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愛国妃  作者: ちかえ
第一章 アイハ編
13/88

夜会

今回長いです。

「第一王女イライア殿下、レトゥアナ王国第二王子ビバル殿下」


 自分たちの名前が呼ばれた。イライアの名前が先なのはビバルを馬鹿にしているのだろう。父の指示だろうか。腹が立つ。だが表情には出さないように注意した。


 ビバルに手を取られ大広間に入室する。招待客の視線が自分たちに集まるのがわかった。夜会は身分の低い者から入場するので王族である自分たちが入場する頃には大広間はかなりにぎわっていた。そのほぼ全員の視線がこちらに向いているのだ。


 きっと隣国の王子であるビバルが気になるのだろう。令嬢たちのひそひそ話まで聞こえてくる。


「あれがレトゥアナ王国の王子殿下?」

「はじめて見たけどなんて凛々しい方」

「あの御髪を見た? なんて美しいストロベリーブロンドなのでしょう!」

「ああ、もう! 王女様でなくあたくしをエスコートして欲しかったわ!」


 ビバルの見てくれが大分よくなったのは嬉しいのだが、こうやって女性に騒がれるのは何故か嫌だった。


「見ろ、『闇の第二子』だ。相変わらず偉そうな方だな」

「属性の暗さが性格にも出るのではありません?」

「全くだ。セドレイ様もよかったものだ。今年はあんなのをエスコートしなくて」

「かわりに弱小国の王子がエスコートしていますけどね」

「ふふふ。本当に『お似合い』だこと。いい気味だわ」

「あの小娘も自分の立場の弱さをあれで理解するのではないか?」


 おまけにそれに混じってイライアやビバルの悪口まで聞こえてくるのも気分が悪い。魔術や魔法が何なのか知らないくせにごちゃごちゃ言うな、と言いたかったが、騒ぎを起こすわけにはいかない。


「イライア王女様、どうかしたんですか?」

「いいえ。少し緊張しただけですわ」


 にっこり、と微笑みを浮かべる。余裕ですよ、というしるしだ。


「イライア王女様でも緊張するんですね」

「わたくしでもってどういう意味かしら?」


 納得いかず尋ねると笑いで返される。イライアは頬を膨らませた。


 ビバルに見とれてた女性達に睨まれる。どうやら仲睦まじく見えたようだ。わざと得意そうな顔をして見せる。ビバル様にエスコートしてもらってるのはわたくしなのだと何故か心の中で自分自身に言い聞かせていた。


 視界の端にビバルと似た髪色の男達が見えた。あれはレトゥアナ王国の王と王太子だろうか。ああいう鮮やかな赤色が出るのがレトゥアナの王族の特徴だと聞いた事がある。最近読んだ叙事詩に出て来るレトゥアナ王国の初代国王もそんな髪色だったと書いてあったのを思い出す。

 イライアにつられてそちらの方を見たビバルの目が潤んだ。間違いないようだ。


 そんな時に司会が空気を読まずに兄の入場を告げる。


王太子セドレイエルナン殿下、ロヨラ侯爵令嬢、ニーナ様」


 その言葉に会場がざわめいた。エルナンにいつも色目をつかっている女性達があちこちで怒気を放っている。『産褥熱』で亡くなった義姉の喪が明けた後、兄がずっとエスコートしていたのは妹である自分だった事を思い出す。きっと彼女達はニーナが次の王太子妃セドレイナ候補だと思っているのだろう。


 兄は社交用の笑顔でニーナをエスコートしている。ニーナは勝ち誇った顔で彼の隣を歩いていた。どうせ野心家のロヨラ侯爵がごり押ししただけでしょうに、と心の中でニーナを軽蔑する。


 その後、国王夫妻が入場し、夜会が始まった。



****


「まったく。お前という奴は……」


 ビバルとファーストダンスを踊り終わり、他の令息と数曲踊った所で兄がダンスに誘って来た。その踊りはじめの第一声がこれである。顔は笑顔を保っているので余計に怖い。


「わたくし何かしましたか?」

「ロヨラ嬢と舌戦を繰り広げておいて『何かしましたか』はないだろう」

「あれはあちらが仕掛けて来たのです。わたくしは悪くありませんわ」


 さらりと言い返す。


 イライアとビバルが兄に挨拶するときに事件は起きた。確かにイライアはニーナと軽い言い争いをした。簡単に言えば『私はあなたの義姉になるのだから敬いなさい』と言うニーナにイライアが『そんな無礼な事を言う方がわたくしの義姉だなんて冗談じゃないわ。前の王太子妃殿下(セドレイナ様)を少しは見習ったらどう?』と言い返したのだ。


 もちろんそのまま言ったのではなく二重三重にオブラートには包んでいたが、兄にはきちんと意味が分かったのだろう。


「あんな方がわたくしの義姉気取りなんて本当に冗談じゃないわ」

「わかっている。僕だってそんな予定はない。ロヨラ嬢にも軽く注意しておいたから」


 きっぱりと言われる。わかっていたけどほっとした。


「でも種はまけたのではなくて?」

「あんな大きすぎる種はいらない。あのやり取りのおかげで僕はファーストダンスの最中ずっとセシリアの悪口を聞かされたんだからな」

「それはすみませんでした」

「反省の色が見えない」

「……ごめんなさい」


 結局、踊ってる間のほとんどの時間をお説教に使われてしまった。兄はどれだけ義姉が好きなのだろう。少しだけぐったりする。この曲が終わったら真っ先に飲み物を取りに行こうと決めた。そのうち、ニーナがまたしかけてくるだろうからその前に疲れを取りたい。


——イライア


 もうすぐ曲が終わるという時に兄から心の声で話しかけられる。魔術師契約をした者同士だけが出来る伝達魔法だ。


——何でしょうか?

——あと二曲終わったら、東の庭園にある東屋にビバル殿下を連れて来い。


 きつめの口調のそれが『命令』だという事はよくわかった。


 東の東屋に何があるというのだろう。兄だから罠にはめるなんて事はないだろうが、何か思惑があるのは間違いない。


 わかりました、と心の中で返す。ちょうどその時に曲が終わった。兄はこのタイミングを狙ってたんだなと分かる。


 最後の礼をし、顔を上げようとしたちょうどその時、左足の甲が痛んだ。悲鳴を上げそうになったがこらえる。


 目線を下げると自分のつま先に女性の靴の踵が乗っかっている。そのまま目線を上げ、その無礼な人物を確認した。そして納得する。


「まぁーったく。王女様にも困ったものだわ」


 そこにはニーナがいつのまにか出来ていた彼女の取り巻き達と勝ち誇った顔をして立っていた。


 ニーナの取り巻き達はイライアを馬鹿にするようにくすくすと笑っている。何人かはちらちらとイライアの方を見ているので、ニーナがイライアの足を踏んでいる事は知っているのだろう。

 確かにイライアは種をまいたが、さすがに急成長しすぎだろうと馬鹿げた事を考える。でなければやってられない。いまだにイライアは足を踏まれ続けているのだ。これは地味に痛い。


 おまけに会場中の視線がこちらを向いているのだ。楽士もどうしたらいいのか分からないらしく動きを止めている。当たり前だ。ダンスが終わった直後に先ほどまで踊っていた女性の真横で話をするなんてありえない。おまけに彼女達が明確な悪意を持ってそれを行っている事は一目瞭然だ。


「あらあら。何か足の下に変な物があるわねぇ。鬱陶しいこと」


 ニーナそう言ってぐりぐりとイライアの足を踏んで来る。おまけに隣からぴりぴりとした怒気を感じる。それが向いているのはイライアではないが、やはり怖いのだ。鈍感なニーナ達はその怒気に全く気づいていないので余計に嫌な気持ちになる。


 でもこの場で『お兄様、落ち着いて下さい』とは言えない。それだとニーナの行為を肯定する事になる。


「はぁ。まだあの方が王族だなんて信じられませんわ。ねえ、ニーナ様」

「そうねえ。私は王太子妃セドレイナになるんですもの。あの小娘も大人しく私に膝をつけばいいのに困ったこと」

「ニーナ様、正式にセドレイナになったらあの傲慢な王女を追い出してしまったらどうでしょう。セドレイ様もきっと賛同してくださいますわ」

「そうね。どこかの適当な貴族と縁組みさせましょう。きっと王女様は涙を流して喜びますわ」

「まあ、ニーナ様ったら。なんてお優しいのでしょう」


 ニーナたちはわざとイライアに聞かせるようにゆっくりと話す。


 悔しい、と思った。そうして二年前の自分の行動を心から反省した。イライアに馬鹿にされていた兄も今のイライアと同じような気持ちだったのだろう。そして自分は彼女と同じくらいみっともなかったのだろう。


 でもここでひいては王族の名がすたる。イライアはニーナの顔をしっかりと見る。そして第一声を発しようとしたその時、突然強い風が吹き、ニーナとイライアを引き離した。


 ニーナは悲鳴を上げながら尻餅をつく。


 文句を言おうとしたのだろう。ニーナは勢いよく顔をあげ、そして固まった。


「誰がお前を王太子妃セドレイナにすると言った?」


 静かな、でも冷酷な声が会場内に響いた。


「セ、セドレイ様、私はあなたにエスコートを……」

「『エスコート=婚約』だとでも思ったのか。思い上がるな、ニーナ・ロヨラ」


 いつのまにか社交用の笑顔をかなぐり捨てた兄がニーナ達に対峙している。


「セドレイ様、その……」

「たとえ婚約していたとしても、今のような態度を取ったらすぐに破棄になるという事はさすがに分かるな? 今はっきり言っておこう。ニーナ・ロヨラ侯爵令嬢、私がお前を妃にする事は未来永劫ない」

「しかしセドレイ様」

「何だ。言い訳など聞きたくない。とっとと……」

「この女は反逆者ですわ。二年前、この女がセドレイ様を廃そうとしていた事は知っていますのよ!」


 招待客がざわめく。痛い所をつかれた。イライアは困って視線をそらす。招待客の方をそっと眺めているとビバルと目があった。その表情を見て息を飲みそうになる。ビバルの顔には『軽蔑』の感情がありありと浮かんでいた。


「やめんか、ニーナ!」


 ロヨラ侯爵がすっ飛んで来た。


「王女殿下、セドレイ様、娘の無礼、どうぞ、お許しください」


 そう言って頭を下げる侯爵に王太子セドレイは虫けらでも見るような目を向ける。


「『お許しください』? 目の前で妹が暴力を振るわれ、おまけに暴言まで吐かれているのを見逃せと言っているのか、ロヨラ侯爵」

「そ、それは……」

「その娘は『闇の第二子』ではんぎゃ……」

「黙れ、ニーナ!」


 ニーナはまったく反省していないようだ。ここまで来るとロヨラ侯爵が可哀想に思えて来る。


「イライアが『彼女を担ぎ上げる取り巻きの暴走を止められなかった』事についてはきちんと本人から謝罪を受けている。私も彼女が幼い事を考慮してすべてを水に流した。ここにいるのは私の大事な愛妹で、忠実な臣下だ。大体部外者のお前が口を出す話ではない。立場をわきまえなければならないのはお前の方だ」


 エルナンにきっちりと反論されニーナが言葉に詰まっている。ロヨラ侯爵の顔は真っ青だ。そしていつの間にか彼女の取り巻きはどこかに逃げていた。


「ニ、ニーナ! 王女殿下に謝罪するんだ」

「冗談じゃないわ! 何で私が?」

「不敬罪と侮辱罪だ。わかるだろう?」


 ニーナは悔しそうに唇を噛む。そうしてイライアにお詫びの言葉を告げた。


 エルナンは話は終わったとばかりニーナから目をそらし、イライアに向き合った。


「大丈夫か、イライア」

「はい」


 無理矢理笑顔を貼付ける。そうでなければ泣いてしまいそうだ。


「すぐに治療をしよう。おいで」


 そう言うと、会場にいた近衛に目配せをする。近衛はすぐにニーナを回収してどこかに連れて行った。牢にでも収容されるのだろうか。

 エルナンはすぐにイライアを抱え、会場を出て行く。連れて行かれたのはエルナンの私室だった。ついてこようとする使用人を止める。魔術治療をするつもりらしい。


「すみません」

「いや、いい。謝るのは僕の方だ。まさか彼女があそこまで愚かだったとは。ロヨラ嬢はもう社交界には出られないだろう。まあ、それで済めばいいが……」


 ため息をついている。それもそうだ。最悪の場合ロヨラ侯爵家が爵位を完全に失う可能性もある。


 エルナンはさっさとイライアの靴を脱がした。そして眉をひそめる。足は思った以上に腫れていた。

 エルナンの大きい手がイライアの足の甲に置かれた。すぐに温かい光が足全体を包む。手が離れた時には腫れも痛みもなくなっていた。これを無詠唱でするのだ。兄は凄いと改めて思う。そしてうらやましい、とも思う。


「ありがとうございます、セドレイ様」


 心からのお礼を言う。だが、兄は痛々しそうな顔をした。


「イライア、お前が二年前にした事がいい事だとは僕も思わない。でも、お前がここまで苦しまなければいけない事だとも思えないんだ」

「でも周囲はそう思っていません。どうして嘘をついたのですか?」

「嘘などついていない。公式ではそういう扱いにしてある。ちなみにこれは国王陛下も了承済みだから」


 簡単に言っているが当時は相当苦労したのだろう。イライアはそこまでして守らなければいけない人間なのだろうか。


「お兄様って『お人好し』とか言われませんか?」

「味方だから守ってやっているだけだ。敵に回ったら容赦なく潰すよ。覚えておけ」


 何も言われてないのに最後に『魔女殿』と付け加えられたような気がするのは気のせいだろうか。魔術師契約を忘れるなと言っているのだろう。


 今頃舞踏会の会場はどうなっているだろうと考え、はっとする。


「ああ! ビバル様を庭園に案内する話ってどうなってましたっけ?」


 つい叫んでしまった。兄が『あ……』と小さくつぶやく。つまり忘れていたのだろう。


「じゃあ僕が行く。お前は休んでろ。今、ビバル殿下と顔を合わせるのはきついだろう?」


 きっと兄も先ほどのビバルの軽蔑の視線を見たのだろう。気を使ってくれているのがよくわかる。


 それでも。


「わたくしが行きます」


 顔を上げてしっかりと宣言すると、兄がため息をついた。


「だったらホールまでは送ろう。ビバル殿下を回収してから東屋で合流」

「はい」

「もしあの件についてビバル殿下に何か聞かれたら公式の設定の話をするんだぞ。わかったな」


 納得がいかないが頷いておく。


 そっと手をつないでくれる。その手がこそばゆく感じる。

 少しだけ子供時代に戻ったような気がした。

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