達人達
とあるビルに、一人の男性が入っていった。そしてある扉をノックすると、
「あなたは誰」
と聞こえてきた。それに対し、男性は
「先に名乗るのが礼儀ではないでしょうか」
と答えた。するとドアが開いた。これは合言葉だったのだ。
部屋の中央に置かれたテーブルの周りに5人の男女が座っていた。
「よし、全員揃ったな、では最終確認だ」
ボスと思われる人物が告げると、男がある建物の上面図を取り出した。
「今回のターゲットは赤崎町の宝石店だ。まず、石川が、店内手前のショーケースを割って、宝石を盗んでくれ。警報が鳴って、店員が駆けつけてくると思うが、自慢の脚力を生かして警備網をかいくぐってくれ」
「へへっ任せてくださいよ」
小柄な石川が、軽い口調で言った。
「よし、そして店の外の角を曲がったところで、警察に変装した荒井が、石川を捕まえる。一般人から見れば、泥棒が見事警察に捕まえられた構図ができると言う訳だ。そして、みんなの視線がその様子に見とられてるうちに俺が奥にあるいちばん高いダイヤを盗むという訳だ」
「奥にあるダイヤはどうやって盗むんですか?」
「いい質問だ、荒井。そこでピッキングの達人の谷口だ。彼に開けられない鍵はない。しかもとても早く開けられる」
「監視カメラはどうするんですか?」
「フフ…実はあの店は監視カメラが一台しかないんだ。しかもダイヤのあるショーケースは監視カメラの真下あたりだ。少し身体の位置を変えれば、監視カメラに怪しい人影がうつることはないだろう。監視カメラが一台しかないかわりに、警備員は多いが、全員石川の方へ行くだろう」
「さすがです」
「よし、他に質問は……ないな、では、明日の10時にここに集合だ。気合い入れるぞ」
ボスの声と共に、メンバーは解散した。
夜の10時半、街灯と店の明かりだけが街を照らす中、計画は実行された。結果として、計画は成功だった。
石川が警備員の間をするりするりとかわしながら、店を出たところで、警察役の荒井が石川をつかまえる。
皆が口を開けて見ている間に、谷口はピッキングを終わり、ボスがダイヤを盗む。
思い描いた通りに終わった。指紋や靴跡なども残していない。一杯くわされたと嘆く店員の顔が目に浮かぶ。
アジトに帰った一味は、勝利の余韻に浸りながら、今回の感想を述べ合っていた。
「さすがの身のこなしだな。石川」
「あれくらい余裕っす」
「それと谷口のピッキング。お前1分掛かると言ってたのに、30秒でいけたじゃないか」
「いやぁ、緊張してまして…」
「そういや石川、荒井はどうした」
今このアジトに荒井の姿はなかった。
「ええと、捕まって人気のないところにはいったあと、先に行っといてって言われたので、先に帰ったっす。多分トイレか、制服どっかに隠してるんじゃないですか」
「そうか」
「ボス!大変です!」
一人の部下が、窓の外を見て叫んだ。
「どうした!」
外を見ると、 サイレンの音と共に、白と黒の車が複数台やってきた。パトカーである。
「くそ!どうして場所がばれたんだ!とにかくお前達は応戦準備!俺は荒井に電話する!」
部下達は銃やナイフを取り出し、 ボスは荒井に電話した。
「はい、荒井です」
「おい!荒井か!今アジトに警察達が来たんだ!誰が 通報したか知らんが、とりあえずお前だけでも…」
「私が通報したんですよ」
「なんだと?」
「私が通報したんですよ」
「どういうことだ!」
「そのままの意味です。私が赤崎町の3番地のはずれにあるビルに、宝石強盗の犯人が入るのを見たと通報したのです」
「貴様……裏切る気か!」
「何を言っているんですか。私は変装の達人、裏切るのが仕事です。もちろん、僕は荒井なんて名前ではありません、フフ…これでまた謝礼が手に入る…」
「くそ…お前!俺が釈放された後にメッタメタにしてやるからな!」
「頑張ってください。あなたが釈放される時、私は名前、住所、電話番号、職業すべてが荒井とは違う、全くの別人になっていると思いますので、そこのところは気をつけて…さて…次はいくら貰えるだろうか…」
「おい! おい!」
電話は切れていた。もう一度電話しようとしたが、その時警察が部屋に突撃し、なす術なく、荒井を除く犯罪一味は全員逮捕された。
ボスは一杯くわされたというような顔をしていた。