説明
「あなたたちも知っておくべきだと思うの」
イライアはその場にいた侍女たちと親友に向かって言った。この部屋には魔術で結界を張った。兄相手なら簡単に破られてしまいそうなものだが、マルティネス対策ならこれくらいの結界で問題ない。
ビバルがイライアを疑ったのは、イライアが一人で動こうとしたからだろう。だったら『ミニィ』としっかり関わる者たちにも説明するべきなのだろう。エステルはあまり関わらないが、イライアの友人という事でミニィに狙われる可能性がある。まあ、これ以上誰にも指一本触れさせる気はないが。
「何の話?」
「ミニィ・ラストラの事なんだけど」
イライアがそう言った途端、その場にいた女性たちの目が怒りに満ちる。
「ビバル陛下を誘惑してイライアを苦しめている女ね」
「待ってくれ、エステル従姉上! 私は誘惑なんかされてない!」
エステルの言葉をビバルが慌てて訂正する。そんな事はイライアはみじんも疑ってないから問題はない。
「大丈夫よ。陛下は信心深いんだから」
隣でビバルがため息をつく。多分、『そういう信用の仕方はどうなのだろう』とでも考えているのだろう。今までイライアをアイハからの間者扱いしてきた男が考える事ではない。だから目線だけで不満を訴える。しゅんとしたので反省はしているのだろう。
「それで、ミニィがまた何かしたんですか?」
セリナが尋ねてくる。
「あの女は、今は十四歳の無垢? な少女の姿をしているでしょう」
つい『無垢』に疑問系をつけてしまった。
「無垢、かしら?」
「……全然無垢じゃないです、王妃様」
エステルとセリナが反論する。イライアと同感らしい。
「あの女の本名は『エルミニア・エチェバリア』。今はお父様の魔石で姿を変えているけど、本当の年齢は二十四歳よ」
さらりと言う。その場のみんなが息を飲んだ。
「……ずいぶん若作りですね」
クララがぽつりとつぶやいた。その言葉にセリナが吹き出す。緊張しなければいけない場なのに、笑いが伝染していった。しばらくみんなで大笑いする。
ひとしきり笑うと、エステルが真剣な顔に戻す。
「それより、イライア、さっき、『お父様』って言った?」
「言ったわ。あの女こそアイハからの間者よ」
残酷に告げる。セリナが『嘘!』と叫ぶ。ルシアやクララも顔面蒼白になっている。
「だってラストラ卿は……」
「きっと巻き込まれただけね。いろいろ調べてみたけど、怪しい所はなかったわ」
「巻き込んだ事を詫びなければいけないな」
ビバルの言葉にイライアもうなずいた。エルミニアを泳がせるためとはいえ、ラストラ卿には悪い事をしたと思う。
「それにしても自分が間者なのに、王妃様に変なあだ名をつけたんですか?」
「変なあだ名?」
セリナの言葉にビバルが首を傾げる。どうやら知らなかったらしい。珍しい事もあるものだ。イライアに関する怪しい事なら、全部調べていると思っていた。
「『アイハの女狐』」
とりあえず言っても気にならないのでさらりと教える。ビバルは口を開けて呆然とした。
「……さ、最低だな」
「わたくしたちがアイハであの女につけた『淫魔夫人』よりはマシでしょう」
「『まだむさきゅばす』?」
イライア以外の声がはもる。とてもおかしかったが、笑っては失礼だろう。それに今は大切な話をしている。
「既婚なんですか?」
セリナが尋ねる。そこに注目するの? とイライアは心の中で苦笑する。
「未亡人よ。彼女の夫の侯爵はお父様に殺されたって話があるけど。……きっと本当ね」
イライアは軽蔑を隠さなかった。ビバルが目を見開く。
「マルティネス王の愛人なのか? 王が愛人を持つなど許される事ではないだろう!」
「だからわたくしたち兄妹はあの女を嫌っているんです」
「いや、嫌っているとはそう言う問題では……。神殿は腐敗しているのか?」
「腐敗しているのでしょうね。アイハ神殿の最高権力者はお父様なんだから」
予想以上に最悪なアイハ王国の現実にビバルは頭を抱えた。
「ねえ、イライア、そのエルミニアを城に置いてきて大丈夫なの?」
「対策はしてきたし、モニカがいてくれるから」
モニカと言うのはイライアがアイハから連れて来た侍女だ。
「そのモニカは信用出来るのか? というかモニカの出自は知っているのか?」
ビバルは疑っている。モニカがアイハ人だからだ。
「本人から聞きましたけど、王妃様の乳姉妹なんですよね?」
ルシアがフォローしてくれる。だが、『ちきょうだい』とは何だろう。
イライアが首をかしげているので、ビバルはますますモニカへの疑いを強めたようだ。これではモニカが可哀想なので、正直に言葉が分からない事を言う。どうやら同世代の乳母の子供の事を『乳兄弟』と言うらしい。アイハにはそんな言葉はないので知らなかった、と正直に話す。
ビバルはそれで納得してくれた。そして彼の侍僕のフリオがビバルの『乳兄弟』に当たる事も教えてくれた。
「大体、モニカを連れてくる事はお兄様と相談して決めたのだから、お父様の息はまったくかかっていないわよ。……お兄様の息はしっかりかかっているでしょうけど」
きちんと真実を告げる。ビバルは首をかしげた。
「だってモニカはミゲル……お兄様の従者のミゲル・アランバリの妹だもの」
ビバルがあんぐりと口を開けた。
「ミゲルとも交流していたのよね?」
「ああ、だけど弟がいるとは聞いた事があるけど、妹がいるなんて聞いていないんだが……」
「そのミゲルの『弟』の双子の姉がモニカよ。ニコラス……モニカの弟ね、の方がミゲルと仲がいいし、わたくしがやらかした事は大体ニコラスやモニカ、特にニコラスからミゲルに言いつけられるのよ。それでお兄様に伝わってわたくしが叱られるの」
イライアの説明にビバルが吹き出す。『連携プレイ』とエステルがつぶやいているが、本当にそうなのだ。まあ、イライアが『反逆』をした時に主に助けてくれたのは『アランバリ兄弟』なので文句は言えない。あの『連携プレイ』がなければ、イライアは獄死してただろうと思っている。あの兄弟は兄と同じくらい『命の恩人』なのだ。
アイハではモニカの大切さは分からなかったが、時間が経って段々分かって来た。モニカを信じなければ誰も信じられないだろう。だから大きな任務を言いつけられたのだが。
「もしかしてモニカがセドレイ・エルナンにミニ……いや、エルミニアの事を報告するかもしれない事も考慮しているのか?」
「そうね。ミゲルに連絡は取るな、と言ってあるけど、ニコラスに連絡を取るなとは言っていないから、わたくしがいない間に報告してくれている可能性は高いわね。モニカにはきちんと正体も含めて説明してあるし」
「私に説明してくれなかったのは……」
「ビバル様、顔に出るもの」
きっぱりと言ってやる。ビバルはうなだれた。
「それにこの旅に出ている間、魔石をとりあげてビバル様の前で変化を解いてやるつもりだったし。その作戦はビバル様がついて来ても変えていないから、何日か後にはベッドから出る事も出来ず、苦しむでしょうね。そして無断欠勤と責められるの。いい気味だわ」
「イライア、あなたという人は……」
ビバルがぶるぶると震えている。
「だってわたくしのビバル様に手出ししたんですもの。ただで許してあげるものですか」
もうイライアは感情を隠すつもりはなかった。
「帰ったら地獄を見せてやるわ。わたくしを敵にまわしたらどうなるか、あの淫魔に知らしめてやるの」
心にどす黒いものがわき上がってくるのを感じる。
本当にその時が楽しみだ。自分でも笑いが不気味なのがよくわかる。
「……あなたの事は敵にまわさないように気をつけよう」
ビバルがぽつりとつぶやいた。
これで第三章の「5」は終了です。
次から第三章の「6」がはじまります。




