晩酌
小さな歩幅でちょこちょこと隣を歩く妃に呆れる。
「イライア? 億劫なのか?」
「いえ、あの……歩けますわ」
そう言って明らかに頑張って歩いている。足でも怪我しているのだろうか。
心配になって彼女の足下を見て呆れる。イライアは変わった靴を履いていた。かかとが高くなっており、つま先立ちでしか歩けない靴だ。明らかにこれを履いていては歩きにくいだろう。どうしてイライアはこの靴を選んだのだろうか。
仕方なく手を差し出した。イライアは少しだけためらっていたが、すぐにビバルの手にすがった。支えてもらった方がいいと判断したのだろう。もしかしてこんな靴を履いているのはそのためだろうか。わざと不便な靴を履いて甘えるほど、自分はイライアに寂しい思いをさせたのだろうか。
イライアはどこか恥ずかしそうに歩いている。演技なのか素なのか分からない。
部屋に入るともうすでにいつものメンバーが揃っていた。
「お、王妃様!」
「こんばんは、ミニィ」
イライアはとてもきれいな笑顔でミニィに微笑みかける。その笑顔がミニィを威圧しているように見えるは気のせいだろうか。
「ど、どうして……?」
「わたくしも今日から晩酌に加わる事にいたしましたの。わたくしだってあなたの記憶の事は心配していたのよ」
「あ、ありがとうございます」
にこにこ顔のイライアに対し、ミニィはどこか怯えている。無理もない。最初の日に散々脅した結果だ。
だが、イライアはそんなミニィの反応など気にせずビバルの隣に座った。
「王妃様のお酒はどうしましょうか……」
「そういえば王妃様ってあまりお酒を嗜みませんよね。軽くて甘いりんご酒なんてどうでしょうか。一番最初の一杯に最適ですよ」
「オブメーラのお酒なら美味しそうね。それにするわ」
セリナの提案でイライアのお酒は決まった。
「陛下はいつもの火酒でいいですか?」
そしてセリナはビバルに話をふる。いつもなら自分は火酒を選ぶ。今日もそうしようかと考えていると、イライアのはしゃいだ声がした。
「『火酒』? 面白そうな名前のお酒ね。飲んでみたいわ」
その言葉に侍女とビバルは頭を抱えた。火酒はお酒初心者が飲むものではない。お酒に強いビバルでも一日一杯ですましているほど強い酒なのだ。お酒に慣れていないイライアにはきついだろう。
「イライア、火酒はとても強いものなんだ。初心者向けじゃない」
「駄目ですか?」
「駄目です。じゃあ今日は私は黒ファラゴアの辛口にしよう。イライアには最初の予定通りオブメーラ酒で」
一口くらい飲んでみたい、と言われないように少しだけいつもより軽いお酒を選んだ。それに気がついたのか、イライアが抗議の視線を送っている。その反応はまるで子供だ。
侍女達が国王夫妻のやりとりにくすくすと笑っている。当然だろう。イライアはまだ拗ねていたが。
そしてセリナの手でお酒がつがれる。未成年のミニィにはジュースだ。
最初はいつも通りミニィがお酒の用意をしようとしていたのだが——いつもは彼女がしている——イライアが目配せでセリナに任せたのだ。まだミニィが信用出来ないのだろうか。
そのわりにはイライアはミニィと楽しそうに喋っている。最初はがちがちに緊張していたミニィも段々慣れて来たようだ。
話によると、イライアはミニィの勤務態度をとてもいいと思っていたらしい。ミニィは恥ずかしそうに褒め言葉を受けていた。
それよりイライアの様子が気になる。まだ一杯も飲みきっていないのに、どこか顔が赤いような気がするのは気のせいだろうか。そしていつもより饒舌だ。
まさかこの程度の軽いお酒でもう酔っぱらったのだろうか。火酒を渡さなくてよかったと心から思う。
「いやだわ、ミニィったら! おほほほほ!」
普段のイライアはこんなに陽気ではない。
「なんだか体がぽかぽかするわ。冬なのに不思議ね。暖炉のおかげかしら」
態度が完全に酔っているそれだ。なのにまだグラスを口に運んでいる。一応セリナに目配せで二杯目はジュースにするように伝える。セリナも小さく頷いたから了解したのだろう。
だが、セリナが二杯目の飲み物をイライアに渡す必要はなかった。
「うーん。なんだかねむくなってきたわ……」
その言葉と共にイライアがビバルにもたれかかったからだ。すぐにすやすやと寝息が聞こえて来る。
これには侍女達も苦笑している。
仕方ない。こうなったら寝かせるしかない。まだ晩酌の途中だが仕方がない。ビバルは残りのファラゴア酒を一気に飲み干してから立ち上がった。
約二年前、塔から出されたときはあまり体力がなかったが、今はだいぶ鍛えられてきた。剣の稽古をしたり、休憩時間に乗馬しているからだろう。
なので大丈夫だろうかと心配になりながらも自分の妃を持ち上げる。イライアは予想以上に軽かった。
「すまない、みんな、今日はもう休むよ」
「はい。そうして下さい」
侍女達がどこか微笑ましそうにビバル達を見ている。時々忘れそうになるが、自分たちは夫婦なのだ。仲良くするのはいい事なのかもしれない。義兄を安心させる事にもなる。
ミニィがどこか不満そうに見送っている。王妃の乱入でいつもより早くおしゃべり会が終わるのが寂しいのだろう。
イライアの侍女のセリナと、自分の侍僕のフリオと共に部屋に戻る。
部屋に着くと、ビバルはイライアを着替えさせるために彼女を椅子に降ろした。これから自分も夜着に着替えなければいけないのだ。なのにビバルが手を離そうとすると、イライアは突然目を覚まし、いやいやと子供のように身をよじる。
「イライア、着替えなければいけないよ」
「……ビバル様」
その視線に怯みそうになる。酔っているせいで、いつもよりどことなく艶っぽいのだ。
「そ、そんな目で見ても駄目! 着替えなさい」
「はぁい」
しゅんとしつつ着替えさせてもらっている。子供みたいだ。
ふと、半年ほど前にエルナンが言っていた『甘えん坊』という言葉が蘇って来る。これがイライアの素なのだろうか。
そうするうちにお互いに着替え終わり、ベッドに入る。
「おやすみ」
「おやすみなさい、ビバル様」
離してくれない手に戸惑いながら就寝の挨拶をする。
「ビバル様」
不意にイライアがビバルの名を呼んだ、
「何ですか?」
「……ニアにはきをつけて。あの……んまには……」
うつらうつらした声で何かをつぶやいてそのまま眠ってしまった。
一体何に気をつけろというのだろう。ビバルにはさっぱり分からなかった。




