慎重な女たち
イライアは兄を睨んでいた。対する兄はそんな事は全く気にしていない様子で腸詰めを口に運んでいる。
「イライア、少しは落ち着け。食事が冷めるぞ」
「これが落ち着いていられますか! お兄様のおせっかい!」
「誰が『おせっかい』だ」
兄は眉をひそめている。だが、言わずにはいられない。
昨日、フローラとの散歩から帰って来てからビバルの様子がおかしかった。それで何度も問いつめて、彼が兄に怒られた事を知ったのだ。
というわけで、今朝は兄と朝食をとりながら、この『余計なおせっかい』をした兄を責める事にしたのだ。
なのに、当の兄はそれを当然の事として聞き流している。
「お前こそ、ビバル陛下の本音に気づいているのか? それを知らないでただ責めるのはお門違いだ。少なくとも僕はビバル陛下と話し合って、とりあえず『様子見』という事でお互い納得する事にしたんだ。というか、これはアイハの王太子とレトゥアナの国王との話し合いだ。お前は口を出すな」
「な……」
「嫌だったらビバル陛下ときちんと話し合え。それがお前達が和解する最善の方法だ。あと、こんなに美味しい朝食を台無しにするような話はやめてくれ。気分が悪い」
ひどい言い草だ。それでもこう言われてしまっては何も言う事が出来ない。イライアは仕方なく朝食に戻った。兄はのんびりと腸詰めのおかわりを頼んでいる。よほど気に入ったらしい。
悔しい。
「……勝手にかき回さないで」
自然にそんな言葉が出て来る。兄は呆れたような顔をしている。イライアは頬を膨らました。途端に彼の口から笑いが漏れる。
「何ですか?」
「いや、何でビバル陛下はこんな子供を警戒しているんだろうな、と思って」
「子供って何ですか! 子供って! わたくしはもう十八ですわ!」
あまりに酷い言い草にイライアはつい興奮して返事してしまった。兄がため息をつく。
「だからそうやってむきになる所が……まあいいや」
「よくありませんよ!」
もっと反論したいが、軽くあしらわれるのが分かっているのでこれくらいで矛を収める。
それからはお互いに無言で朝食を食べる。
朝食を食べ終わり、デザートのフルーツを食べている時に、やっと兄が口を開いた。
「ところでイライア、あの件はどうなっている?」
「どの件でしょう?」
「お前が嫁ぐ前に頼んだ事だ」
そう言われてイライアは思い出した。そういえば、兄はイライアにレトゥアナ王国とセドレイ派の架け橋になって欲しいと言っていた。
もちろんこの事はノエリアにはきちんと話してある。そこでしっかりと話し合いもした。
「『保留』です」
きっぱりとそう言うと、エルナンは驚いた顔をする。
「それはどういう意味でしょうか? イライア王妃陛下」
「『保留』だと言いました。受けない、とは言っておりません。でもこの国も新しい治世になってまだ一年。正式な即位からなら半年ですね。そんな大変な時に他国の問題まで考えていられませんの。ごめんなさいね」
侍女の手前、完結に話した。
エルナンは悔しそうに唇を噛んでいる。どうして兄はノエリアがあっさりと承諾すると思っていたのだろう。
イライアはため息をお茶を飲む事で押さえた。
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イライアと話しただけでは納得がいかないというのでイライアはノエリアに頼んで話し合いの場をもうけてもらう事にした。
なのに。
「どうしてお前が付き添っているんだ、イライア」
まだ文句を言っている。この話を持って来たイライアが同席するのは当然の事ではないか。
「わたくしも当事者でしょう? そうですよね? お義母様」
「そうですね。そういうわけですから二人でお話を聞いても構いませんよね、セドレイ・エルナン」
「……はい」
兄は渋々イライアに対する攻撃を収めた。
しばらく無言が続く。お茶を飲んだり、お菓子をつまんだり。これではただのお茶会だ。
それでも『ただのお茶会』では流れないだろう空気に満ちている。兄と義母がお互いにどう出るか探っているからだ。当事者でなければ部屋に戻るか、フローラのお守り、いや、フローラと一緒にお茶をしているエステルの所に行きたいくらいだ。そちらのお茶会の方がずっと楽しいだろう。
「それで? 今日は何のお話だったかしら?」
ノエリアの言葉にエルナンが一瞬だけ眉をひそめる。
「おかしいですね。妹にはきちんとノエリア殿下にお話しするよう頼んだはずですが?」
そう言ってエルナンはイライアの方に冷たい目を向けて来る。
責められても困る。イライアはレトゥアナ王国に来たばかりの頃にそっと伝えた。その結果が『保留にする』だったのに、ごちゃごちゃ言ったのはエルナンの方ではないのか。
「きちんと返事は王妃陛下を通してしたはずです。そうでしょう、イライア」
「ええ」
兄には悪いが、イライアはレトゥアナ王国の王妃だ。この国に不利になる事は出来ないのだ。
「わたくしはきちんと伝えましたわ。それでも納得がいかないとごねるのです」
心底、困ったと言うような顔を見せる。まるでだだっ子を相手にしているようだ、と感じた。兄の悪い癖が出てしまっているのだ。
「ところでセドレイ・エルナンは二つの派閥の元になった事件をご存知ですか?」
ノエリアがわけの分からない事を言った。そんな事はイライアは知らない。兄からもレトゥアナでの歴史の授業でも教わっていない。それに、今までに読んだ歴史書にも載っていなかったはずだ。
イライアがきょとんとしているのを見た兄と義母が説明してくれる。
数十年前にイライアの祖母である先代の王妃が母国を侵略から守るため、アイハに援軍を貸してもらえるよう頼んだ。そして当時のアイハ王であるイライアの祖父が攻撃魔術に特化している一族であるテジェリア公爵家に命じた。だが、テジェリア家はそれを突っぱねたのだそうだ。
そこでアイハ王家とテジェリア公爵家の戦いになったのだという。そこで国王夫妻もテジェリアの当時の当主も亡くなり、両成敗という事で、休戦になったのだそうだ。
そしてマルティネスが即位した。
テジェリア家が今は『男爵家』になっているのはそういう理由だったのか、と納得した。父は相当あの家を怨んでいるだろう。そしてそのテジェリア家の令嬢を妃に迎えていた兄はとんでもなく危ない橋を渡っていたのだという事もわかった。
「それで? レトゥアナ王国はどこに関わっていたんですの?」
「アイハ王家がレトゥアナ王国にも援軍を頼んだの」
「それを拒否してテジェリア側だと思われたという事ですか?」
「そういう事よ」
送らなかったのではなく、送れなかったのだろう、と思う。長年大国である隣国に守られ、ぬくぬくしてきたレトゥアナ王国の軍を送った所で全滅するのが落ちだ。
だが、それはアイハ王国のセドレイである目の前の男には言えない。それを言う事は国の弱点を晒す事になる。
「セドレイ・エルナン。私は思うのだけれど……」
ノエリアが静かにエルナンの目を見つめる。何を言う気なのだろう。
「あなたはカロリーナ殿下と同じ事をしてはいないかしら。そしてそれは正しいのかしら?」
「え……?」
エルナンは呆然としている。だが、イライアには納得出来た。確かに彼は祖母と同じ事をしている。
「私はそんな事はしていません」
「そうかしら? 自国の争いに他国を巻き込んでいる、という点では同じでしょう?」
イライアは頷いた。兄はうつむいている。悔しいのだろうか、それとも反省しているのだろうか。
「お兄様は結構性急に動きすぎる傾向がありますよね」
「お前には言われたくはない」
「わたくしはこれでも動くタイミングくらいははかっていますわ。だから失敗はしていないでしょう?」
「何だって!? あの時僕に……」
「イライア、セドレイ・エルナン。少しは落ち着いて下さい」
兄妹喧嘩を始めるイライア達をノエリアが静かに嗜める。
「ノエリア王太后殿下は私の意見に賛同してくれると思っていました」
「『大事な配偶者をマルティネス王に殺された者同士で手を組んで復讐をしましょう』とでも言いたいのですか?」
兄が頷いた事でその通りだったとわかる。そして、それが兄がノエリアと直接話したかった原因なのだろう。
「確かにエドゥアルドとセルジを亡くした事は悲しいですわ」
「でしたら!」
「それでもこれ以上の被害を出すわけにはいかないのです」
きっぱりとノエリアは言った。
「私たちは陛下を、そしてこの国を守らなければいけませんから」
ノエリアの言葉にイライアも静かに頷いて同意した。
兄は悔しそうに唇を噛んでいる。
少しだけ溜飲が下がった。




