思いがけない贈り物
侍女から渡された小包を手にしてイライアは首をかしげていた。どうやら城の入り口にぽつんと置いてあったらしい。
フローラからだ。一体どういう事だろう。誕生日の贈り物なら、先月に母や兄からのものと一緒に届いているし、大きなお祝い事もない。
もうすぐ秋祭りが各地で開かれるが、それもアイハの王女である妹には関係ないだろう。大体秋祭りに物を送る習慣はない。
おまけに包みの中にはどこか魔術の気配があるのだ。そのくせ、どの魔術がかけられているかは外からは探れないようになっている。
とりあえず、何かあるといけないから包みは自分が開ける、と言って受け取ったが、一体これは何だろう。
包みを前に考え込んでいると、部屋にビバルが入って来た。
「どうしたんですか? 王妃」
「実は妹から小包が来たんですけど……」
「開けてみればいいではないですか」
「そうなんですけどね」
もし、フローラの名をかたったマルティネスからだったら何が入っているか分からない。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。
イライアはビバルに少しだけ離れているように頼み、結界を張ってから包みを開いた。
そこには二つの小瓶と手紙が入っていた。瓶の中身は明らかに魔法薬だ。それも解毒薬。イライアの作っているものよりは劣るが、なかなかよく出来ているものだ。
一体これはどういう事だろう。
よくわからないまま、イライアは手紙の方も開ける。
親愛なるイライアお姉様
今日、久しぶりに新しい種類の魔法薬を作ったのでお姉様に送ります。
何かの役にたつと嬉しいです。
フローラ・デ・アイハ
明らかに私的な手紙だった。というかこれはメモ書きだ。
それにしてもどうしてこのタイミングで解毒薬が送られたのだろう。まるでフローラがマルティネスのやっている事を知っているみたいだ。
本当に知っているのだろうか。それでイライアを案じて、母と一緒に解毒薬を作ってくれたのだろうか。
姉さま、頑張って! と言われている気がする。
そう考えると、自然と目に涙が浮かんで来る。妹の心遣いが今はとても嬉しい。
「王妃?」
ビバルがいぶかしげに尋ねて来る。
「それは何なんですか?」
「魔法薬です。妹が作ったものをわたくしにもお裾分けしてくれたみたいで」
「フローラ殿下が? どうしてわざわざあなたの所へ?」
それは気になるだろう。でもマルティネスがビバルを暗殺しようと企んでいる事は言えない。もう少しミニィを泳がせたいのだ。敵を欺くならまずは味方から、というやつだ。
「わたくしが魔法薬作りが得意だったから見て欲しいという事なのではないかしら」
「え? そんなの初耳ですよ!」
毎朝イライアお手製の解毒薬を飲んでいるだろう、と怒鳴りたくもなる。まあ、ビバルには滋養の薬だと思わせてるから、分かれという方が無茶だが。
「わたくし、お薬作りが趣味だって言いましたわよね」
「魔法薬だとは聞いていませんよ!?」
そういえばそうだった。とはいえ、イライアだって、作る薬が全て魔法薬だというわけではない。
「それにしても上手に出来ているわね。初めてでこれだけ出来たら上出来だと思うわ。あとで手紙を送っておきましょう」
そう言うと、何故かビバルが小さく笑った。イライアは首を傾げる。自分は何か変な事を言っただろうか。
「何ですか?」
「いや、あなたはセドレイ・エルナンの妹君なんだな、と改めて思いまして」
「何ですか、それ?」
「先ほどのあなたの雰囲気が、あなたの事を話すセドレイ・エルナンを思い出させて……。あなたはそんな優しい顔も出来るんですね」
最後に酷い事を言われた。眉が自然と潜まっていく。ビバルが怯えたように後ずさった。
「いや、あの……」
「何ですか? わたくしはそんなに冷血漢に見えますか?」
「いや、その……」
「国王陛下?」
にっこりと笑う。ビバルはかなりうろたえている。
「そ、それよりそれは何の薬なんですか?」
話をそらされた。でもこれについては隠す気はないので正直に言う。予想通りビバルは目をぱちくりさせた。
「解毒薬ですか? 咳止めの薬とか頭痛薬とかではなく?」
「ええ」
「何故?」
確かにミニィの企みに全く気づいていないビバルには不思議なことかもしれない。とはいえ、魔法薬の基礎の基礎である咳止めの薬や頭痛薬を、もうすぐ十三歳になるフローラが『初めて』作ると思われたのは少し心外だった。ビバルは魔法薬には詳しくないので仕方がないといえば、仕方がないのだが。
「ああ、そういえば」
今思い出したかのようにつぶやく。ビバルがじっと自分の顔を見て来る。
「何ですか? 気になったことがあれば教えて下さい」
「お兄様が帰る時に、お父様が何かを企んでいるみたいだから気をつけろって言ってましたね。毒殺の危険性でもあるのかしら」
イライアのその言葉にビバルは目を吊り上げた。
「そんな大事な事を今の今まで黙っていたんですか?」
そう怒鳴られてイライアは自分の失敗を悟った。
「あの……」
「何ですか?」
厳しい目で睨みつけられる。これは相当怒っている。
「ごめんなさい」
とりあえず謝った。
「どうして黙っていたんですか?」
「わたくし一人で何とかしようと思って……。出来るとも思っていました。その時はお父様が何をするかまだ何も分かってませんでしたし」
そう素直に言ったが、ビバルは厳しい表情のままだ。
しばらく睨まれる。そうしてため息をつかれた。
「今は私の方も冷静になりきれる自信がありませんし、あなたを罵倒してしまうかもしれない。今度、改めて話し合いの場をもうけましょう。その時に詳しい事を教えて下さい」
「わかりました、陛下」
「フローラ殿下からの贈り物の件は母上にも話しておきます。他に口外はしないので安心して下さい」
それだけ言うと、ビバルは仕事が残っているから、と言って部屋を出て行った。
一人だけになり、イライアはそっと唇を噛む。
これは自業自得だ。自分が泣くわけにはいかない。おまけにまだイライアはビバルに隠し事をしている。
しっかりしなくてはいけない。少女に姿を変えている淫魔に、これ以上好き勝手をさせるわけにはいかないのだ。
頬を二回叩いて気持ちを切り替えてから、イライアは薬瓶を置きに自分の実験室へ向かった。
これで第三章の「3」は終了です。
次から第三章の「4」がはじまります。




