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愛国妃  作者: ちかえ
第一章 アイハ編
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 のんびりと温かいお茶を口にする。

 アイハの王族には毒味の習慣がない。自分の魔術で毒のチェックは簡単に出来てしまうからだ。それすらも出来ない者など王族である資格はない。


「毒、か」


 昼間の事を思い出しつい眉をひそめる。あれはひどい。本当にあれはひどい。

 あれを野放しにする気はない。だが、少しでも動き方を間違えればイライア自身が命の危機に晒される。


 さて、どうするか。


 不機嫌に考え込んでいるとノックの音がした。イライア付きの侍女が応対に出る。


「まあ! セドレイ様。フローラ王女様まで。こんな夜更けに」

「イライアに大事な話があるんだ。少し外してくれるかな」


 兄のエルナンと妹のフローラだった。こんな時間に何の用だろうと訝しむ。


「申し訳ありません。もう夜も遅いですしお引き取りください」


 侍女の言葉に呆れる。今はそんなに遅い時間ではない。きっと父の命令でイライアとエルナンを近づけさせないようにしているだけだ。


「大事な話があると言ったろう。時間は関係ないと思うんだけど。大体僕たちは兄妹だ。遠慮などいらない」

「セドレイ様、お言葉をかえ……」

「命令だと言っているのがわからないのか。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと取り次げ」


 ついに兄が怒った。声が低くなっている。怯えているのであろう侍女に厳しい声でお茶の用意を言いつけ、エルナンは住人の許可も取らずに勝手にイライアのいる続きの間に入って来た。


「待ってください、兄さま!」


 後ろから慌てた様子でフローラもついてきている。


「イライア、入るよ」

「……もう入っているではないですか」


 馬鹿みたいな返事をしてしまう。エルナンがおかしそうに笑った。


「ちょっと考え事をしていたんですけど」

「話がある。考え事は後にしろ」


 有無を言わさない口調でそんな事を言う。一体どうしたのだろう。


 ほどなくして先ほどの侍女が新しいお茶とお菓子を運んでくる。美味しそうなクッキーに心が弾んだ。エルナンが、強行して悪かった、と優しい声と穏やかな笑顔で侍女に詫びる。侍女は頬を染めて退室して行った。いつの間に人払いまで命じていたのだろう。兄はすごいなと改めて感心する。


「イライア、お前一体何を考えているんだ。王女であるお前が他国の王子殿下を脅すなんて許される事ではない」


 侍女が出て行くと兄は単刀直入に用件を切り出して来た。雰囲気もがらりと変わる。穏やかな笑顔は消えていて、冷たいオーラが彼の周りを包んでいる。


 兄の口から出た信じられない言葉にイライアは思わず食べようとしていたクッキーを取り落としそうになる。


「何ですって?」

「ですから……に、兄さま、姉さまを睨みつけるのやめて。怖いから」

「ああ、ごめん。つい。続けていいよ、フローラ」

「……自分で言う気はないんですか?」

「お前が持って来た話題だ」

「でも先ほど兄さまが……もう、わかりましたよ。それで、姉さまがビバル殿下を脅したって侍女の間でちょっとした噂になってるんですよ」


 とんでもない言葉にイライアは目を見開く。


「ちょっと! どうしてわたくしがビバルさ……、ビバル殿下を脅さなければならないの?」

「僕たちが知るかよ。噂になってるから確かめに来ただけだ」

「わざわざ二人で?」

「僕のところにフローラが訪ねてきたんだよ。話し合っても埒があかないからね。本人に確認した方がはやいだろう。それにお前なら今やってなくても今後やりかねないからとりあえず釘を刺しに」

「兄さま、いくら姉さまでもまさかそんな」

「……お兄様、フローラ、それはちょっと酷くないかしら?」

「お前の今までの態度が態度だからな」


 兄の辛辣な物言いに妹が頷く。フローラも結構失礼だ。分かっていたが、兄妹間なので遠慮がない。おまけに今はプライベートな無礼講タイムだ。

 それにしてももう噂になっているのかと呆れる。侍女の間で噂が流れるのはいつもの事ながら速すぎる。

 だが、やはり身内に対しては誤解を解いておきたい。それにこういうときのエルナンは得てしてしつこい。早めに話してしまった方が楽なのだ。


「わたくしが脅したのは侍女の一人よ」

「何でまた?」

「ビバル殿下のステーキの付け合わせのディルタートの一部がヴィユ草にすり替わっていたから」

「ヴィユ草だと?」


 エルナンが眉をひそめた。フローラも露骨に嫌悪をにじませた表情をする。


 ヴィユ草とは薬草の一つだ。赤い綺麗な葉をしていて主に頭痛に効く魔法薬に使われるが、その葉自体は猛毒。ただ、基本的にヴィユ草は匂いが強い上に味も苦く、即死にもならないので毒殺には向かないと言われているのだが。それでも処置が遅れれば長時間苦しみながら死んでしまう。


「多分見た目がディルタートの赤い部分に似てたから使ったんでしょうね。見た目は上手く混ぜられていたけど香りで分かったから、慌てて魔術でビバル様……いえ、殿下が口にしないようにディルタートごと視界から消して、フォークやナイフにも引っかからないようにしたけど……ついでに殿下の記憶も魔法で少し操作したわ。付け合わせがあった事を忘れさせるためにね。もう大変だったんだから」


 昼餐の時の事を思い出し、ため息をつく。


「じゃあビバル殿下は大丈夫だったの?」

「大丈夫に決まってるでしょう! ちゃんと晩餐の席にいたじゃないの! 縁起でもない事言わないで頂戴、フローラ!」


 我を忘れて怒鳴った。ビバルが目の前で死んでいたかもしれない。そんな事考えたくもなかった。フローラはイライアの勢いに押され、小声で謝罪の言葉を口にする。


「まあ……嫌がらせだとは思ってたみたいだったけど。自分のお皿にだけ付け合わせがないなんておかしいものね」


「でも誰が……」

「エチェバリア侯爵夫人じゃないかしら。あの場にいてそんな事をやりそうな奴はあの女しかいないから」

「ああ、『淫魔夫人マダム・サキュバス』か」

「父さまの恋人ね」


 はっきり言う兄妹に苦笑する。こう言われると逆に清々しい。だが、あの侯爵夫人が嫌いだという気持ちは変わらない。


 父とエチェバリア侯爵夫人、エルミニアは四年ほど前から通じている。侍女扱いになっているが、そんな事はアイハ王城にいる者ならみんな気づいている。


 アイハの国教であるフレイ・イア教の神が夫婦神なので、この国では、いや、この世界のほとんどで一夫一妻が推奨されている。妻の他に愛人がいるなどあってはならない事なのだ。


 それを一国の王が堂々としている。それだけでも腹が立つのに、最近彼女は調子に乗って王妃であるイライア達の母親に影で嫌みを言っているらしいのだ。

 特にフローラは彼女への嫌悪感が強い。嫌みを言われていた時、母が幼い妹を連れていた事は何度もあったのだから。妹が影で泣いているのを何度も見たエルナンとイライアも勿論その事は知っている。


 王妃気取りの淫魔。それが彼女に対するアイハ王の子供達の共通認識だった。


「あいつが給仕だったのか? 今日」

「ええ」

「じゃあ間違いないな」


 やっぱり、とため息を吐く。


「あの場でさっさと捕らえて、わたくしの手でぼろぼろになるまで拷問してやりたかったけど……お父様の命令かもしれないからとりあえず泳がしておきました」

「毒を盛ったのがあの淫魔ならお前の判断は正解だな」


 あの『愛妾様』を追いつめるのは大変そうだな。そう言ってエルナンは難しい顔をする。


「でも気をつけた方がいいですよ、姉さま。父さまの命令だったらしばらくは落ち着くだろうけど、ごますりだった場合きっとまたやるだろうから」


 フローラの鋭い指摘に感心する。


「そうだな。あいつには父上に知られない程度に監視をつけておくか」

「ビバル殿下の方はわたくしがなるべく近くにいる事にしました。毒の事は隠した上で本人にも宣言済みです」


 イライアがそう言うとエルナンは黙って頷く。賛成してくれているのだ。


「それにしても姉さま。それがどうしてあんな噂になったんですの?」

「あの淫魔が流したんだろう」


 兄が明らかに不機嫌な様子で吐き捨てる。


「でも噂の出所をそっと探ったけどいろいろな所からあったわ」


 それは何故? と純粋な瞳で問われる。仕草は可愛いのに責められているようで怖い。


「何故と言われても……」


 困った。とりあえず昼餐時のやりとりを再現する。


「……イライア、お前な」

「姉さま……」


 再現が終わると エルナンが頭を抱えた。フローラも苦笑している。


「それは誤解されるな。無理もない」

「他にどう言えと?」

「黙って最初から僕に報告すれば良かったんだよ。ビバル殿下には小さな声で優しく忠告するとか、方法はいくらでもあったはずだ」


 それもそうだ。イライアはしゅんとうつむいた。


「まったく。怒ると後先考えないからな、イライアは」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ」

「お兄様ったら!」


 思わず声をあげると、兄が大口を開けて笑う。フローラも楽しそうに笑っている。つられてイライアの口からも笑いが漏れる。昔のようだ。幸せだった数年間を思い出し、イライアは目を細める。


「まあ、冗談はそこに置いといて」


 ひとしきり笑うと、兄は真面目な顔に戻った。


「僕がビバル殿下だったら十中八九誤解しているだろうし、お前を憎んだだろうな。父上がレトゥアナ王国をどうしたいかお前ならわかるだろう?」

「ええ」


 塔の中にいたビバルを何度も見ているのだから。そう言いたかったが、フローラの前なのでやめる。妹は何も知らないのだ。いや、塔に行かなければイライアも知らなかっただろう。


「大体、人を脅すときのイライアは父上にそっくりなんだよ」

「兄さまだって人の事言えませんよ? さっきの侍女に対しても怖かったもの。ね、姉さま」

「茶々をいれるなよ、フローラ。……まあ間違っちゃいないけど。特にイライアは顔つきも似てるからさ。『さっさと捕らえて、わたくしの手でぼろぼろになるまで拷問してやりたかった』って言ったときの顔は完全に瓜二つだった。本当に気をつけた方がいい。でないとビバル殿下に憎まれるぞ」


 否定出来ない。イライアはもう一度ため息を吐いた。

これで第一章「アイハ編」の「1」は終了です。

次から第一章の「2」が始まります。

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