毒茶
エルミニアは唇を噛んでいた。
どうやら国王に彼女の計画が知られてしまったらしい。
本来なら、今日、計画が実行させるはずだったのに、彼によって阻止されてしまったのだ。おまけに男達からは『申し訳ありません』の一言もなかった。
「あの役立たず」
そうひとりごちる。
苛つきながら部屋を行ったり来たりする。何か役立つ物はないだろうかと荷物をあさる。ナイフかなにかがあれば国王や王妃を刺せるのに、そんなものはない。
鞄の中をかき回す。その時にエルミニアは信じられない物を見つけた。
なくしたと思っていたマルティネスの魔石だ。手紙送信用でなく変化用が二つ。こんな所にあったのかと安堵する。これを使えばミニィとして動けるのだ。
すぐに変化をしてカティアに挨拶に行く。カティアは素直に心配をしてくれ、『無理はしないでね』と言ってくれる。お人好しな女だ。
「まあ、ミニィ、久しぶりね」
その帰り道、聞き覚えのある嫌な声が聞こえてくる。
「お帰りなさいませ、王妃陛下」
悔しさを滲ませながらお辞儀をする。
「わたくし達の旅行中に体調を崩したんですって? もうベッドから出ても大丈夫なの?」
「ええ。おかげさまで熱もすっかり下がったんです。それでカティアさんに挨拶をしてきた帰りなんです」
「そう。よかったわ」
王族らしい優雅な笑顔を見せる。それがどこかエルミニアの思い人に似ているのを感じる。こういう時に、この女は彼の娘なのだと感じる。でもそれは嫌な気持ちだった。この女はあのアルチュレタの女の血も引いているのだから。
そんな事はこの愚かな女は気づかないらしい。ずっとニコニコしているのがその証拠だ。
「そうだわ、ミニィの快気祝いをしなくては!」
「え? そ、そんな! 悪いです!」
そんなのは嫌だ、とは言えない。
「遠慮する必要はなくてよ。美味しいお茶も淹れてあげる」
楽しみになって来たわ、などと言って勝手に盛り上がっている。
「そんな、王妃様にお茶を淹れていただくなんて……」
「気にしなくていいのよ。まだあなたは成人前の子供なのだから」
そういえば『ミニィ』はそんな設定になっていた。
でも王妃が淹れたお茶など飲みたくはない。王族なのだから、お茶など普段は侍女に淹れさせているのだろう。きっとまずいに決まっている。
「い、いいえ! 王妃様にそんな事をしていただくわけにはいきません! 私が淹れます」
「……そう。真面目ね。ではいつにしましょうか。今夜か明日くらいがいいと思うの抱けれど、どうかしら?」
「はい。それでかまいません」
「では明日ね。楽しみにしているわね」
王妃はそう言って上機嫌のままその場を去っていった。
****
自室に戻ったエルミニアはベッドの中でため息をついた。まだ要安静と言われているので大人しくしなくてはいけない。
自分は尋問されるのだろうか、と考える。王がエルミニアの計画を知っているという事は、王妃も知っているのだろう。そして怒り狂っているに違いない。顔は微笑んでいたが、何を考えているのかまではエルミニアにはわからないからだ。
だったら尋問される前に口封じをしてしまうしかない。幸い、ここにはマルティネスに送ってもらった猛毒がある。そして明日の給仕はミニィがやるのだ。
計画は決まったが、まだ心配だ。王妃にこの毒は効くのだろうか。今までの毒がビバルにもイライアにも効かなかったので不安になってくる。
もっときつい毒を飲ませなければいけないのだろうか。でもエルミニアは毒草にあまり詳しくない。知っているのはヴィユ草と、ニョラルの花の蜜くらいだ。
ふと、全部を混ぜたらどうなるのだろう、という考えが浮かぶ。幸い、ヴィユ草もニョラルも城の庭で見かけた。そして今は春なので、ニョラルの花は咲いているだろう。
ただ、ミニィには花の蜜をとる方法がわからない。マルティネスに問い合わせてみようかと考えるが、魔石が切れている事を思い出す。これでは相談が出来ない。そして機嫌は明日の昼までなのだ。聞けたとしても間に合わないかもしれない。
とりあえず、ニョラルは脇に置いておいて、ヴィユ草でお茶を作って毒薬を混ぜる事に決める。ヴィユ草だって猛毒なのだから問題はないだろう。
ヴィユ草は綺麗な赤色をしている。きっとお茶にも同じ色が出るだろう。観察したところ、王妃は綺麗なものが好きなようだ。喜んで飲んでくれるに違いない。
****
「少し前に実家から珍しいお茶が送られて来たんです」
「珍しいお茶ですって?」
王妃が食いついた。ミニィは内心にやりと笑いたいのを押さえる。ラストラ卿からお見舞いが送られて来たのは本当だ。でもそれはお茶ではなく、果物だった。そんな事はこの王妃は知らないだろう。ミニィは中身が開封されていない状態で受け取ったのだから。
「はい。体調が悪いとカティアさんか誰かが連絡してくれたみたいで……」
「でもそれはミニィのものでしょう? わたくしがいただいてもいいのかしら?」
「私はもういただいたので。美味しかったので是非王妃様にも飲んでいただきたいのです」
「そう。それは楽しみね。ではお言葉に甘えていただく事にするわ」
心底嬉しそうにそんな事を言う。これから死ぬ事も知らない愚かな王妃。ミニィは心の中で彼女を嘲笑った。
予定通り、ヴィユ草でお茶を淹れた。予想通りの色が出る。嬉しくなって飛び上がりたかったが、我慢して毒薬を混ぜる。
「まあ!」
お茶を出すと、王妃はまじまじとそれを見る。色で引きつけるのは成功したようだ。
「どう……でしょうか?」
尋ねるが王妃は答えない。それよりあなたも座りなさい、と椅子を勧められる。怪しまれないように自分の前にも同じお茶を置いた。
「何て美しいんでしょう!」
「お気に召しましたでしょうか?」
「ええ。何て綺麗な赤色なんでしょう。まるで……」
王妃はそこで言葉を止める。そうしてまっすぐミニィの目を見つめる。
そこでミニィは気づいた。
王妃は笑っている。でも目の奥底に恐ろしい光が宿っていた。
「まるで……血のようね」
王妃の唇がつり上がった。ぞっとするような冷酷な笑みが彼女の顔全体に広がる。その冷たい青い瞳に射すくめられ、ミニィはもう何も言えなくなっていた。




