臆病な王
二人で話をしたい。ビバルがエルナンにそう言われたのは、エルナン達がレトゥアナ王国に来て三日目の昼だった。
イライアと母はフローラを連れて海岸に散歩に出ている。笑顔で承諾していたので、イライアは気にしていないのだろう。もしかしたら事前に話の内容も聞いているのかもしれない。
「さて、と」
人払いをさせると、エルナンはがらりと表情を変えた。笑顔の裏でこれだけ激しい怒りを隠していたのだとわかる。そしてどうしてエルナンが二人で話したいと言っていたのかその瞬間に理解した。話の内容も。
温和な王太子の怒り顔をビバルは初めて見た。でも自分はそれだけの事をしているのだろう。
「説明してください、ビバル陛下」
「な、何をでしょうか?」
「陛下は僕の妹を頑なに拒絶しているようですね」
冷たい目で睨みつけられ、つい後ずさりしたくなる。だが、それでは一国の王として駄目なのでしっかりと顔を上げた。
「な、んの事でしょうか?」
声がうわずってしまった事で肯定している事が一目瞭然になってしまった。エルナンの目つきがさらに鋭くなる。
確かにビバルがしている事はいけない事かもしれない。レトゥアナ王国ではそこまで責められないが、他国では子供を産まない女性は『石女』と蔑まされる事がある。きっとエルナンもそれを危惧しているのだろう。
それでもビバルは考えを変えるつもりはまるでないが。
「これがどういう事か本当にわかっているんですか? これ以上意地を続けるようならアイハ王国への侮辱と受け取りますよ。事と次第によっては上にも報告する事になります」
王太子の上にいるのは国王しかいない。つまりマルティネスに言う、と言っているのだ。それと同時にまだ話していない、とも伝えているのだがビバルは気づいていなかった。
「父上を助長させたくはないでしょう?」
エルナンは唇の端をゆっくりと上げる。ビバルの背を冷たい汗が流れた。
「何故そんな事を言うのでしょうか? 一体誰から聞いたんですか?」
「僕が放った密偵から報告があったのですが……何か?」
エルナンはそう言ってにっこりと笑う。
一瞬だがイライアを疑った事を彼は敏感に察したようだ。
それにしてもこの王太子が密偵を放っているなんて意外だ。
「僕個人としても可愛い妹が幸せかどうか知りたいですからね」
笑顔のまま、というのが逆に怖い。
「セルジ殿下とエドゥアルド陛下の事は申し訳ないと思っています。でもあの子は無関係でしょう。妹に八つ当たりするのだけはやめて下さい」
言葉を飾らずに伝えるのは相手がビバルだからだろう。腹芸の通じない相手だから。そう思われるのが悔しい。
それでも向こうがきちんと腹を割って話してくれるのだ。ビバルも事情を話さなければいけない。本来ならレトゥアナ王国に着いた夜にイライアと話し合うつもりだった大事な話を。
「私は王妃に、いえ、イライアに八つ当たりしているわけではありません」
「イライアに面と向かってあんな事を言っておいて何を言ってるんだ」
小声で、でも厳しい声で返される。当然だ。ビバルはそれだけの事をしている。
「『第二の私』を作りたくないんです」
「え?」
エルナンがきょとんとした顔をした。
「あなたのお父上を悪く言ってしまって申し訳ないのですが、私たちに子供が出来たら、マルティネス王はその子を攫いに来るのではないでしょうか。正直、自分の子供にあんな地獄を経験させたくはないんです」
あの状態のビバルを見ているエルナンなら分かってくれるかもしれない。ビバルは小さな希望にかける事にした。
「そうやって怯える気持ちは分かりますよ。でもそれはイライアには全く関係ない問題ではありませんか。僕が怒っているのはあなたが妹にきつく当たっている事です。イライアだって塔に来ていたのだから理解してくれるはずですよ。少なくともあなたのあの状態には心を痛めてましたから」
「王妃とは最初の夜にきちんと話し合おうとはしたんです。でも返って来る言葉は『跡継ぎを作らなければ』の一点張りで、話す気が失せてしまって。もし私に何かあっても従兄弟がいてくれる、そう返したらマルティネス王はその子を攫うだろうと脅して来て……」
「それは父なら本当にやりかねませんね。『脅し』ではなく『忠告』をしてくれたんでしょう。それで? その従兄弟達の警備はどうしたんですか?」
「……イライアが手を回してくれました」
それについてはお礼を言った。素直になれず、彼女の警備の強化の話のついでみたいになってしまったが。
「あの子も頑張っているではありませんか」
思っていた事をあっさりと言われてうつむく。確かにレトゥアナに来てからのイライアは頑張っていた。体調を崩してしまうほど。でもこれはエルナンに言うわけにはいけない。
「私はアイハでの婚約前後も含めて王妃……イライアとは何度も接しました。それでも彼女の性格がいまだに掴めないんです」
今までの事を思い返す。突然塔に来て高圧的な態度で接してきた少女、不格好なパンを施して来た親切なのか意地悪なのか分からなかった行動、昼食の席で冷たい表情と声で自分を脅して来た高慢な姿、舞踏会や即位式で緊張して強張らせていた顔、父と兄を亡くした直後の自分に対して、そんな事は忘れてさっさと一国の王として立つようにと臣下の礼で示したあの残酷さ、レトゥアナ王国で初めて見る海にはしゃいでいた年相応の無邪気な笑顔。
あれのどれが演技でどれが本当の姿なのか分からない。だからビバルはイライアをまだ信用出来ない。
でもそこまで話したらイライアへの侮辱になってしまうかもしれない。そして彼女の兄はそれを怒るだろう。だから詳しくは言わない。
「セドレイ・エルナンは……」
「何でしょうか?」
「セドレイ・エルナンは何故イライアの事をそんなに大事にするんですか?」
「妹だからです」
きっぱりと言われる。逆に清々しいほどだ。
「それにあの子は危なっかしいでしょう?」
「え? そうは見えませんが」
別の意味で『危ない』とは思うが、『危なっかしい』とは思わない。むしろしっかりしている方なのではないだろうか。
「放っておくと何するか分からないんですよ。今まで何度叱り飛ばして来たか……」
やれやれ、と苦笑している。その『今までの事』を回想しているのだろうか。
「隠すのを徹底させましたから、表面には出て来ないんでしょう。でも僕から見たあの子は無邪気で甘えん坊なだけの子供ですよ」
「……それはフローラ殿下では?」
「だからフローラは表に出しているだけなんです。というか本来はイライアの方が甘えん坊ですよ」
にわかには信じられない。ぽかんとしているとエルナンはおかしそうに笑う。
「慣れたらビバル陛下にも懐いてくるんじゃないですかね」
からかわれているのか、本心で言われているのか分からない。
「とにかく、あんまり妹にきつくあたらないで下さいね。あんまり酷いようなら僕も本気で怒りますから」
これも冗談めかして言っている。だが、本気で言っている事はその冷たい瞳から伝わって来た。
「少し、歩み寄ってみます」
それでもビバルはそれだけしか言う事が出来なかった。




