再会
エルナンとイライアが連れ立って戻ってくるのが見えた。エルナンはビバルの方を見ると、イライアにそれを教える仕草をした。つまりビバルに用があるのだろう。ならばとそちらの方に歩いて行った。ビバルの方も彼女に話があるからちょうどいい。
ビバルが近づいてくるのを見ると、エルナンはイライアを引き止める。本当にこの王太子は状況をよく見ている。
「何か私に御用でしょうか、イライア殿下」
「ええ。少し内緒の話があって。会場の外に出たいのだけれどいいかしら」
問題はないが、何の用だろう。先ほどの話の口止めだろうか。ロヨラ侯爵令嬢が話したあの話は会場中に響き渡っていた。その後、エルナンが訂正をしていたが、明らかに彼女が話していた方が真実だろう。
ビバルは知っているのだ。二年前、時々エルナンが塔の一室に隠れて泣いていた事を。話を聞くだけでも慰めになるかと思って話しかけた時にビバルは確かに聞いたのだ。エルナンが『妹が反抗期』と口を滑らせたのを。あれはニーナが話していた事件の事ではないのだろうか。だとしたらビバルは絶対にイライアを許すわけにはいかなかった。
「イライア王女様」
中庭の奥に歩いて行くイライアを呼び止める。イライアはゆっくりと振り向いた。
「何かしら」
「先ほどのロヨラ侯爵令嬢の話は本当ですか?」
「本当だと言ったら?」
イライアは笑顔を浮かべながらそう言う。その笑みがどこかぞっとするのは脅されているのだろうか。これ以上話したら消すぞ、と言われているようだ。
でも、言ってしまったものは訂正出来ない。だからしっかりとイライアを見つめる。
「同じ王族としてあなたを心底軽蔑します、イライア王女殿下」
「そう」
小さく笑いながら踵を返す。そうしてまた歩き出した。
無視して会場に戻ろうかと考える。でもそれをするのは卑怯だろう。ここで殺されるのならそれまでだ。それで彼女の後について行った。
「エルナン殿下は私の命の恩人なんです」
「ええ。知っているわ」
歩みを止めないまま、でもきちんと聞いているのがわかる。
「ビバル殿下はわたくしが憎いのね」
「はい」
「でもビバル様はわたくしを殺せないでしょう?」
その言葉と共に吐き出された小さな笑いは嘲笑だろうか。心の奥底を見透かされているようで嫌な気分がした。
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「東の庭園ってここよね?」
だいぶ歩いた。疲れてきたなと思った頃、イライアが立ち止まってそう言った。
「あの、ここに何かあるんですか?」
「さあ、わたくしにもよくは……」
イライアがそこまで言った時、木の影からエルナンが顔を出した。つまり呼び出したのはイライアではなくエルナンなのだろう。
「ちゃんと連れて来たみたいだね、イライア。さあ、ビバル殿下、こちらへ」
エルナンはそう言ってさっさと二人を先導する。
連れてかれた東屋にはうっすらと幕が張ってあるように見えた。何故か中が見えない。
不安になってエルナンを見るが、彼は微笑みを崩さない。
「大丈夫です。結界が張ってありますから安全ですよ。どうぞ進んでください」
「あの……ビバル様、わたくしも……」
「イライア、入るのはビバル殿下だけだ」
「どうしてですか?」
納得がいかない様子でイライアがエルナンに食い下がる。確かに何があるかわからない東屋に入るのは怖い。でもイライアと入ったら先ほどの話の口封じをされそうでもっと怖い。
「中を透かせて見てみろ」
その言葉に従い東屋を覗き込んだイライアが、あっ、と声を上げる。
「わかったか? わかったら行かせてやれ。時間がない」
今度はイライアも素直に従いエルナンに並ぶ。
ここまで言われてしまうと行かざるをえない。ビバルはおそるおそる東屋に足を踏み入れた。
「ビーバールッ!」
瞬間、奥から手が伸びてきてビバルに目隠しをした。
「誰だ!」
暴漢だろうか。慌てて手を振りほどき、振り向く。
「ち、ちち……うえ?」
そこにいたのは思いがけない人物だった。
「ビバル。俺もいるよ」
「兄上……」
つい涙腺が緩む。
「元気だったか?」
ビバルの頭を撫でながら父が問う。何だか恥ずかしくなってビバルは笑った。
「父上。私はもう十七なんですよ」
「そんな事言っちゃいけないよ、ビバル。父上の中ではお前は七歳で止まってるんだから。しっかしでっかい七歳ですねー、父上」
「セルジッ!」
父と兄の掛け合いに思わず笑いがこみ上げる。
「こら、ビバル、何笑ってるんだー!」
エドゥアルドがくすぐってくる。
「わぁーーーーー! やめてくださいよ父上!」
三人で笑い合う。こんなに楽しく笑った事はアイハに連れて来られてから初めてではないだろうか。
きっとこの場を作ってくれたのはエルナンだろう。ビバルはそっとエルナンに感謝した。後でしっかりお礼を言うつもりだ。悔しいがそれに協力していたイライアにも。
「ビバル、かなり痩せているな。大丈夫か?」
セルジが頬に手を這わせ、心配そうに聞いてくる。かなり太って来たとはいえ、まだ痩せ気味なのだ。
いろいろ訴えたかった。マルティネスに攫われ怖かった事。塔の中に閉じ込められ、食事もろくに出されず毎日ひもじかった事。レトゥアナ語を喋るとたくさんぶたれた事。家族が恋しくてたまらまかった事。
でも、と考える。それはエルナン王子に失礼だ。この国で一番自分の味方である優しい王太子に。彼はあの状況の中で食事を少し増やしてくれ、彼の勉強と称してレトゥアナ語で会話してくれ、毎日ビバルの身支度を整えてくれていたのだ。彼がいなかったらきっと死んでいた。だから無理矢理笑顔を作る。
「大丈夫ですよ。ところで今日は母上は?」
「ノエリアは留守番だ。ビバルによろしくと言ってたぞ」
それもそうだ。誰も王宮にいなかったら逆に困る。
母にも会いたかったな、とビバルは少し寂しく思った。
これで第一章の「3」は終了です。
次から第一章の「4」が始まります。




