王妃の真実
「五千二百五十五年
十七日 初冬の月
侍女になりすましてパンを焼きに行った。
料理というのは結構面白い。またやりたいと思う。」
この後にその『パン』のレシピが書いてある。
それからその下にペンで何かを書こうとした跡と、どこか濡れた跡が見える。これは涙だろうか。
その『パン』がイライアの手作りだった事なんて知らなかった。ずっと失敗作を『施し』たのだと思っていたのだ。
「五千二百五十六年
十一日 春の月
次のターゲットはカラスコ侯爵。
隣国の王族を虐待した愚か者をどう苦しめてやろうか。今から楽しみだ。
十六日 春の月
図書室へ行く。
今日も見つからず。
十三日 晩春の月
レトゥアナ王国の第二王子に毒殺の危機。ディルタートごとヴィユ草を見えなくさせる事で回避。
犯人はエチェバリア侯爵夫人であろう バックにマルティネスの影ありの可能性
セドレイ様との話し合いの上、とりあえず泳がせることにする。
しばらくビバル王子にくっついて護衛をしなければ。」
自分はどれだけ彼女に『守られて』いたのだろう。そっと唇を噛む。
「十四日 真夏の月
図書室へ行く。
今日も見つからず。
解呪の薬でも研究してみようか。
二十六日 真夏の月
カラスコ侯爵に『終焉の入れ墨』を入れる。
慌てふためく侯爵はとても滑稽だった。
次のターゲットはボルダ伯爵親子にしてみようかと考えている。
ただ、息子の方は結構狡猾なので注意が必要だろう。」
時々、アイハ語の日記の中によく分からない文字の羅列がある。これは何だろう。一体何語なのだろう。かろうじて日付だけはアイハ語表記だったが、それは何の助けにもならない。
「二十八日 真夏の月
セドレイ様に呼び出される。
ああいう脅しは肝が冷えるのでやめて欲しい。
戒めをつけられたが、当然だろう。むしろ、今までそれをされなかったのが不思議だ。
六日 初秋の月
レトゥアナ王国王太子、セルジ殿下から依頼。
内容は「レトゥアナ王国第二王子ビバル殿下を帰国してからも守る事」。
帰国前に餞別として強力な魔術をかけたお守り(アミュレット)を渡す事にする。」
その記述に息を飲んだ。一体、これはどういう事だろう。
初秋の月の六日といえば、アイハでの舞踏会の翌日だったはずだ。
「王族専用図書室へ行く。
あの件は今日も見つからず。
しかし、王妃殿下の機転で助ける事が出来た。
何も出来なかった自分が恨めしい。
セドレイ様の許可が取れたので、とりあえず今後の対策をする事にする。」
「二十八日 真冬の月
セルジ殿下の言葉の意味が分かった。
あの時、詳しく話してくれたらよかったのに、と思う。
それでも私は出来る事をやるだけだ。
十日 晩春の月
マルティネスを操り、魔力消しの儀式をとりやめてもらう事に成功。
セドレイ様に気づかれ、叱られてしまったが、条件付きで許可をもらう。」
ページをめくって『あっ!』と声を出しそうになった。そこに書かれていたのはレトゥアナ語だった。
時々アイハ語につられたスペルミスが見えるが、間違いなくレトゥアナ語だ。
「十一日 晩春の月
今日からこの記録はレトゥアナ語でつける。
私はレトゥアナ王国国王の婚約者なのだから。
基礎から、という事で、今日は水魔術を徹底的に練習させられた。
最終的に6のレベルまでの術を学ばなければいけないらしい。
道は長い。
でも頑張らなければ。」
そこからは毎日の学習記録だった。これによると、とんでもない量の学習をさせられたのだとわかる。
止めてしまいたい。もう十分に分かった。それでもビバルはページを繰る手を止めなかった。
最近の記述が知りたいからだ。
この先には一体何が書かれているのだろう。
最後の学習記録は出発の前日だった。そこから日付が飛ぶ。
「五千二百五十八年 十九日 初冬の月
今まで記録をつけ忘れていたのでまとめてつけることにする。
五千二百五十七年 真夏の月
マルティネスに攻撃され、弱っている精霊を発見。しばらくは治療魔法で落ち着かせる。
五千二百五十八年 春の月
魔力回復薬に砂糖を入れ、ドリンク状にした物をミュコス国より手に入れる。回復。もしかしたら以前より強くなっている可能性あり。研究の必要性。
精霊の事はこれからも見て行く事にする。
今日
ミニィ・ラストラ(エルミニア・エチェバリア)が国王陛下に遅効性の毒を盛る。
眠る前に魔術で解毒。
ミニィ・ラストラは要注意だ。
部屋に魔術を仕掛ける。勝手にマルティネスに報告の手紙を出させないように。
二十八日 初冬の月
王太后殿下より薬草をもらう。
解毒のポーション作り。(三日分)
三十日 初冬の月
アイハ王国の第二王女、フローラ殿下から解毒のポーション(レベル1)が送られて来た。
どうやら妹は事情をある程度知っているようだ。
妹が知っているという事は兄と母も知っているのだろう。
兄が無言なのは『お手並み拝見』と言ったところなのだろうか。高みの見物をされているようで気分が悪い。
解決したら絶対に文句を言おう。
二日 真冬の月
ミニィから手紙を没収。
送っても問題はない情報と嘘情報を混ぜて送る。
しばらくこれでいく。」
時々、あのわけの分からない文字の記述が混じる。そして、孤児院で作るのを手伝ったという料理のレシピまで書いてあった。
「五千二百五十九年 十五日 春の月
解毒のポーション作り。(私のぶんは一週間分、国王陛下のぶんは一ヶ月分)
旅行の時用も含めて多めに作っておく。
旅行用の国王陛下の薬を王太后殿下に預ける。
十七日 春の月
性懲りもなくミニィは手紙を送ろうとする。
ここまで来ると滑稽だ。まったく愚かな淫魔だ。
十八日 春の月
国王陛下が旅行について来る事が決まる。
滋養の薬を丸薬で二週間分作らなければいけない。
あと、孤児院の子供達用の普通の薬も作っておこう。
最低でも明日の夜までには作らなければ。」
ビバルはそっとノートを閉じ、深いため息をついた。
ちょうどその時、明るい笑い声とともに、この日記帳の持ち主が部屋に戻ってくる音がした。




