今でも覚えている。
それが事情を知っているフローラを消すためだったとしたら……。
そこまでして父が隠したかったものは……。
頭の中でいろんな考えがぐるぐると回る。
「でもたしかにさされていたのよ。わたくしはみたもの」
ぼうっとしながらつぶやくイライアをビバルは痛ましい表情で見ていた。
それでもこんな事を兄には相談出来ない。
一体どうしたらいいのだろう。何が正解なのだろう。
ふと視界が暗くなった。気を遣っていると分かる手がイライアの頭をなでる。
「ビバルさま……」
「ゆっくり考えよう。ミュコスの者にも聞いて、それから考えても遅くはないから」
「そうですね」
とりあえず今はそれで納得するしかないのだ。
もどかしい思いを抱えたままイライアはビバルの腕の中で細い涙を一筋流した。




