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第9話 彼女の仮面の、その下に〔6〕



 気だるくなるような、暑さだった。先輩を探して、僕は夜の道を走っている。


 初めて会ったときから、強い人だと思っていた。どんな人間を前にしても、その瞳の中には揺らぎというものがなく。

 自分という人間を、しっかりと認識していて。言ってみれば彼女は、本当に先輩らしいひとだった。


 面倒見がよく、いつも完璧に身だしなみを整えていて、その容姿と内面、相まって高まる人気。

 だけど僕は、そんな先輩が好きじゃなかった。元カノの友達だった先輩は、僕の冷めた態度にしばしば文句を言った。

 その時の僕は、誰の内面にも干渉しない代わりに、僕自身の内面にも、誰にも干渉しないでほしかったのだ。


 そんなことを思い出して、自分は変わったな、と思った。以前の僕ならば、きっとこんな風に先輩を追ったりしなかっただろう。

 僕自身の内面の変化。その変化の原因となった人物として、思い当たるのはたったひとりだ。


 置いてきた頼りなげな大きな瞳が、僕の心にずっと引っかかっていた。


 しばらく走って、すぐに見つけた後ろ姿。後ろ姿をとらえたことで、とりあえず僕は走るのをやめて歩みに変えた。

 先輩、と声をかけようとしたが、その前に先輩が立ち止まった。僕に気づいたのだろう。


 だけど先輩が振り向かないので、何となく僕もそれ以上近づけないまま歩むのをやめた。

 お互いがお互いを認識していながら、少し離れた場所で立ち止まっていた。近づきすぎず遠すぎず、微妙な距離感だ。


「本当はね。拓斗なら、追いかけてくるかなってわかってた。……でも困るかな、今は」


 先輩が僕に背中しか見せないまま、唐突にそんなことを言った。予想通りの反応。拒絶されることはわかっていた。


 夜は危ないとか、先輩の様子が変だったとか、追ってきた理由はいくつかあって、それを説明すればいいのだろうけど。

 それを今、言ってもあまり意味がない気がした。それになんとなく、先輩の態度については触れてはいけない気もする。


「送りますよ。そのために来たんです」


 僕はその一言でここまで来た理由を片づけることにした。


 実際どうでもいいことだ。先輩がひとりで夜道を歩くことがなければ。

 先輩が今、心の中に誰にも踏み入られたくないと思っていることくらいはわかる。僕としてもこれ以上踏み入るつもりなんてない。


 ただ、僕に事務的にでも送られると言うことを、先輩が受け入れてくれれば問題はない。

 だけど先輩はやっぱり簡単には納得してくれず、首を横に振り否定の意を示してきた。


「そんなのいらないよ。知ってるでしょ? あたしって強いんだ。誰かに守られなきゃいけない、美沙ちゃんとは違うの」


 先輩の背中から、まるで当然のことでも話すような言い方で、そんな言葉が飛んできた。

 突然、何の脈絡もなく美沙の名前が出て来たのには驚いたけど、強いとか弱いとか、そういう問題じゃない。


 僕がそうたしなめようとしたとき、けれど僕が何か言うより先に、先輩がくるっと振り向いた。

 先輩はいつもどおり笑みを浮かべていたけど、なんだかぼんやりとした笑顔の印象だった。そのまま言葉を続ける先輩。


「想ってるとどうしても、わかりすぎちゃったりするから。いっそ鈍感だったら楽だったのかな。変だよね、あたし……切ないんだ」


 先輩の言うことは最近いつも意味深で、でも僕にはわかることができない。

 ただ、以前の先輩と違うということだけはわかる。さっき先輩が自分で言った通りだ。


「どうしたんですか? らしくないですよ、本当に」


 僕がそう問いかけると同時に、先輩の笑顔が揺らいで。僕は驚いてしまった。

 いつも余裕の笑顔。年上の顔を決して崩さない先輩。だけど今、目の前に居る先輩は泣きそうな目をしている。


「拓斗は、どういうのがあたしらしいって思うの? あたしのこと……何もわかってないくせに」


 先輩の声が、責めるような響きを帯びて僕に向かって来て。

 特に深い意味なく言ったことだったが、僕はそれが無神経なことだったと思った。


 先輩の言うとおり、僕は先輩のことを何も知らないばかりか、特に知ろうともしてこなかったのだ。

 何と言葉を返していいのかわからず、僕は黙るしかなかった。すると先輩が、今度は苦笑のような笑いを小さくこぼした。


「……ごめん、違うよね。何でもわかったふりして、余裕ぶって。一番余裕ないのは、あたし自身だった」


 その言葉の内容に、声の抑揚に、先輩の不安定な気持ちが複雑に揺れ動いているのが、僕にも伝わる。

 そしてそれに一番戸惑っているのは先輩自身なんだろう。


 もうその顔から笑みも、泣きそうな表情も消してしまった先輩の瞳が、僕をまっすぐに向いて。

 一瞬見せたためらいも、一瞬のまま消してしまい。先輩が告げるその言葉は、思ってもみないものだった。


「あたし、拓斗が好きなの」


 先輩の静かな声が、夏の夜の静かな通りの中、僕の中に確かな衝撃を残していった。





読んでくださっている方々、ありがとうございます!


明日は無理かもしれませんが、次話も近いうち更新したいと思ってますので、また見に来てくださいね☆



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