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愛国妃  作者: ちかえ
第一章 アイハ編
7/88

魔女

第一章の「2」スタートです。


暴力シーン(魔術ですが)が出てきます。ご注意を。

 今日の相手をベッドに残し、カラスコ侯爵は酒を取りに自分の書斎へ向かった。


 つまらない女だった。酒を飲みながらそんな事を考える。顔はある程度整っているが、話題に乏しい。それにろくな地位もない女だ。こんな女は一晩で充分だろう。


 もっと身分のある女が抱きたい。身分のある若く美しい女。


 ふと、一人の女性が頭に浮かぶ。

 アイハ王、マルティネスの愛娘、第一王女イライア。柔らかそうな金糸の巻き毛に気の強そうな青い瞳をした少女。王が特に目をかけていると言われている王女だ。


 王女ほどの身分の娘なら形だけの婚姻を結んでもいい。自分ほどの身分ならば王もきっとすんなり結婚を承諾してくれる。そうしたらこっちのものだ。もしかしたら宰相の地位も夢ではないかもしれない。

 色男で知られる自分ならば、王女も容易に落ちるだろう。そうして王女を使って国王を操ってやるのだ。

 あの美しい娘なら自分も満足するだろうし、もし飽きたとしても好意がある振りを続ければ騙されてくれるだろう。愚かで、おまけに野心があると聞いている。彼女と手を組んで病弱で大人しいエルナン王子を消し、女王の地位に押し上げてやれば王配も夢ではない。いや、彼女を言いくるめて王の地位に引き上げてもらおうか。共同王なら誰も文句は言わないだろう。カラスコ侯爵は小さな笑いをもらした。


 不意に強い風が吹く。くらりとめまいがした。女の高笑いが聞こえる。


「誰だ? 私の屋敷に……」

「お邪魔します、と言うべきだったかしら?」


 気づいた時には近くの椅子に女が一人座っていた。先ほど笑ったのもこの女だろう。まるで自分がこの屋敷の主とでも言うように堂々と足を組んで侯爵を見つめている。だが何故か逆光でもないのに、こちらからは彼女のシルエットしか見えない。見た所、十代後半くらいの若い女だ。


「こんにちは、カラスコ侯爵」

「お前は?」

「『魔女』と言えば分かるかしら?」


 見えなくとも凶悪な笑みを浮かべているのが分かる。その名前には聞き覚えがあった。最近王国を騒がせている女だ。先ほど十代だと思ったのは魔術かなにかで若作りしているのだろうか。


「その魔女殿が私に何の用だ」

「私の用と言ったら一つしかないでしょう? 『終焉の入れ墨』を入れに来たのよ」


 『終焉の入れ墨』、そう聞いてカラスコ侯爵は身震いした。それを入れられたものは数日間苦しみ抜いて最後には死んでしまうという恐ろしい呪い。目の前にいる『魔女』だけがそれを入れられる。王もこんな術は知らないと言っていたから彼女のオリジナルの魔術なのだろう。

 つまり自分は『魔女』に殺されようとしているのだ。


「じょ、冗談じゃない! 私は侯爵だ。それに……」

「そういえば先ほどかなり愚かな事を考えていたようね。『未来の王配』ですって?」


 何故それを知っているのだ、と思ったがすぐに理解する。彼女なら人の心を覗くくらい簡単だろう。


「王女を誘惑し婚姻関係を結んだあげく、彼女を使って政権を握るですって? あなたみたいな小物にそんな事が本当に出来ると思ってるの?」

「何だと! 魔女ごときが私を愚弄するのか」

「いいえ。驕っているという真実を知らせてあげただけ。そんなに物事は甘くありませんわ、カラスコ侯爵。あなたみたいな愚か者に引っかかったら王女の立場も何もないですわね。第一王女殿下を愚弄しているのはあなたよ」


 魔女の目が細まったのがわかった。怒っているのだろう。王女には優しいらしい。王の政敵にしては意外な所もある。


「ふん。イライア王女だって女だ。優しい振りをすればなびいてくれる」

「今の言葉、本人が聞いたらどう思うかしらね」


 そう言いながらゆっくり立ち上がって侯爵の方に向かってくる。剣を出したいのに、魔術をかけられているせいか指先すら動いてくれない。彼女の目が光ったように見えた。頭までぼうっとしてくる。幻覚でも見ているのだろうか。それともこれこそが『魔女』の魔術なのだろうか。


「な、なにが目的だ? 金か? 地位か? 名誉か?」

「そんなどうでもいいものはいりませんわ」


 貴方じゃあるまいし。口にしなくてもそう言っているのがわかる。


「じゃあ何が?」


 魔女は黙って侯爵の肩に手をかける。その人差し指の爪が段々長く尖って来ている事に彼は気づかない。

 その指で頬を撫でられる。口も動かなくなった。


 本格的な恐怖心を感じ、逃げ出したくなる。だというのに、動けなくなった彼には逃げるという選択肢すら与えられていなかった。

 そんな侯爵の内心を見透かすように魔女は満足そうに笑う。そして素早く指を動かし、その爪で何かを彼の首にゆっくりと書いていった。

 『終焉の入れ墨』を入れられている、と分かってもどうしようもない。助けてくれ、という言葉すら出て来ない。

 彼女の手が離れると、痺れたような感覚が侯爵の体の中を駆け巡る。その最悪のタイミングで戒めを外される。苦しみのあまり侯爵は部屋の中を転げ回った。


「次期宰相有力候補ともあろう侯爵様がみっともないこと」


 ほほほ、と楽しそうに笑いながら、魔女は転げ回る侯爵を冷たい目で見つめている。その対比がとても残酷だ。


「最後に教えてあげるわ。私の目的は、アイハ王、マルティネスの破滅よ。あの愚王に伝えなさい。『あなたは王にはふさわしくない』と」

「こ、こんな騒ぐぅを起こしてた、ぁ、ですむとおもっ……ぅぅ、いるのか、この……きには……」


 必死に叫ぶが上手く言葉が出て来ない。


「あら。この屋敷の住人なら私の魔術でぐっすりと眠っているはずよ。あなたの情婦も、ね」


 助けは来ないのよ。そう冷たく言い放つ。


「ぐ、ぉ、おまえなん、くぅ、へへへへいくぅわーーーー! に、しょけぃー、されぐと、うぁぁぁーーーぃ!」


 お前なんか陛下に処刑されるといい。そう脅しているのに彼女には手応えがない。指を口に当てくすくすと笑っている。


「ではマルティネスに言いつけなさいな。ただあの愚王に何が出来るというのかしらね」


 彼女の口から聞いた事もない言葉が溢れ出す。呪文だ。

 『魔女』が彼に向かって手をかざす。その瞬間、雷のような衝撃が襲いかかって来た。ののしりたいが、苦しくて声を出す事も出来ない。


「あなたのような者が王宮を我が物顔で歩き回るべきではありませんわね。『用なし』としてマルティネスに処刑されるのはあなたよ」


 その言葉は最後まで聞こえなかった。侯爵は苦しみの中、意識を手放していく。


「これで終わり? 手応えのないこと」


 つまらなさそうにそう言い残すと、気絶した侯爵をそのままに、魔女の姿はその場から消えた。

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