その始まり
目の前には本来、初級冒険者が通るような道には現れるはずのないモンスターのエリアボスのトロールが片手に棍棒を、もう片手には人が一人入ることの出来る程のサイズの宝箱を担ぎ立ち塞がっていた。
今通ってきた街道はおおよそ人が5人程度が通れる程の小さな街道で両脇には木々が乱立し、一度踏み入れるとナビゲートの加護持ちでないと二度と出てこれないことで有名である。
さらに背後にはホワイトウルフの群れが待ち受けている。前後にはモンスター、左右には迷いの森、まさに八方塞がりとはこの事であろう。
このような場所での戦闘において一番致死率が高いのは、モンスターから奇襲を受け、パーティーメンバーが錯乱している状況であるが、かろうじて奇襲は危機察知の加護によって回避できたが依然として敗戦濃厚なのは変わりない。
真っ向に戦ったとしてもこちらの戦力は魔導師が2人、そして自分も含め戦士が3人の構成でその誰もが駆け出しの冒険者である。
そんな事を考えていると、まるで見かねたようにトロールが宝箱を引き摺りながらこちらに向かって突っ込んでくる。
振り上げられた棍棒はそのまま重力に逆らわず振り落とされる。地面に振り落とされた棍棒は凄まじい音とともに衝撃波を放つ。衝撃波が去り、漸く頭をあげると自分以外のパーティーメンバーは全員衝撃波に飛ばされ、木々にぶつかり気を失っているのか立ち上がろうとしない。
手に入れたばかりのアイアンソードになんとか握り、立ち上がろうとするが上手く力がこもらない。その一方でトロールはジリジリと、しかし着実に距離を詰めてくる。
立つ事もままならない状況でなんとか状況打破しようとするが足掻けば足掻くほど力は抜けていく。しかしなんとか中腰まで体制を直したところで光り輝く剣を正対するように構え直したその瞬間目の前まで詰め寄っていたトロールは片手に宝箱を抱えたまま次は決めると言わんばかりの顔で棍棒を振り落とすべく大きなテイクバックを取り始めた。
もはやこのまま死ぬしかないならば何か報いなければ…
そんな思いが脳裏に浮かんだ瞬間には体は先行して動いていた。思考より先に動く体を制御するすべは持ち合わせず。認知した瞬間にはそれまで持っていたはずの剣をトロール目掛け投げていた。
しかし、その剣はトロールには当たらず宝箱に向かい飛んでいくと、宝箱の鍵穴に剣がちょうど刺さる。
「カシャン」
まるで鍵が開いたような音がした宝箱はトロールの抱えている状態で半開きに開いた。
トロールは慌てたように宝箱の中を覗き込むと、みるみる表情が強張って行き、更にはまるで慌てたように宝箱を地面に置くと、何かに怯えるように一目散に森へと逃げていった。
「生き残ったの…か?l
未だに生きている実感はないが、しかししっかりと心臓の鼓動を感じる。
「ははっ、生き残った、生き残ったんだ!」
自嘲気味に叫び生き残った喜びを噛みしめる。
一息ついたところでふとした疑問に襲われる。
『あの宝箱には一体何が入っていて、果たしてトロールが恐れ、逃げ出す程のものなのだろうか』
人の好奇心は一度芽生えてしまうと解明するまでは気になってしまうものだ。この状況でも例に違わずどうしても気になってしまった。
恐る恐る宝箱を覗いてみるとそこには群青のコートをまとった女剣士が眠りについていた。