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愛国妃  作者: ちかえ
第三章 新しい侍女編
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アイハ王のたくらみ

第三章の「3」スタートです。

 娘からの手紙には、いつも通り大した事は書かれていなかった。


 時候の挨拶から始まり、レトゥアナ王国で幸せに楽しく暮らしていること、大きく変わった事はまったくないということ、この国に嫁いで来てとても幸せだということなどの内容がきれいな字で書かれている。


 つまらない手紙だ。マルティネスの要求したレトゥアナ王国の秘密、弱点などは何も書かれていない。


 密偵からはミュコス国と交流があるようだ、と聞いている。だが、その詳しい内容は彼らも掴めないようだ。イライアも何も書いてこない。


 あの魔術国家を味方に付けたのはアイハへの牽制なのだろうか。魔力を持つものが味方にいるから一筋縄ではいかないとでも言うつもりなのだろうか。


 ぐしゃりと音を立てて手紙を握りつぶす。


「あの役たたずめ!」


 そう声に出すと、少しだけ溜飲が下がった。


 それに問題はない。イライアよりずっと役に立つ者をレトゥアナ王国に送ったのだ。その者にビバルの暗殺を頼んである。夫を失えば、イライアも今度こそ諦めて言う事を聞いてくれるだろう。今度こそあの愚かな娘を自分の前にひざまずかせられる。もし、反抗的な態度を取っていたらイライアも適当な理由を付けて殺してやるのだ。


 マルティネスはイライアが生まれた時の事を忘れた事はない。自分だって初めての女の子の誕生は楽しみだった。テジェリアの策略で両親は亡くなったものの、アルチュレタ家から妃をもらった事で自分の地位は安全だと思っていたし、小さい頃のエルナンはとても可愛かった。だから娘も可愛いものだと期待していた。


 なのに、初対面で抱き上げたとき、あの赤ん坊は部屋中に響く声で泣き叫んだのだ。


 マルティネスも赤ん坊は泣くものだという事は知っている。眠たくなってぐずったエルナンをその場にいた彼が寝かしつけた事だってあったからだ。


 だが、あの時は違った。イライアの目に宿っていたのは恐怖、そして敵意だった。


——いや! 離して! 助けて! こんな人に抱き上げられたくなんかない!


 イライアがこう言っていた事は誰の目から見ても明らかだった。


 その瞬間、マルティネスは大切にしようと思っていた娘を憎んだのだった。


 それでも幼い頃はイライアも怖がりながらも歩み寄ってくれようとしていたようだった。しばらく無視をしていたが、少しずつほだされていき、そろそろかわいがろうと思っていた時、イライアは最悪のタイミングで『ちゅまんない』の一言を残して去っていった。そして、怒りに任せてイライアを怒鳴りつけた時に彼女をかばったのがエルナンだった。


「ちちうえ! イライアは小さいんです。ゆるしてあげてください!」


 三歳の少年が一歳の幼い妹をかばう。それは本来なら微笑ましいものだろう。だが、余裕がなかったマルティネスはその場でエルナンを引っ叩いた。結果、イライアは泣き叫び、エルナンは子供には似つかわしくないほどの冷たい目をマルティネスに向け、泣いているイライアを連れて去って言った。


 きっと自分を助けてくれた兄の姿が正義のヒーローに見えたのだろう。イライアはすぐにエルナンに懐いていった。『おにいちゃま! おにいちゃま!』とエルナンの後ろをちょこちょこ歩くイライアは端から見れば可愛いが、子供達を憎んでいるマルティネスには嫌なものとしか思えなかった。


 それでも、その時も二人をどうする気もなかった。ゆっくり和解すればいいと考えていた。


 それが崩れたのはエルナンが八歳の時だった。執務室でもうすぐ生まれて来る第三子に思いを馳せていると、エルナンが飛び込んで来たのだ。そして凄い剣幕で責められた。


 彼曰く、イライアに剣の稽古をつけている時に——これも初耳だったが——、何者かが城に侵入して二人を襲ったらしい。犯人は、エルナンが習ったばかりの魔術で撃退したらしいが、その者が首謀者をマルティネスだと言ったらしい。


 調べてみたらその者は城に出入りしているアルチュレタ家の者が使わした刺客だった。どうやらマルティネスがバルバラや子供達を虐待していると信じ込んだ者が、マルティネスの仕業に見せかけて子供達に害を与えるふりをしようとしたらしい。


 アルチュレタも信じられない。おまけに犯人の嘘を息子があっさりと信じた。今までの安心がガラガラと崩れていくようだった。


 だから牽制をしようと思った。自分を苦しめている、テジェリア家、レトゥア家、アルチュレタ家の三家に思い知らせてやるのだ。


 それで警備が手薄な日を選んでレトゥアナ王家の第二王子を攫ったのだ。精霊に少し手こずったが、それも些細な事だ。


 もちろんレトゥアナ王国はビバルを返すように言って来たが、絶対に出来ないと分かっている条件をあげたら悔しそうに引き下がっていった。


 それでも問題はいくらでも起こる。今度はエルナンがテジェリア家の令嬢に誘惑され、彼女を妃にすると言って来たのだ。すぐに彼を塔の管理人に任命して、ビバルの悲惨な状態を見せたが無駄だった。むしろエルナンは彼を助ける事に奔走してしまった。


 だから今度こそ苦しめる事にした。テジェリアの娘が産気づく頃に、エルナンを『やる必要のない』遠征に出し、産室でテジェリアの娘を刺し、産まれてきた赤ん坊を捨てた。そうして全ての責任をエルナンにかぶせ、廃嫡してやるつもりだった。


 ついでにエルナンとイライアの仲を壊してやればいいと思い、自分の息のかかっている者を使ってイライアをけしかけてみた。そのまま共倒れになれば、と考えての事だった。


 あれは見ていてとても面白かったが、結局はエルナンがイライアに『監視の罰』という名の保護を行ったのでうやむやになってしまった。結果、あの兄妹は表向きは主従関係になった。だが、結局いまだにイライアはエルナンに懐いている。


 エルナンも相変わらずイライアをかわいがっている。おまけに、塔を出したビバルに一目惚れしたらしいイライアのために、彼と縁組みまでしてやったのだ。本当にあの息子は妹に甘すぎだ。


 おかげでマルティネスの復讐が失敗しているのはいただけない。


 しかし、今度こそうまくいくだろう。ビバルの暗殺が完了してイライアが未亡人になったら傀儡の女王にするのだ。


「もうすぐレトゥアナ王国は私の手に落ちるんだ。今度こそあの小娘に思い知らせてやる! 覚悟してろ、一の姫!」


 高笑いをする。最高に気持ちがいい。


「妹に何をするつもりなのですか、父上」


 厳しい声に慌てて振り向くと、いつの間にかエルナンが立っていた。


「セドレイ、勝手に入ってくるんじゃない!」

「きちんと許可をいただいて入りましたよ。父上が興奮して適当に返事したのでしょう?」


 ぎろりと睨みつけるが、エルナンは気にしない様子だ。


「ふん。あの小娘が心配か?」

「自分の娘を『小娘』などという方ですからね」


 嫌みを投下して来た。


「それより、陛下のサインをいただかなければいけない書類がたくさんあるんですよ」


 そう言って山ほどの書類を置いていく。マルティネスは舌打ちした。


「それより先ほどの話が気になるか? セドレイ」

「話していただけるのですか?」


 エルナンが興味を示して来たので完結に説明する。


 案の定、妹心配人間は眉を潜めた。


「そんな事が成功するとは思いません」

「何だと?」

「成功するとは思えない、と言いました。あの子は父上が思うほど愚かではありませんから」


 それだけを言うと、エルナンは冷たい目をこちらに向けてから退出しようとする。


「待て、セドレイ」


 それを呼び止める。エルナンは心底嫌そうに振り向いた。昔は笑顔を向けてくれたのに、と寂しい気持ちがわいて来る。


「もし、一の姫に言ったらただでは済まさないからな」


 それだけを言う。エルナンは無表情になって無言で部屋を出て行った。


 先ほどまでの高揚した気分はなかった。机の上にいつの間にかいる小さな虫もマルティネスを苛立たせる。幸い、すぐにドアの隙間から出て行ってくれたので安心する。だが、腹が立つので後で侍女に丁寧に掃除させるように言いつけようと考える。


「ちゃんとやれよ、エルミニア」


 隣国にいる『駒』に向けてマルティネスはそうつぶやいた。

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