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愛国妃  作者: ちかえ
第二章 レトゥアナ嫁入り編
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義従姉

 その日からノエリアによって少しずつイライア達の予定がどんどん埋まっていった。


 ノエリアに連れられて地域の視察に行く。それがない日は、午前中に歴史や文学、経済などの授業を受け、この国に関する知識を詰め込む。勿論ビバルと一緒に謁見もしているし、目を通しておきなさい、と沢山の書類もまわされる。午後はビバルに相手をしてもらってダンスレッスン。そして休憩時間には、自室でこっそりと魔法の勉強をする。


 ダンスは難しかった。拍子からして違う。ビバルがアイハ王国のダンスを『難しい』と言った理由がわかった。


 仕事に関してはずっと兄の手伝いをしていたおかげですんなり出来る。ただ、当たり前だがすべてレトゥアナ語なので分からない単語でつまずいてしまう。そういう時は迷わずノエリアに聞く事にしている。


 勉強や仕事は楽しい。最後の半年間を別にすれば間違えなくアイハにいた時よりずっと充実した生活を送っている。


 結果、精霊の所に行くには朝早く起きなければいけなくなってしまった。ビバルとノエリアには『朝の散歩』と言ってある。どうやらこっそりと護衛をつけてくれているらしい。その護衛は明らかにイライアより弱そうだった。一度近衛の訓練所に行って彼らの実力を確認しなくてはいけない。


 精霊は軽い怪我をしていた者なら大分元気になった。早速とばかりに城の守りにつく精霊まで出てくる。それで何故レトゥアナが平和な国なのかが少し分かった。そして何故彼らがマルティネスに攻撃されたのかも同時にわかってしまった。


 その日もイライアは『日課の散歩』に出ていた。いつも通り、侍女とお喋りしながら海を眺め、いつも通りに洞窟に行き、いつも通りに精霊に魔力という名の食事を与え、彼らとじゃれ合い、ご機嫌で——四つん這いだが——出て来た。


 あとはまだビバルが寝ている寝室に戻るだけだ。だが洞窟の外にいたのは侍女だけではなかった。イライアの目の前に見知らぬ女性が立ちふさがっている。


「毎朝毎朝ここで一体何をしているのですか、王妃様」


 その女性は遠慮なくイライアを睨め付ける。


 どういう事? というように侍女のルシアを見るが目をそらされてしまった。


「あなたは誰ですか?」


 敵意を向けられているのだから遠慮する気はない。大体、ビバルから、ここは王城の庭のようなものだと聞いている。基本的に王族と、城に来ている貴族くらいしか立ち入らない。それに早朝からわざわざ海岸に出て来ているというのがおかしい。不審者ならビバルとノエリアを守るために戦わなければいけないだろう。


 とりあえず気づかれないように変化解除の術をかけてみる。姿が変わらないので少しだけ安心した。でもまだ油断は出来ない。


「私はエステル・セルロールスでございます。初めまして、王妃陛下」

「ああ、セルロールス卿のご令嬢ですか」

「ええ。そうです」


 セルロールス家はレトゥアナ王国に八つある貴族のなかで一番権力を持つ家だ。レトゥアナの貴族には『公』や『伯』などの爵位はないが、もしアイハの爵位を当てはめるなら『筆頭公爵家』と言ったところか。イライアの記憶が間違っていなければ、東に領地を持っている。そして十九歳の跡取り娘がいると、この間セルロールス卿が謁見に来た時に言っていた。その夫人が、娘に会ったら仲良くして欲しいと言っていた事も思い出す。そして彼女はセルロールス夫人に顔立ちが似ていた。きっと彼女がその『跡取り娘』なのだろう。


 そして前王(エドゥアルド)の姉がセルロールス家に降嫁しているので、エステルはビバルの従姉(いとこ)にあたる。


「それで一体何をしていらっしゃるのでしょうか?」

「日課の散歩ですわ」

「『散歩』ですか?」


 エステルが疑いの眼差しを向けて来る。


「ええ。海とこの洞窟を気に入って毎朝訪れているんですの」


 嘘は言っていない。この海岸が気に入っているのも本当だ。ただ、一番の目的が精霊の救助だというだけだ。


 エステルはルシアに目を向ける。彼女は黙ってうなずいた。嘘を言ってイライアを窮地に陥らせるつまりはないらしい。アイハではしょちゅうされていたそれがないのが新鮮だ。きっと優しい性格をしているのだろう。どうやらルシアはかなり信用出来るようだ。


「どうしてそんなに疑うんです?」


 逆に聞いてあげた。エステルは戸惑った表情をしてもじもじとしている。


「えっと……」


 大体の気持ちは分かる。つい勢いに乗って責めてみたのだろう。

 イライアはため息を一つ吐いた。


「城に戻りましょうか」


 エステルは気まずそうにうなずいた。



****


 その日、イライアはエステルと朝食をとる事にした。ビバルはノエリアと食べると言っていた。その時にビバルからきちんと紹介してもらったのでひとまず安心する事にする。


 二人で一緒に食前のお祈りをする。これはレトゥアナ王国に来てからの習慣だ。最初の夕餉の時に、ビバルから、お祈りをしないなんていけない事ですよ、とやんわりと注意された。そして食事時以外にも、朝と寝る前に城の礼拝堂でビバルと並んで祈る。こういう何気ない事が新鮮だ。


「それで? セルロールス嬢は何故あそこにいたんですの?」


 そう尋ねるとエステルは困ったような顔をした。


「どうぞ『エステル』とお呼び下さい。『セルロールス嬢』なんて呼ばれるのは初めてで緊張します」


 そういうものなのだろうか。


「わかりました、エステル。あなたも『陛下』の敬称をつけなくても大丈夫ですよ」


 今まで彼女は結構直接的な物言いをしてきた。イライアもそうしていいのだろう。


「エステル、あなたはわたくしを監視しているのですか?」


 厳しい目で見据える。エステルが怯えたような顔をした。そんなにイライアは怖い顔をしているのだろうか。


 目線だけで促すと、エステルは堪忍したように口を開く。


「窓の外を見たら、王妃様がこそこそと海岸に降りるのが見えたので、気になってしまったのです。それが毎日だったのでつい。失礼な行為でしたら申し訳ありません」


 こそこそなどしたつもりはない。とりあえず表情だけで不快感を示す。


「申し訳ございません。多分、偏見の目で見てしまっているのかもしれません」

「あの残忍なマルティネス王の娘だから、ですか? その上、外見はそっくりですものね。同じ性格だと思っても仕方がありませんわね」


 冷たい口調でそう言う。だが、少しだけ拗ねたような口調に聞こえてしまう。改めてマルティネスとそっくりな外見を自分は嫌っているのだな、と実感する。


 それにエステルも気づいたのだろう。戸惑ったような顔をしている。


「王妃様はご自分の父親がお好きではないのですか?」

「大嫌い」


 心からそう言う。エステルはさらに戸惑った表情をした。


「では、王妃様がアイハ王国からの間者だという噂は……」

「お父様はそのつもりみたいですわね。でもわたくしはごめんですわ。お父様よりビバル様の方が大事ですもの」


 きちんと説明をしたのにエステルはぽかんとした表情を浮かべている。かなり失礼だ。信じていないのだろうか。


 エステルはしばらく困った顔をしていたが、おずおずと口を開いた。


「その言い方では王妃様が陛下をお慕いしているように聞こえてしまいますよ」

「え?」


 知らず知らずのうちに心情を暴露していたと知ってイライアの顔が一気に熱くなった。

 その意味が分かったのだろう。エステルが小さく笑った。


「王妃様は私が最初思っていた方と違いますね」


 きっとろくでもないイメージを持たれていたのだろう。


「いずれは分かる事ですから先に言っておきます」

「はい」

「私、昔はセルジ殿下の婚約者候補でしたの」


 一瞬、時が止まった。


「……え?」

「だからこそでしょうか。あなたにいい印象は持てなくて……。だからこそただの散歩なのに怪しく見えてしまったんでしょうね」


 寂しそうにうつむいている。そう言われるとイライアは何も言えなくなってしまう。


「今回、私が王城に滞在しているのは、王太后様に呼ばれたからです。王妃様の話し相手になれと。父が了承したのは多分セルロールス家の次期当主である私に王族とのコネを作るためだと思います」

「そうだったんですね」

「あとは親戚付き合い、と言ったところでしょうか」

「ああ、エステルはわたくしの義従姉にあたるんですものね」


 空気を軽くするために付け加えたと分かるその言葉にきちんと乗る。エステルは安心したように笑った。イライアの口からも笑いが漏れる。


「本当に今日はとんでもない事をしてしまって申し訳ありませんでした、王妃様」


 また謝罪をされるが、エステルはたいした事はしていない。むしろこんな怪しげな王妃によく突撃出来たな、と感心しているほどだ。


「またこうやって話をしてくれると嬉しいですわ、エステル。まだこの国に同世代の知り合いは少ないですから」


 イライアはそう言って彼女の義従姉に微笑みかけた。

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