第2話 とまどいの気持ち〔2〕
お兄ちゃんと初めて一緒に出かけて、今年初めての海を見た。
夕方の海は空が少し赤っぽくて、光が海に当たってキラキラして、すごくきれいだった。
今日のこんな景色も、離れてもずっと忘れられない思い出になるんだって、そう考えると嬉しいけど。
……同時に少し、さみしくなった。
◇ ◇ ◇
少しだけ、体の調子が悪かった。昨日、濡れて帰ってから、のどが少し痛くなって。
だけど、昨日お兄ちゃんが誘ってくれたから、今日だけは何があっても元気でいなきゃいけなくて。
学校ではちょっと辛かったけど、お兄ちゃんが迎えに来てくれて、車に乗ったらすぐに辛さなんて吹っ飛んで行った。
大丈夫。だって、すごくうれしくて、ほんとに楽しくて。
海に辿り着いたとたんすっかり元気を取り戻した私は、全速力で浜辺を目指す。
砂の上に靴と靴下を脱ぎ捨てて、波打ち際までまた全速力。
私はこう見えて、結構足が速い方なんだけど、今日はいつもよりも足が出にくかった。
でもこんな楽しい時にそんなことは気にしないようにして、私はおそるおそる、海に足をつけた。
冷たい。でも気持ちいい。
後ろを振り返って「お兄ちゃん!」って呼んだら、お兄ちゃんが困ったように笑いながら私の所まで来てくれた。
赤い空、海がきらきら光って。お兄ちゃんはそんな景色に溶け込んでいた。でも、存在感。
目が離せなくなる。お兄ちゃんって、なんだか――
「芸能人みたい……」
「え?」
突然の私の呟きに、お兄ちゃんの目が点になり、頭の上にはてなマークが浮かんで見えた。
いけない。思ったことをそのまま口に出してしまった。
「お兄ちゃんも一緒に海に入ろうよ!」
ごまかしついでにお兄ちゃんを誘ってみるんだけど、「僕はいいよ」って断られてしまった。
面白くない私は、不意打ちでお兄ちゃんの腕をぐいと引いた。
油断してたらしいお兄ちゃんの足は、引っ張られたことで2、3歩進み、ジーパンごと海の中にざぶんと入った。
すねの下あたりまで海につかり、みるみるうちに水を吸っていくお兄ちゃんのジーパン。
してやったりという顔で、私はお兄ちゃんを見上げる。
すると、ちょっと困った顔。こんな顔もするんだ。新たな発見。
「あんまり無茶しないようにね、美沙」
そう言ったお兄ちゃんは私のおでこをこつんとしてから、海から上がり片方靴を脱いで、靴の中に溜まった水を流したりしている。
お兄ちゃんの瞳の色が、数日前、初めて会った時よりも、優しくなっていた気がした。
どうしてだろう。お兄ちゃんといると、うれしいだけじゃなくて胸が痛くなることがある。
こうやってお兄ちゃんの存在が大きくなるほどに、辛くなることなんてわかってたのに。わかってるのに。
とまどいの中、私はもう一度お兄ちゃんを見た。
すぐに私の視線に気づいてくれるお兄ちゃん。なんだか、心の奥がつんとした。