意外な一面
子供が泣いている声がした。喧嘩かいじめだろうか。
セルロールス邸で少し休んだビバル達は、早速領立孤児院に向かった。予定時間よりかなりはやいが、遅れるよりはいい、と思っての事だった。
そして、そろそろ孤児院という所で泣き声が聞こえたのだ。セルロールス領の領立孤児院に行くのは久しぶりであるビバルは、今いる子供の特徴などを知らない。なので余計に心配になってしまったのだ。
ちらりと従姉に目を向ける。だが、彼女は平然としていた。隣にいる妃も能天気に侍女に手荷物などを用意させている。二人とも心配ではないのだろうか。
「エステル、あれは……」
「たぶんリンダの声だわ。あの子よく転ぶのよ」
さらりとそんな事を言われた。きっと日常茶飯事の事態なのだろう。いじめではなくてよかった、とほっと胸を撫で下ろした。
その様子は馬車を降りるとすぐに分かった。座り込んで泣いている三歳くらいの少女に、他の子供達が群がって困り果てていたからだ。
どうやら、運悪く、院長は書類仕事をしていて、大きな子達はお洗濯をしているらしい。予定より早く着いてしまったのがいけなかったのだろうか。
とりあえず、つい先ほど、その場で一番年長の子が院長を呼びに行ったらしい。なら安心だ、と思ったそのとき、イライアが子供の一人に話しかけた。
「ねえ、ぼく、井戸はどこにあるの?」
「え? あ、あっちに」
「わかったわ、ありがとう。ルシア、ついて来て頂戴。それから、あなたたち何人か一緒にいらっしゃい。エステル、ちょっと子供達を借りるわね」
そう言うがはやいか、イライアは侍女と数人の子供たちと一緒に井戸へ向かっていった。
「わかりました、王妃様。院長には私から言っておきます」
「助かるわ。ありがとう、エステル」
ひらひらと手をふるイライアに、エステルは苦笑している。大体、イライアが何をするのかが分かったのだろう。
だが、ビバルは心配だ。とりあえず、イライアの後をそっとついて行く事にした。
そこでビバルが見たのは信じられない光景だった。
イライアは自分の手で水を汲んでから、てきぱきとリンダの膝を洗い、持参した軟膏を塗り、木綿のハンカチーフを巻いてあげていた。ずいぶんと手慣れている。おまけに他の子供達に見えるように配慮している。これはどう考えても治療の仕方を教えてあげているのだ。次にこういう事があったら、と考えてあげているのだろう。
「いたいよう」
リンダはまだぐずぐずと泣いている。
「大丈夫よ。お薬を塗ったからすぐによくなるわ。だから泣かないで」
「ふ、ふえ……」
「はいはい、いい子いい子、『痛いの痛いの、あっちいけ』」
おまけに普段子供にするおまじないの言葉まで知っているのだ。それを初対面の子供にしている。
「あ、ありがと」
「どういたしまして。『ありがとう』が言えるなんて、いい子ね、リンダちゃん」
よしよし、とリンダの頭をなでている。
ビバルは、今見たものが信じられなかった。これは本当にイライアだろうか。
イライアがリンダを抱き上げてこちらに来た。そしてビバルを見つけると、にっこりと笑って彼の方に歩いてくる。
「お、王妃……これは……その……」
「陛下もリンダが心配で来て下さったんですね。ほら、リンダちゃん、王様ですよ」
「おーさま?」
「そうよ。リンダちゃんのおひざを心配して来てくれたみたい」
「しんぱい?」
イライアは優しくうなずく。どうやらイライアはうまく勘違いをしてくれたようだ。
周りの子達は、今、初めてイライアが『王妃』だと知ったようだった。息を飲む音がする。この子供たちは『王妃』がどんな女性なのか知らなかったのだろう。
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エステル達と合流してからも、ビバルには驚きの連続だった。
イライアはしっかりとレトゥアナ王国式の孤児院訪問に慣れていた。まあ、そうでなければ母が『孤児院訪問旅行』を許可するわけがないのだろう。
だが、イライアが積極的に食事の支度を手伝ったり、洗濯物を干したりしているのは想像していなかった。針仕事だけは『苦手』だと言って辞退していたが、その代わりに力仕事を率先して引き受けていた。
今はセルロールス邸の部屋で机に向かって手紙を書いている。きっと、王太后である母に提出する孤児院の報告書だろう。帰って来てから、セルロールス卿と職員を増やす事を話していたから、その事を書いているのだろうか。
「ところで陛下」
不意にイライアが話しかけて来た。
「何ですか、王妃」
「陛下はまだ……」
そこまで言って口ごもる。いつもはっきり物を言うイライアには珍しい事だ。
「王妃?」
「やっぱり何でもありません」
それだけ言って書き物に戻る。
イライアが何を言いたかったのかビバルには分からなかった。
だが、ふと見えた彼女の表情がどこか寂しげに見えたのは気のせいなのだろうか。それにお茶の席で彼女は何かの決意を固めていたのも気になる。
彼女の事を知る必要がある。
これをするのは卑怯なのかもしれない。もし気づかれたらイライアは怒るだろう。でも王として、彼女の夫として必要な事なのだ。ビバルはそっと決意を新たにした。




