おなかのおおきなおうじさま
この話にお付き合いいただきありがとうございます。
どこかの世界のどこかの国におなかの大きな王子様がいました。正確に言うとぽっちゃり系です。デブと言ってはいけません一応この国には不敬罪があります。この王子様ならば
「我が太っているのは事実である。真実を真実と告げることができる正直者を排してしまったら誰が真実を叫ぶのだ?公衆の面前でデブだデブだと罵倒されるのは勘弁願いたいが癒し手の婆様が食餌療法しろとか…………うん、やっぱり不敬罪扱いで…………って、爺や、婆様!なぜここに!」
ときっちり〆られているのは笑い話でありましょう。その後の健康診断で
「王子っ!その緩み切った………普通に筋肉が……って、普通に鍛えていてこの肉は………しかも、騎士団長とか宰相よりも健康体であるっていうのは」
ちなみに宰相さんは過労からなる不整脈で騎士団長さんは美食が過ぎての糖尿です。ちなみに作者は過度の飲酒による健康被害がないために逆に医者から目につけられています。
「これは豊穣の証にして我が癒しだ、そもそも行うべきことは行っている。何を問題視するのだ?」
「外聞とか健康とか色々あるでしょうが!それ以前に婚約者の辺境伯家の姫様の事を考えたら少しばかり痩せようとか考えないの?」
「婆様、外聞?このふくよかな体は民の見事なる働きによって出来たものだ。南の荒野の民が開墾して捧げてくれた実りを一粒も無駄に出来るだろうか?西の貧民が身を立てることができたと捧げてくれた麺麭と料理が愛おしくないだろうか?東の民が戦働きなくして豊かな地になったことを喜んで捧げた乾酪が悪しきものだと誰が言えるだろうか?北の民が蛮族と闘いながらも我々は大丈夫だと意地を張って送って呉れる糧を蔑ろに出来るだろうか?我は国父足らんと目指す身、我が子であろう民達が用意してくれたものを厭う事がどうしてできよう、幸いであると示してくれた我が子たる民達の用意してくれたものをどうして無碍にすることができよう!我がふくよかなる体は民達の幸なるを体現しているに過ぎない。我が身は民の愛と実りで成り立っているんだ!まぁ、少々最近食べすぎかなと思わないでもないんだがな………」
おなかの大きな王子様はいろいろ他人のせいにしながらも自らを擁護します。王子様としての仕事は大臣達が頼りにするほどしているし、体のほうも並の騎士たちでは手も出せないほどにきたえてあります。初見殺しだと文句を言う新人騎士がいたりしないでもないですがそれはそれと置いておきましょう。騎士の仕事は戦って勝つことです、負けることが許されるものではありません。彼等の後ろには守らなければならない民に女子供がいるのですから。油断をして負けるとは何事かと騎士団長に説得(物理)されていますのはご愛敬です。むしろ王子様で負けを経験しておくのは良いことです、王子様は仁君の素質を持っているのです、せいぜい夕餉のデザートがとられるくらいで済むのですから。
新人騎士達も文句は言えません、相手は王子様ですし、ましては油断をしたのは自分たちです………油断がなくても………王子様が勝っているのは笑い話です。手加減して媚を売ろうとしても普通に強い王子様には意味がありませんでした。ちなみに騎士団長さんは相手にしません、老齢で事務方出身なわけで王子様に勝てるわけもなく王子様が接待試合をしても『年寄りの冷や水』扱いするし、間違って団長が怪我でもした日には騎士団のみならず軍部が………
「団長、なんかわざと怪我して引退とか…………ないよな。」
「そろそろ若い世代に道を譲りたいんですけどねぇ…………腰も痛いし孫やら曾孫やらかわいい盛りだから構い倒したいですし。」
「あー!この爺、わざと負けて腰なんか痛めた振りして引退しようとしているぞ!」
「団長!何引退しようとしているんですか!」
「事務処理ならば王子が!」
「てめぇ!爺ぃ!こっちだって仕事たまって大変なんだ!今抜けられたら過労死するだろうが!」
「大丈夫、賢者様の養い子達がそろそろ仕上がって…………」
「それはそれでちびどもが過労で倒れているだろうが!文官共と言い何サボり癖ついているんだ!」
「抑々お前らがちゃんと事務仕事もやっていれば………」
騎士たちそろって顔をそむける。
「王子、今期の査定は。」
「うむ、判った。」
騎士団長の説得(物理)は給料査定(物理)でした。
文官仕事も王子様の仕事です。色々見て回って縁を繋いだり仕事が出来なくてもどんな仕事なのかを知るのも上に立つ者の務めです。
「おうじさまー!こっちのけんざんおわりましたー!」
「こっちのもできたー!」
「うんうん、じゃあ、書類をまとめて次に回したらおやつにしよう。」
「「「はーい!」」」
最近は文官を務められるものが不足しているため、賢者様が町の孤児っ子を養いながら読み書きそろばん会計業務を仕込んで王宮に送ってくれているので助かります。貴族の面々は教育に金がかかるとか周りがやってくれるからとか言って後継者くらいにしか教育を施していません。次男坊いかに下手に教育して優秀だったりするとお家騒動に………げふんげふん。序に攫って仕込もうと賢者様が企んでいるのですがきついらしくって親に泣きつくのが何割か。王子様にも陳情が来たりするので少し穏便に仕込めないものかと………
「えー!あのくらいでダメなの?」
「けんじゃさま、おしえかたうまいよ。すぐにかけざんわかったし。」
孤児っ子文官達は王子様とおやつを食べながら口々に言うのであります。一度査察に行かないとだめなのかなと思うのですが自由になる時間が………
「どうして貴族が泣きついてくるのかが不思議だ。」
「あー、それー」
「えっと、ぼくたちがかんたんにできるからじぶんもすぐにできるとおもいこんで…………いきなりこうとうかていにいくからー」
「あー、なんか納得した。」
単純に貴族側の自爆でした。基礎は大事です、建物も人も…………
そんな王子と子供たちのおやつ風景を見ながら左前(呑み助)な文官は甘い匂いにげんなりしているのです。甘い物もいいつまみなのに文官さん達はまだまだ修行が足りないようです
「なんというか王子のおなかがあれなのがよく理解できるな。」
「そういえば針子達が泣いていたぞ。『服が破けそうだ』とか」
「空飛ぶ絨毯職人も………『王子様が乗らないと王室御用達が』…………」
「そっちは王子が取り下げないことを確約してくれたが、あれに乗れないと移動が面倒なんだよな。」
文官達も意外と好き勝手言っています。不敬罪とはなんでしょうか?成立させようとしたら文官武官のほとんどが引っ掛かって処分するほうが大変だったなんてバカみたいな話が。
「とりあえず仕事中は禁酒で。」
「それいいねー!」
「ぶんかんさんたちのおなかもおうじさまのこといえないしー!」
「「「うるさいわっ!」」」
空飛ぶ絨毯職人が泣きそうな光景です。癒し手の婆様が国内のデブに対して大鉈を振るいそうな勢いで駆け回っているのが目に浮かぶようです。
「王子様、癒し手の婆様が神殿の大神官に対して………『その腹ひっこめろー!』とやってしまいました。」 王子様頭を抱えてます。って、言うか王様何しているんですか?
「だいしんかんさまもわらっていたけどばばさまおなかぼむぼむなぐりつけていたよー」
「そーいえばーばばさまとだいしんかんさまむかしこいなかだったとかー」
「いいなーとおもってたのがでぶでぶのはげちゃびんっておこりたくなるよねー」
「むしろ孤児っ子達よ、そんな情報を知っているほうが怖いんだが。」
「けんじゃさまがおしえてくれたー、むかしだいしんかんさまもてもてすぎてばばさまがいろいろあぶないめにあいそうになっていたからしんこーにいきるってひとりみなんだってー」
「そのわりにはきれーなおねーちゃんのいるみせよくみかけるけど。」
「きれーなおねーちゃんのいるみせでかみがみのあいといているんだけどせいこうりつひくいよねー。」
「どっちかというとこどもつれかえって………って、ぼくだった!」
「大神官は生臭坊主だからなぁ………美味しい店はよく知っているから街に出るときはよく世話になっているが、から揚げにレモンかけるのが許せないが。から揚げには柚子胡椒だろうが。」
「おーじさま、それちがうよ。からあげはなにもつけないのがじゃすてぃすなんだよ!」
「まよねーずだろ!」
何故かから揚げ論争になっているのは笑い話。うるさいと宰相さんと婆様に叱られるのはお約束。ちなみに宰相さんは下味をしっかりしたから揚げを好むので何もつけない派、婆様は甘酢餡とタルタルソースなのです。
「婆様それってチキン南蛮!」
「うるさいガキだね。」
そんな騒ぎがさらに盛り上がっているのを見ながら護衛の騎士さんと部下の兵隊さんは
「王子の腹やっぱ食生活ですかねぇ?」
「それよりもあの腹で我等以上に強いのが反則だ。」
見なかったふりをして雑談しているのである。その日の夕餉は孤児っ子達を誘ってのから揚げ各種となったのは微笑ましいことである。餌付けして囲い込んでいるという面もあるがそれはそれ。人手が足りなくなると賢者様も連行されるのでいけにえを………げふんげふん。
将来の王様になることを約束された王子様ですから婚約者の一人くらいは居てもおかしくありません。恋愛といううよりは共同経営者、王子さまはそれでもお姫様のことは好ましく思っています。お姫さまのほうも受け入れてはいますけどせめてそのお腹は………
たぷたぷ………
「なんか触り心地がおもしろいですわね。」
見た目をとるか、触り心地をとるか悩んでいます。
「はははっ、我が腹は民の頑張りと国力の象徴である。」
「…………せめて式までにはある程度痩せてくださいまし。素材はよいのですから!素材だけは!」
結構口の悪いお姫様です。お付きの侍女さんやら騎士さんやらは思わずうなずいています。不敬罪という言葉を知らないのでしょうか?味方のいない状況に王子さまは心で泣いてうなずいた面々の勤務評価を下げることをちかうのでした。王子様が下げたところで騎士団長さんやら宰相さんやら侍女長さんが元に戻すので意味ないのですが。
不敬罪では咎めだて出来ないから勤務評価で落とそうというのも大概な王子様ですが落としたところで同期より出世が一年ほど遅れるとか地方に栄転とか軽いものであります。
「王子、地方に栄転ってどこに送るのですか?」
「北の辺境伯領に一部隊長として………」
「それは左遷もしくは前線送りというものですぞ。辺境伯の方でも畑違いの面々が来たら運用しづらいじゃないですか!」
「えっ、部隊運用も実務能力も優秀な者がここに努めているはずでは?それにうまくいけば二階級特進……」
「どっちかというと密室内での護衛能力とその部隊運営ですから!野戦や防衛戦向けの能力と違いますから!それに王子!二階級特進っていうのは戦死者への扱いですぞ!」
騎士団長(糖尿もち)に怒られてしまった。仕方ないから賢者様が教えを垂れている孤児院に出向させて子供たちに読み書き教えたりしようとしたのだが………
『体の動かし方を教えるのは大丈夫なのだが学がないぞこいつら!(意訳)』
と賢者様からの丁寧な手紙とともに送り返されるのでありました。
「ところで両脇に抱えている孤児っ子は何かね?我が騎士たちよ。」
「えっと、我等にも従士が必要でありましょう。後方を支える人材がいないとダメでありましょう。軍学と補給に強い人材が下々の事にも通じていて優秀なこの子らは我らに必要なのであります。」
王子さまは頭を抱えました、外部に頭脳を求める騎士とのこのこついてくる孤児っ子たちに一応機密事項とか色々あるのにその辺の配慮もできないのはどうしたものかとやっぱり東の荒れ地か北の最前線に送らないとダメだろうかと騎士団長に相談しに行くのであります。
「だめだこの軍部…………」
王子さまは良い人材が来たとばかりに補給部隊の隊長と作戦部隊の隊長さんが二人して小躍りしているのを見ながらうなだれるのでありますが大きなおなかが邪魔をしてうなだれることができません。そのうちに会計担当の隊長さんと騎士団の副団長さん(苦労人)が加わっておっさんたちの醜い踊りが始まるのでした。実践的な所では優秀な即戦力は喜ばれるのです。まさか騎士団が脳筋だったとは………せめて会計学とか統計学とか軍略とか………文官不足も問題だけどどうしたものでありましょうか……文官の方は書類の写しとか検算と掃除なので育てているのかなと思えなくもないのだが………軍部お前らは少し勉強しやがれ!と軍学校の指導内容に口を挟む仕事が増えて王子さまはさらにストレスで太ってしまうのでした。
その様子を見ていたお姫様は腹肉の感触を楽しみながら
「どうして太ってしまうの!」
とお怒りになられるのであります。理不尽だなと思うと年かさな侍女さんは
「お姫様だって女の子ですから自分のお相手に白馬に乗った王子様を夢見たって仕方ないのでは?」
と忠告するのですが
「わが愛馬は黒鹿毛だからな………白馬は少々弱いからなぁ…………」
「いや、そういう意味じゃないのですが…………」
男と女の間には深くて広い溝があるのであった。
そんなこんなで月日は流れてある日、王都の近くの町で竜巻があって多くの家が壊れてたくさんの人が傷ついていたのです。地震とか津波だといろいろ言ってくる人がいそうですし、それ以前にここを除きに来る人なんて………
王子様も生臭な神官様も飛び出して現地に向かわねばなりません。こういう時は国も神殿も民を見捨てないことを見せつけなければならないのです。王子様は100の馬車に積み込めるだけの食べ物を用意しています。騎士団長さんは1000の兵隊を急がせて埋まった人たちを掘り起こしに行くのです。神殿の生臭な大神官さんも留守番を残して出せるだけの人と物資を用意するのです。彼らはどちらかというと食糧よりも布やら薬を持ち込んでいます。伝達役や護衛として派遣される騎士団の面々も子どもの好きな菓子や幼子のために必要なおしめや粉ミルクを用意しています。これを持ち物検査で見とがめられたとき
「これは自分たちで使用します!」
と言い切りました。検査薬の憲兵も何のためになのか分かっているので、うむと一言つぶやいて見逃しています。ただ後日談がありましてこの話を聞いた酔っ払いが「あかちゃんぷれー?」とボケたから騎士団の中で赤ちゃんプレーが流行っていると勘違いされるのです。あれはあれで楽しかったと作者も申しておりましたが。
国の持てる力を費やして街の民の救助を行う王子様達ですが被害は大きく助けるべきものは多く力は小さいのでした。だけど誰一人愚痴ってはいてもぼやいてはいても手を止めることがありませんでした。癒し手さんたちの魔力も尽き、こぼれていく命を見ていくしかないのかと思われたとき。
「はははははっ!魔力がないなら生命力を使えばよいではないか!」
王子様は一人立ち上がり、たぷんと腹を揺らしながら癒し手たちへ自らの命を魔力にして分け与えるのでした。命が吸い取られる王子様、みるみる痩せていきます。蓄えた脂肪は命の源!なのです。
「はははははっ!、命を費やすのはこの老骨が先に行わねばならぬものでしょう。なぜに国を、世界を背負うべき王子に手間をかけさせるなどとは!」
「大神官、微妙に仕事押し付けようとしていないか?」
生臭な大神官様がは神を湛えるかのごとく奇怪な立ち姿で命を燃やしていきます。続けとばかりに神殿のえらいさんたち(太っているのが多いです)がこれまた奇怪なポージングを決めています。
「王子が体張っているのに我らが続かぬとは!」
と騎士団長さん(糖尿もち)も続きます。騎士団長さんも大神官さんたちも皆みるみる萎んでいきます。萎んだ分だけ魔力になって癒し手さんたちは傷ついた人たちをこれでもかと癒していきます。そして余った分は疲れ果てた人たちに分け与えとりあえず危なかった人はすべて癒されるのでした。
助けられた町の人は助かったことに感謝しつつも少々絵面がと思ったのは内緒です。
痩せてしまった王子様はそのまま騎士団の陣地に戻って必要なものを用意するべく地味な仕事に走るのです。
助からなかった人はいます、助かった人たちはみな協力して街を立て直していくのです。まずは癒し手さんたちが抜けました、そして兵隊さんたちも抜けていきました、騎士団の騎士たちも少しづつ抜けて、神殿の大神官さんたちも帰りました。そして王子様も後を託せるものが来たら街の人たちの別れを惜しむ声を受けながら帰るのです。
王都につくと、王子様は自らの命を燃やし尽くして民を救ったと宣伝され、多くの民の歓迎の中でお城に戻るのです。
お姫様は王子様のことを心配していました。もし命を燃やし尽くして寝たきりであってもそばにいて支えなくてはと覚悟を決めていました。
王子様の姿を見た瞬間お姫様は誰?と思いました。
そこにいたのは無駄な脂身をそぎ落とした細身の剣を思わせる美丈夫でした。
「長らく心配をかけた。」
という王子様に
「こんな好い男を肉の中に隠さないでよ。」
と毒気づくのです。王子様は笑ってそれを受け入れました。宰相さんも王様も口は悪いが心底王子様のことを心配していたお姫様の意見ももっともだと苦笑いでした。王妃様や侍女長やら女性陣はお姫様の言うことはもっともでもう少し普段から云々となったのは笑い話です。
この命を燃やすやり方は太った貴族とか商人さんに流行ったのはどうしたことでしょう。みるみる痩せて命を使い果たしたという見せ場になるしそれを元にして誰かを助けることができるのはよいことなのでしょうが………良いことにいたしましょう。
そして月日が流れました。おなかの大きかった王子様の傍らにはおなかの大きなお姫様がいるのです。王子様もお姫様も幸せに暮らしましたとさ。