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愛国妃  作者: ちかえ
第三章 新しい侍女編
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光属性

 イライアとビバルはエレストス領に来た。ここに来たという事は旅も半分は過ぎたということだ。

 そういえばここからレトゥアナでの生活が始まったのだ。あれはもうずいぶん昔の事のようだ。ここにはよく来ているのに不思議な感じがする。


「あ、王さまと王妃さまだ!」


 孤児院の門の前に来た途端、子供が嬉しそうに飛び出して来た。エレストス孤児院にいるマルクという子供だ。

 相変わらず元気いっぱいなのはいい。だが、そのせいで馬車にひかれてしまっては大変だ。遠くから悲鳴が聞こえると同時に御者が慌てて手綱を引く。イライアは窓から軽い風魔術を使ってマルクを馬車から遠ざけた。


「マルク! ダメじゃないか!」


 遠くから声がする。相変わらずの懐かしい声。いつまで経ってもその声についつい背筋を伸ばしてしまうのはもう癖になってしまっている。


 そちらを見ると、予想通りアリッツがスサナと一緒にこちらに走って来ていた。マルクは『風』というあだ名がつくほど俊足なので追いつけなかったのだろう。


「イライア、あの子はアリッツであなたの兄君じゃないからな」


 ビバルが苦笑まじりにささやいて来た。


「分かっているんですけどね」


 イライアの方も苦笑で返す。それでもアリッツの声は声変わりする前の兄の声に信じられないほどよく似ているのだ。


 国王夫妻がそんな会話をしている間にもアリッツはマルクを怒っている。アリッツはマルクより年上なのでお兄さんぶりたいようだ。とは言ってもアリッツとマルクの年齢は数ヶ月しか違わない。おまけにアリッツはまだ五歳の子供だ。


「飛び出しちゃダメだよ。馬車にひかれたらどうするんだよ!」

「ごめんなさい」


 対するマルクはしゅんとしている。


 ビバルが目配せをしてくる。降りようと言っているのだ。イライアもうなずきで返す。


「王様! 王妃様!」


 馬車から降りた途端、アリッツがこちらに走って来た。まずビバルに甘え、次にイライアに飛びつく。イライアもたっぷりと頭をなでてあげた。


 近くでマルクが呆れた顔をしている。


「何だよその顔?」

「アリッツも甘えん坊ー!」

「僕は飛び出さないもん!」


 子供たちは今日も元気だ。


「ほら、喧嘩しないの」


 アリッツとマルクをなだめ、イライアはアリッツを、ビバルはマルクを抱き上げる。


 スサナが謝って来る。彼女はここの孤児院出身の女性だ。この春に成人したので、この孤児院の職員として働いている。面倒見のいい子だったとはいえ、年上のお姉さんとして接するのと、『先生』として子供達に接するのでは違うだろう。おまけにスサナが孤児院に勤め始めてからまだ一ヶ月と少ししか経っていないのだ。これからゆっくり学んでいけばいいとイライアは思っている。

 おまけに前回訪問した時は、まだ彼女は『孤児院の子供』だったので、イライア自身も職員の制服を着ているスサナにはまだ慣れない。


「ね、王妃様、怒ってる?」


 不意に腕の中のアリッツがイライアの耳にそうささやいた。


「え? あなたには怒ってないわよ。どうして?」

「何か怒ってるように見えて……」


 そうだろうか。イライアには覚えはない。マルクの事でもやもやしているからだろうか。後で注意はしようと思っているが、そこまでは怒っていない。


「なんかこわいもやもやが出ている気がしたんだけど、気のせいかな」


 怖いもやもやとは何だろう。そんなものは覚えはない。闇属性の事だろうか。それでも今までアリッツにそんな事を言われた事はなかった。


「こわいなぁ。こわいのこわいのあっちいけ」


 アリッツはイライアの肩をポンポンと叩いた。その途端、何か温かいものがイライアの中を巡る。


 それは『癒しの魔法』だった。それもイライアの知る限り、この世界で兄しか使えないもの。人間以外なら精霊も使えるが、それは除外してもいいだろう。この少年が精霊なわけがない。


 この感覚はよく知っている。前に兄が施してくれたからだ。


 それをこの少年が使った。


 前に考えて、すぐに『まさか』と否定した可能性が再燃してくる。


——あなたはこれからアイハ王国の運命を左右する者と出会う事になるでしょう。その者に優しくしなさい。そうすればアイハは間違った道から抜け出せるでしょう。


 ふと、母の予言が蘇ってくる。何故、今、その言葉が蘇ったのだろう。

 アリッツがその『者』なのだろうか。でもこんな小さな子供をあんな重い運命に巻き込んでもいいのだろうか。


「ありがとう、アリッツ。とても元気になったわ」


 でも動揺を子供たちやビバルに見せるわけにはいかない。


「王妃さま、肩こってるの?」


 何も知らないマルクが無邪気に尋ねてくる。


「そー、肩叩いてたの」


 アリッツが適当に誤摩化す。どうやら広めてはいけないという事は知っているらしい。


「アリッツ? あれは?」


 そっと小声で尋ねると、アリッツはしまった、という顔をする。


「しー。王妃様、ナイショナイショ!」


 そう小声で言う。

 気になるが、真剣な顔をしてそっと指を口元に当てるアリッツが可愛いのでその場は見逃してあげる事にする。


「どうした?」

「ボクと王妃様のヒミツ!」

「ひどいなー。王様にも教えてくれよ」

「だめー!」


 そんなアリッツは能天気にビバルと話している。ビバルの表情を見る限り、怪しんでいる事はなさそうだ。どうやら子供の小さな内緒話だと思ってくれたらしい。


 二人を連れて孤児院の住居に行くと、マルセラがご立腹だった。無理もない、とイライアは思う。


「まったく! そんな悪い子は明日カルロッタさんに会わせてあげませんからねっ!」


 とんでもない罰に子供二人がわめく。


「ごめんなさーい!」

「ひどいよ、マルセラ先生! ボクはマルクを止めに行ったんだよ」

「何言っているんですか! はやく国王陛下や王妃陛下に会いたいと、マルクと門までかけっこをした事は知っていますよ。アリッツは全く反省していないようですね。お留守番です!」

「わー! ごめんなさい! 許して下さい、先生!」

「これからはいい子にしているんですよ」

「はい、先生!」


 アリッツとマルクが声をそろえて言う。でもどうせ明日か明後日になれば忘れてしまうのだろう。後でイライアからも注意しておこうと考える。特にマルクには。


「ねえ、ところで王様と王妃様も明日来るの?」


 もう元気になったアリッツが尋ねる。


 もちろんイライア達もカルロッタに会う事はスケジュールに入れている。この孤児院は人数が多いので、二組に別れて会いに行くのだ。明日はイライアが、明後日はビバルが、マルセラと一緒に引率する事になっている。元々はイライアの組とマルセラの組に分かれていたのだが、ビバルが来るという事で二日目の訪問の引率を彼に頼む事にしたのだ。おかげでマルセラの仕事を増やしてしまって申し訳ない気分だ。


 そう説明するとアリッツは目をきらきらさせる。他の子供達も嬉しそうにしている。そういう反応をしてくれるとイライアもとても嬉しい。


 そんな穏やかな風景を見ながらふと思った。


 カルロッタなら事情を知っているだろうか。義母からマルセラはイライアが嫁いでくる少し前に院長になったと聞いている。だとしたら当時院長だったのはカルロッタだ。


 そうなると、きちんとカルロッタにこの事を聞かなければいけない。もちろん、事情に巻き込まないように、詳しくは話すつもりはない。


 それでもイライアはどうしてもこの事を確かめなければいけないのだ。中庭に出て無邪気に友達と追いかけっこをするアリッツを見ながらイライアはそう思った。

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