茶会
「ようこそいらっしゃいました、ビバル殿下」
「さ、どうぞこちらへ」
華やかな兄妹に迎えられ、つい面食らってしまう。隣を見るがそこにはしっかりとイライアが付き添っていて逃がさないぞという雰囲気が見える。
どうやら人払いを済ませているらしく侍女の姿は見えない。そのかわりカートには茶葉やお湯の用意がしてある。きっとエルナンかイライアがティーメイクをするのだろう。
「本日はお招きありがとうございます」
「いいえ。今日はゆっくりと楽しんで下さいね」
「お菓子もいっぱい用意したんですよ。沢山食べて下さいね」
エルナンがフローラを呆れた目で見ている。食いしん坊だ、とでも思っているのだろうか。対するフローラはどうしてそんな目で見られるのかわからないのか首をかしげていたが。
フローラの言うとおり、テーブルには色とりどりの菓子が並んでいた。ケーキだけでも五種類ある。他にもタルトが三種類、クッキーが六種類、キャンディー、氷菓、果物のシロップ漬けに砂糖漬け。砂糖漬けは花を使ったものもあった。
ずいぶん贅を尽くしたものだ。塔での食事を思い出し、口から皮肉げな笑いがもれる。
「豪華……ですね」
それだけを口から絞り出す。
「好みがわからなかったのでいろいろなものを取り揃えてみたんですよ。おまけに僕たち三人とも菓子の好みがばらばらで……」
エルナンが苦笑している。
「今更ですが、苦手なものとかはありますか?」
「ありません。子どもの頃に好き嫌いはいけないと両親から教えられていたので」
「そうですか」
大好きな家族を思い出し少しだけ寂しくなった。その気持ちの変化がわかったのだろう。エルナンがビバルに向かって小さくすまなさそうに目配せをした。辛い事を思い出させてごめん、という意味だろう。ビバルは気を使わないでください、という気持ちを込めて微笑む。
「ねえ、早く座ってちょうだい。レトゥアナ王国のお話を聞かせて下さるんでしょう?」
何も知らない第二王女がはしゃぎながらビバルをせかす。
「こら、フローラ、ビバル殿下が困っているだろう」
そんなフローラをエルナンが厳しくたしなめる。
「だ、だって兄さま……」
「フローラ!」
もう一度強い声で咎められ、フローラは慌ててイライアの後ろに隠れた。小さい声でごめんなさい、と言っている。エルナンは厳しい表情を崩さないまま、これから気をつけるようにと釘をさした。いつもはもの静かなエルナンなのに信じられない。彼は意外に内弁慶なのかもしれない。
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「え? それはどういう事ですか?」
フローラの表情が『わけがわからない』と言っている。どうして分からないのだろう。民はみんな幸せそうにしていた、と言っただけなのに。
そんな事を考えながら氷菓を口に入れる。茶会が始まってからかなり時間が経っているのにどうしてこの菓子は溶けないのだろうと不思議に思いながら。
「フローラはまだ市井に出た事がないからなあ。出れば分かるよ。ビバル殿下が話してくれたレトゥアナ王国との違いも」
「市井に出た事がない!?」
ビバルは驚いて声を上げてしまった。ビバルにとってはそっちの方が『わけがわからない』事なのだ。
「王家の子供は普通、民の事を知るためにあちこちの訪問について行くでしょう?」
その質問にアイハ王家の三兄妹はそろって首を横に振った。
「僕はたまにお忍びに行きますけどね。イライアも僕について何度か出かけた事はあります。でもフローラはまだ幼いのでね」
「何故わざわざお忍びで?」
「王族だと知れたら大変な事になる時もありますから」
「ああ、昨日言ってた『魔女』とかですか?」
その言葉を口に出した途端、場の空気が凍る。フローラは真っ青になり、イライアは息を飲み、エルナンが笑みを消した。
「ねえ、ビバル殿下、その事は言っちゃ駄目だと思いますよ。人払いをしてるとはいえ……」
フローラが心配そうに言ってくる。彼女はそれほどアイハ王家にとっては危険人物なのだろうか。ビバルは自分の失言を恨んだ。
「いや、フローラ、彼には聞く権利がある」
エルナンが冷たい目で見据えてくる。ビバルはごくりとつばを飲んだ。
「昨日イライアも説明してたけど、彼女は父上の宿敵だ。魔術を使って父上を追いつめようとしている。そしてその正体はほとんど誰も知らない」
「ほとんど?」
何か気にかかる言い方だ。
「少なくとも二人は知ってるからね。本人と……僕が」
「え!?」
王女二人の声が重なる。ビバルも耳を疑った。
「お兄様、知っていたのだったらどうして捕らえないのですか? 危険でしょう?」
「だって僕に対して敵対しているわけじゃないからね」
カップに口をつけながらエルナンは楽しそうに笑う。
「まあ、僕の部下にまで手を出したら、その時はこちらも容赦しないけど」
ぞっとするような低い声でそんな事を言う。魔女も大変だな、と人ごとのように考える。
「あの、兄さまは正体をつかんでるからそんなに冷静なんですか?」
「そうだよ。ま、彼女がアイハ王国の『セドレイ』である僕に対抗出来るとは思わないしね。放っておいても害はないよ」
自身満々すぎる。そこをつけ込まれたらどうするのだ、と余計な心配をしてしまう。少なくともマルティネスの配下には彼女は攻撃を加えているのだ。
「愚かな女だったら勝手に自滅してくれるだろう。今までの所は問題ないよ」
ふぅ、とため息を吐く。面倒くさいのだろうか。だが、次の言葉でそうでないとわかる。
「……でも、そろそろ大人しくさせてもいいかな?」
空気が凍る。誰かが息を飲んだ音が聞こえた。
エルナンはもう一度、今度は軽く息を吐いて場の空気を戻す。
「ところでビバル殿下、お茶のおかわりはいかがですか? だいぶ薄くなって来たから茶葉も変えますけど」
そのタイミングで聞くな、と言いたくなる。確かにエルナンが淹れたお茶は美味しい。だが、これでは『口止めに毒を入れますよ』と言われている気分になってしまう。そんな不安をよそに、エルナンはイライアを呼び寄せた。会話から美味しいお茶の淹れ方を指南していることがわかる。
つい、新しい茶葉でお茶を淹れる彼らの手元を凝視してしまう。
「なんだか視線を感じるね」
エルナンがぼそりとつぶやく。ビバルは驚いて飛び上がりそうになった。
「それは兄さまの指導の上手さに見とれてたんでしょう?」
「ビバル殿下が? 男に見とれられても何にも嬉しくないんだけど」
この王子は後ろにも目があるのだろうか。
「いえ、仲がいいんだな、と思いまして」
これは本当だった。イライアとエルナンは本当に仲睦まじい兄妹に見える。今回のティーメイクの指南だけでなく、普段の何気ない時にそれを感じる。
無邪気に兄を慕う妹と、それを優しく見守る兄。
自分の兄を思い出してしまい、涙腺が緩む。
「まあ、イライアはいい子だからね。ね、イライア」
エルナンが微笑んだのが後姿しか見えなくても分かる。イライアは恥ずかしいのか、困ったように俯いた。フローラはお菓子を食べながら楽しそうにそれを見ている。
アイハ王国ではめずらしく、とても微笑ましい光景だった。