魔力枯渇
第二章の「3」スタートです。
「一体どうしたんですか!?」
いつものように『朝の散歩』を終え、寝室に戻って来ると、既に起きていたビバルが素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたって何がですか?」
ビバルはそれには返事をせずにイライアのおでこに手をやる。何をしているのだろう。
「気分が悪いとかそういう事はありませんか?」
そういえば少しだけ体が重い。それでも大した事ではないだろう。
「平気ですわ」
「そんな顔色をしていてよくそんな事が言えますね。ってどんどん悪くなっているではありませんか! とにかく今日は一日安静にしていて下さい。すぐに薬師を呼びます。さあ、ベッドに戻って」
そう言いながらビバルはイライアをベッドに寝かせる。抵抗したかったが、何故か強いはずのイライアが、ビバルの力に簡単に負けてしまう。
「あの、わたくしは大丈夫で……」
「はいはい。あなたの意見はわかりました。そこは母上と侍女に判断してもらいましょう」
そう言うがはやいか、ビバルはさっさと呼び鈴を鳴らし、侍女達を呼んだ。
「ルシア、すぐに母上をここへ。あと薬師に連絡を。」
「はい、陛下」
「セリナ、イライアを夜着に着替えさせろ」
「かしこまりました」
ルシアとセリナはわたくしの侍女なのだけど、と文句を言いたかった。でもどんどん気分が悪くなって来る。最近、遅くまで魔法書とにらめっこをしているから、疲れが出たのだろうか。でもビバルだって同じくらいの時間、仕事をしているのだ。だったらどうして自分だけがこんなに体調を崩しているのだろうか、とぼんやり考える。
どこかで悲鳴のような声が聞こえる。緊急事態なら自分が出なければいけない、と思いながらも体が動かせなくなって来る。イライアの意識はそこでブラックアウトした。
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口の中に何か苦いものが突っ込まれた。吐き出したかったが、口を手で押さえつけられて吐き出せない。それでも意識が段々はっきりとしていくのだけは分かった。それと同時にこれはどこかで食べたものだという事を思い出す。そしてそれは毒ではなかった。安心して飲み込む。
ゆっくりと目を開ける。目の前に厳しい顔をしたノエリアがかがみ込んでいた。他に誰もいないように見えるのはどうしてだろう。
「イライア」
「えっと……お義母様?」
「無理はするなと言ったわよね?」
「あの、わたくしは?」
何が起こっているのか分からない。そして義母が何故怒っているのか分からない。
「あなたはさっきまで生死の境をさまよっていたのよ」
「……え?」
思いがけない言葉にイライアは呆然とする。だが、ノエリアの表情は生死の境をさまよっていた人間に対して向けるものではない。そう思うほど義母はこわい顔をしていた。
「病名を教えてあげましょうか? 『魔力枯渇』よ」
さらりと出た言葉にイライアは瞠目する。とりあえず誤摩化さなければいけない。一応イライアは『魔力消しの儀式』を受けた事になっているのだから。
「な、何を言っているんですか、お義母様。わたくしは魔力など……」
「セルジから聞いたわ。あなたに魔力を持ってここに来るようにお願いしたって。それに魔力枯渇としか言えない症状を見せた上に、魔力回復薬で治ったのだから言い訳は出来ないわよ。あなたは今でも魔力持ちね、イライア」
そういえばノエリアは少しだが魔力を持っていたはずだ。だから魔力回復薬も持っているのだろう。
それにしてもセルジがそんなとんでもない事をあらかじめ話していたとは思わなかった。もしイライアが失敗していたらどうするつもりだったのだろう。
セルジ殿下め、とそこにいない義兄を心の中だけで責める。
ノエリアはそんなイライアの様子を見透かしたかのようにため息をついた。
「セルジを責めてもどうしようもないわよ」
「それはそうですけど」
子供のように頬を膨らませる。
「一体何をしたらこんなに枯渇するの?」
そんな事はイライアが聞きたい。今日は、いつものように精霊に魔力をあげて来ただけだ。そういえば、最近重傷の精霊が無理して動こうとするので、助けるために余計に魔力をあげている気がする。それでもイライアが倒れるほど使った覚えはない。
そうきちんと話す。だが、ノエリアはさらに眉を潜ませた。
「毎日毎日無理すればそうなりますよ。とにかく回復薬で少しずつ落ち着いて来てるから今日はゆっくり休みなさい」
「でも……」
今日もいつも通りに授業はあるし、仕事だって有り余るほどある。そう反論するが、ノエリアの意思は変わらないようだ。
「魔力枯渇している時は体力も気力も落ちているものなの。今日は一日安静。わかったわね」
「……はい」
とりあえず義母が出て行ったら、部屋にある本で今日のぶんの勉強くらいはしようと考える。
「そんなに心細くならなくても大丈夫よ。ビバルが戻ってくるまで私がついていますし、授業が終わったらビバルに交代しますからね」
つまりベッドから抜け出さないように監視すると言っているのだ。どうしてこんなに警戒厳重なのだろう。やはり『アイハの王女』である自分は信用されていないのだろうか。
自然に不満そうな顔になってしまっていたのだろう。ノエリアが小さく笑った。
「あなたはセルジに似ていると言ったでしょう。あの子もどんだけ熱があろうが、ふらふらしてようが、ベッドを抜け出して仕事をしようとするの」
つまりセルジの前例で行動パターンを見抜いているという事らしい。
セルジ殿下め、ともう一度心の中で責める。
「それに『国王陛下』から私たちに命令が下りているの。『今日は王妃を安静にさせるように』とね。よほど心配をかけたのね。ルシアたちも慌ててたわよ」
そう言われては休むよりほかはない。イライアはそっとため息をついた。




