尋問
暴力シーンが出てきます。ご注意を。
恐怖に怯える『ミニィ』を見て、イライアは哀れだ、と感じた。
先ほどまで彼女は自信に満ちあふれていたのだ。それが、今はイライアの目に射すくめられ、がたがたと震えている。
それでもイライアは威圧感をゆるめてあげるつもりはない。
「まったく。何よこれは。わたくしを馬鹿にしているの?」
カップを見ながら冷たい声でそう言う。
「ど、どういう意味でしょうか、王妃様。私は何か王妃様に不愉快な事でもしたでしょうか?」
びくびくするミニィを一瞥してからお茶を解析する。中身は予想通りだった。
「あなたはヴィユ草が大好きなのね」
エルミニアは息を飲む。
「ヴィ、ヴィユ草? 何の事でしょうか?」
明らかに慌てている様子が滑稽だ。だが、そのおかげで馬鹿にしたように笑うのに演技をする必要がなくなった。
「あまりわたくしを甘く見ないで頂戴ね。これでもわたくし、薬草に精通していますのよ。そうそう。ついでですから教えて差し上げますわ。ヴィユ草というのはとてつもなく苦いうえに効くのが非常に遅いから毒殺には向かないと言われてる毒草ですわ。ご存じなかったの? ミニィ……」
そこでわざと言葉を切る。先ほども同じ手を用いたが、問題はないだろう。イライアはエルミニアが怯えてくれればいいのだ。
「……いいえ、エチェバリア侯爵夫人。それとも『淫魔夫人』と呼んだ方がいいかしら?」
呼ばれた呼び名にエルミニアは目を見開く。それと同時に詠唱して変化を解いてあげた。
エルミニアは元に戻った自分の姿を見て悲鳴を上げた。
「ど、どうして……」
「『どうして』? わたくしがあなたの正体を知っている事に気づいていたんでしょう? だから毒を盛ったのよね? 違うの?」
エルミニアは唖然としている。どうやらそこまで思い至っていなかったらしい。一体、何を考えていたのだろう、と呆れる。
「さて、未遂とはいえ、一国の王妃に毒を盛った罪は重いわよね」
冷たい目はそのままに、血のような真っ赤な液体が入ったカップを揺らしながら、くすくす、と楽しそうに笑って見せる。
「王妃様はどこまでご存知なんですか?」
「そうねえ、あなたがお父様の命を受けて来た間者兼暗殺者だって事くらいかしら? わたくしが使えなかったからってわざわざ自分の愛人にそんな役割をさせる事もないでしょうに」
「私が愛人ですって?」
「お父様の手、ついているんでしょう?」
軽蔑した目で見てあげる。エルミニアは悔しそうに唇を噛んだ。それで当たりだとわかる。もっとも、最初から知っていたが。
「まったく。恥知らずよね……」
「恥知らずはどっちだ! マルティネス様の命令も聞けない愚か者が!」
考える前に足が動く。かかとの高い靴はこん棒の役割も果たしてくれるようだ。エルミニアは床にうずくまりうめいている。
「気絶しないだなんて頑丈だこと」
それでもイライアの気はすまない。だから言葉で責める。
「わたくしはレトゥアナ王国の王妃よ。レトゥアナ王国の味方ではない者は敵でしかないわ。だから『マルティネス』も敵なのよ。まあ、アイハにいた時からあの男にはいい感情を持っていなかったのも真実ですけど」
エルミニアは目を閉じる。気絶した振りをしようとしているのだろうか。だが、それで許してあげるつもりはない。
もう一度、今度は脇腹を靴のかかとで蹴りつける。
「起きなさい! 自分が何をしたのかその身で味わうのです」
怒りにまかせて何度も蹴る。心の中にどす黒いものが沸いて来ている気がする。『魔女』として動いている時に何度も感じた感情だ。
今の自分の顔は相当マルティネスに似ているのだろう。
そう思うと怒りがしぼむ。ああはなりたくない。
「まあいいわ。捨て駒をこれ以上いびっても時間の無駄ですし、そろそろ終わりにしましょうか」
「す……て……?」
エルミニアは呆然としている。そんな事にも気づかなかったのだろうか。
「もしあなたが成功したとして、無事に帰れると思ったの? 口封じに消されるに決まっているでしょう。マルティネスはそういう人間よ」
「どうしてあなたにそんな事が……」
「これでも娘ですからね」
どことなく寂しく感じる。でもそんな事を感じてばかりではいられない。扉の外の人たちもやきもきしているだろう。
そろそろ尋問に入る事にする。
エルミニアの目をまっすぐ見つめる。そして魔法を展開させた。術者の思い通りに喋らせる魔法だ。
そういえばこれを最後に使った相手は父だった事を思い出す。
——アイハにいられるのももう少しなんですもの。イライアのお願いを聞いてくださる? お父様。
猫なで声で甘えるように言った『お願い』をマルティネスはきちんと聞いてくれた。
だから、今、イライアはまだこの術を使う事が出来るのだ。それはとてもありがたい事だった。
エルミニアの目がうつろになったのを確認して、イライアは小さく笑う。
座りなさい、と命じようと考えてやめる。今のエルミニアはイライアが蹴ったせいで血まみれだ。そんな『もの』をイライアお気に入りのソファーに座らせる気はない。可哀想だが、カーペットの上に寝かせたままにしておく。ただ、イライアの方は目の前に椅子を持って来てゆったりと座った。そうして足を組み、エルミニアを見下ろす。いい気分だ。
「あなたはわたくしの問いに素直に答えればいい。思うがまま、真実を喋りなさい。わかったわね?」
エルミニアはイライアに操られるままにこくりとうなずいた。
「さて、どうしてわたくしを毒殺しようと思ったの?」
「憎らしかったから。マルティネス様にかわいがられていると言われているくせに、ちっともマルティネス様の指示に従わない裏切り者だから」
父にかわいがられている。それが真実だったら、と幼い頃はよく思った。今はもう諦めているが。
「わたくしを殺すのはお父様の指示?」
「いいえ。私が独断で……。マルティネス様はレトゥアナ王国の傀儡の女王にしたかったみたいだけど」
まったく。『傀儡』が好きな男だ、とイライアは心の中でつぶやく。でも傀儡になってやる気などまったくない。
「マルティネスの本当の計画は何?」
「ビバル王を殺す事。そしてそれによってイライア王妃の心を壊す事。そうして心のない傀儡にする事」
わかっていたけどいい気はしない。扉の向こうから何人もの息を飲む音が聞こえる。もう少し我慢して、と心の中だけで言う。心の声では伝わらない事はわかっていたが。
「それで、わたくしを殺したらあなたはどうするつもりだったの?」
「暗殺者にあなたが殺されたとビバル王に言って、ショックを与えたところに同じお茶を与える予定でした」
無理だろう、と思う。このお茶はヴィユ草もそうだが、後から加えられた——イライアはエルミニアがポットに毒薬を入れるところをきちんと見ていた—ー毒薬も性能がいいものではない。一杯飲めば死ぬだろうが、あんな苦いものを好んで飲む人間はいないだろう。イライアだったらもっと上手く作れる。
「同じお茶を?」
「はい。そうして王が死ねばマルティネス様の元にレトゥア領が帰ってくるのです!」
何百年前の話をしているのだ、と呆れる。レトゥアナ王国がアイハの一領だったのはかなり昔の話だ。それもイライアどころかマルティネスも生まれる前に起こった出来事だ。それでもマルティネスには『レトゥア公爵領』にしか見えていなかったのだろうか。ずいぶん傲慢な話だ。
イライアはそんな事を許すつもりはない。
「そう。情報提供ありがとう」
それだけ言って術を解く。同時に魔術の縄でエルミニアを縛り上げた。
自分がどんな事を喋ったのかわかったエルミニアは真っ青になる。それから真っ赤になり怒りだした。
「このくそ餓鬼! よくも! よくも!」
その姿はとても滑稽だ。
「大丈夫よ。今の発言は宰相が全部扉の外でメモをとっているからね。一字一句違わずよ。せいぜい陛下の前で無様な言い訳を重ねるといいわ。どちらにせよあなたの処刑は決まったんですから」
自分でも性格の悪いと思える笑みを浮かべる。それを見て後ずさろうとするところを見ると、相当恐ろしい笑みなのだろう。
「さ、ゆっくりと眠りなさいな、『ミニィ』」
眠りの魔術を施す。『憎たらしい王妃』の目の前でエルミニアはゆっくり意識を失っていった。
「情けない姿だこと」
イライアはそれを嘲笑ってから、扉の外の人たちを呼びに行った。




