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私の初恋はツクツクボウシでした

作者: よっしー

書き終わってから自分の精神状態疑いました。

 長い夏も終わり、少し肌寒くなってきた今日此の頃。

 私は彼に出会いました。


 その日は朝から曇り空でした。

 私の通う高校も衣替えの時期に入り、私も薄手のシャツ一枚からブレザーに代わり、中には先生に見つからないようにカーディガンなんかも着ちゃってます。

 彼氏なんていたこともないし、恋もしたことのない私ですけど、やっぱり少しはオシャレに気を遣いたい年頃なんです。


「ももかー! テストだめだめだったよー!」


 クライスメイトで私の友達の友梨ユリが帰りのホームルームが終ると同時に私にそう言って抱きついてきました。

 私は友梨の頭をよしよしと撫でながら帰りの支度を整え、教室から出ます。


「なーんか今日のももか機嫌いいよねー、もしかしてテスト余裕だった?」

「まさか、私もだめだめだったよ」

「ふーん、ならなんでそんな機嫌いいのさー」

「ふふふ、なーいしょ!」


 えー、とふてくされる友梨を尻目に私は一人である場所に急いで向かいました。

 それは学校のグラウンドが見渡せる屋上です。

 私は屋上に着くと、グラウンドにもうすぐ現れるであろうお目当ての人を待ちます。


「あ、きたっ」


 現れたのは私の一つ上の先輩でサッカー部の部長でもある高原先輩です。

 今日がテスト期間最終日ということもあり、サッカー部も今日から部活を再開したのです。


「かっこいいなぁ……」


 勘違いされないように言っておきますが、私は別に高原先輩に恋をしているわけではありません。

 ただ気になるというか、憧れているだけです。

 決して恋ではありません。

 でも、私はここ一ヶ月ほどつい高原先輩を目で追いかけてしまい、気づけば放課後にここでサッカー部を眺めるのが日課になっていたのです。


 そんな風に練習が終わる夕方までずっと高原先輩を眺めていた私は、練習が終るとそそくさと屋上から立ち去り、下駄箱へと急ぎました。

 急いだ理由としては高原先輩とばったり会いたくなかったからです。

 だって恥ずかしいじゃないですか。

 私は遠くで彼を見ていられればそれだけで満足なんです。


 ただそんな私の気持ちはすぐに打ち砕かれます。

 それは靴を履き替え、早足で校門へと向かう途中でした。


「今日もかっこよかったよ!」

「やめろよ恥ずかしい」


 高原先輩とサッカー部のマネージャが仲良く話しながら歩いているのを目撃してしまったのです。

 その光景は明らかに部長とマネージャーではなく、男と女の関係でした。


 なんだろ……この気持ち……


 念を押しますが別に好きだったわけではありません。

 憧れていただけです。

 でも、それでも何故か私の目からは涙が溢れてきました。


 恋する前に失恋とはまさにこのことですね。


 それからの事はよく覚えていません。

 気づけば私は家の近くのブランコに一人座ってしました。


「……本気で恋する前でよかった……」


 そんな風に自分に言い聞かせていた時です。

 季節外れの鳴き声が私の耳に飛び込んできました。


 ツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツツククホーシ!!!


 この鳴き声……


 ツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


 セミ……?


 ツクツクツクツクウィーヨン!!! ツクツクツクツクウィーヨン!!!

 ジィィィィィィィィィィ!!!


 その声の主の方に私は顔を向けました。

 そこにはブランコの傍の気に張り付き、やかましいくらい大声で鳴くツクツクボウシがいたのです。

 

「もう11月だっていうのに……」


 なんだかその鳴き声を聞いていると全てがどうでもよくなりました。

 まるで命を削りだすかのように鳴くツクツクボウシは、その必死さがこちらまですごく伝わってきて、とても切なく感じました。

 もちろん周りに他のツクツクボウシなんていません。


「あはは、なんかおかしい……」


 涙混じりについ笑ってしまう私でしたが、ツクツクボウシは鳴き続けます。


 ジー……ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


 そんな時、雨が降ってきました。

 ポツポツと降り始めた雨は次第に勢いを増し、強くなっていきます。

 私は急いでブランコから立ち上がると、すぐに家に向かって走りました。


 そんな私の背中ではあのツクツクボウシが泣き叫ぶように鳴いていました。

 


 次の日、私はこの事を友梨に話しました。


「こんな時期にセミなんて珍しいねー! もしかしてそのセミももかの事誘ってたんじゃない?」


 何言ってんだこいつ


「だってセミってオスしか鳴かないんでしょ? この時期に他のメスなんていないだろうしきっと女の子みて必死だったんだよ」


 正直友梨の話しは全く訳が分かりませんでしたが、確かに考えてみればセミは一週間しか生きられないと聞きます。

 やはり繁殖のために必死だったんだろうな……そんな事を思いました。


 その日の帰り、相変わらず雨は続いていてサッカー部の練習はありませんでしたが、元々もう見るつもりはありません。

 私は友梨と途中まで一緒に帰り、そのまま真っ直ぐ家路に着きました。


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


 それは昨日の公園を通りががった時でした。

 あのうるさい鳴き声が聞こえてきたのです。


 つい気になって見に行ってみると、そこには昨日のツクツクボウシがいました。


「ずっとここにいたんだ……」


 雨の音に負けじと鳴くその姿に私はつい見とれてしまいました。

 

 頑張れ……頑張れ……


 つい心の中でそう願ってしまいます。

 それほど彼の声は必死だったのです。


 それからです。

 私が放課後にその公園に通うようになったのは。

 

 雨の日も風の日も、寒さの厳しくなるこの季節にただ一人鳴く彼。


 公園に通い始めて五日目、私は彼の最後まで付き合おうと決めました。

 短い命、その命を使って叫ぶ彼の姿に少しづつ心が惹かれていたのです。


「ねぇツクツクボウシさん。どうしていつもここで鳴いているの?」


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


「もう世界中にツクツクボウシはあなただけしかいないかもしれないのにどうしてそんなに必死なの?」


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


「そうだよね……限られた命をどう使おうとあなたの勝手だよね……」


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


「大丈夫だよ、あなたがここで鳴いてたことは私がずっと覚えているから」


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!

 ツクツクツクツクツクウィーヨン!!! ツクツクツクツクツクウィーヨン!!!

 ジィィィィィィィィィィィィ!!!



 六日目の事でした

 私がいつものように公園に行くと、小学生の男の子二人が虫あみを持って彼のいる木の前にいたのです。


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツク──。


「本当いたよ!!! まじうるせぇ!!! ギャハハハ!!!」

「だろ? 早く捕まえちまおうぜ!!!」

 

 身の危険を感じたのか彼は泣き止みました。

 それに合わせるように男の子の一人が彼に虫あみを被せようとします。


「やめなさい!!!」


 私は自然と叫んでいました。 


「な、なんだよ!」


 私の声に驚いたのか、男の子達は目を丸くしてこっちを見てきます。


「彼を放っておいてあげて!」


「何言ってんだこの人?」

「わかんねぇ」


「彼は頑張ってるの! たった一人になってもここで誰かを待ってるの! だからやめてあげて!!!」


 もう自分で何言ってるのか分かりません。

 男の子達は私を不審者でも見るかのように不審な目を向けて去って行きました。


 私は急いで彼の元へ向かいました。

 すると彼は安心したのか、またいつものように鳴き始めました。


 ツクツクツクツクツクホーシ!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!


「ふふ、頑張って。きっと誰かがあなたに気づいてくれるから」



 七日目。

 この日が私と彼の最後の日でした。 


 ツクツクツクツクツクホーシ!!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!!


 その日の彼はいつもよりも大きな声で鳴いていました。


「今日は随分と元気だね。私なんて今日は大変だったんだよー」


 ツクツクツクツクツクホーシ!!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!!


「友梨が宿題忘れたーっていうからさ、仕方なく私の宿題見せてあげようと思ったんだけどさ」


 ツクツクツクツクツクホーシ!!!! ツクツクツクツクツクホーシ!!!!


「間違えて私が最近書き始めた日記渡しちゃったの! そしたら友梨なんて言ったと思う?」


 ツクツクツクツクツクウィーヨン!!!! ツクツクツクツクツクウィーヨン!!!!

 ジィィィィィィィィィィィィ!!!!


「この日記の彼ってだれー? もしかして彼氏ー? とか言ってさ! もう私に彼氏なんていないってのー!」


 …………ツクツクツクツクツクホーシ


「でも気になる人は実は最近出来たんだ」


 ………ツクツクツクツクツク


「誰だと思う? ヒントは今この公園にいたりします」


 …………


「……ツクツクボウシさん?」


 ……ジィィィ……


 気づけば彼の声はとても小さなものになっていました。

 私はすぐに彼のいる木を見上げます。


 そこには弱々しく、今にも途切れてしまいそうに鳴く彼がいました。


 ツクツク……ツクツクツク……ホーシ……ツクツクツ……クツクツク……ホーシ……


「そっか……もうお別れなんだね……」


 私は察しました。

 彼との別れが来たのだと。


 ジィィ──


 ポテッと木から地面へと落ちる彼を私は手の平でキャッチしました。

 私の小さな手の平には六本の足を僅かに動かしながら、それでもなお鳴こうとする彼がいました。


「約束だもんね……最後まで私が見守ってるよ」


 やがて彼は動かなくなりました。

 命の終わり、それはとても呆気無く、そして悲しいものでした。


 私は泣きました。

 彼の分まで精一杯泣きました。


「ヅグヅクボージ!!! ヅグヅクボージ!!!」


 私の涙は彼の体長約3cmの体を濡らします。


「ヅグヅグヴィーヨン!!! ヅグヅグヴィーヨン!!! ジィィィィィィィい!!!」


 こうして私の初恋は終わりました。

 

 これはなんてことのない普通の女の子ならよくある恋の物語です。

 経った七日間だけでしたが、私はこの恋を一生忘れることはないでしょう。


 ツクツクボウシさんへ。

 最後にあなたにもう一度会えるなら、今度こそ伝えたい言葉があります。


 あなたのことが好きでした。

読んで頂きありがとうございます。

そしてごめんなさい。

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