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life life live

作者: 鳴瀬七瀬



 ある日私の元に手紙が届いた。低血圧が過ぎる私は不機嫌になりながら郵便配達員から随分分厚い封筒を受け取る。何かのダイレクトメールだろうと思った。私の住所、氏名が印字されたシールが貼ってある。習慣で裏返す。送り主の企業、もしくは氏名は何処にもなかった。

 私は、そこで初めて違和感を覚えた。

 何だろう?

 察するに中身は紙の束のようだ。慎重に上辺をぴりぴりと破り、中を覗く。



 中身はやっぱり紙の束だった。手を突っ込んで掴み取る。封筒は脇に退けた。真っ先に目に入ったのは、【この文書は事実を記しているが、フィクションと捉えても構わない。君が望むなら】という一文だった。


 本当に、何だ? 悪戯か?

 私は何とはなしに時計を見た。午前9時。今日は日曜日。何の予定もない――まあ、時間つぶしになるか。

 紙束はルーズリーフで、端を紐で留めてある。私は1ページ目をめくった。



『読んでくれてありがとう。いや、もしかしたら途中で嫌気がさしてゴミ箱に突っ込むかもしれないが、とにかくありがとう。今、君は、これは何なのか? と疑問に思っているだろう。ちがうかな? まあいい。嫌になったら読むのをやめてくれて構わない。それは僕も承知の上だから。さて、まだ読みたいなら次のページをめくろうか。これからが本題だよ』


 ……何か癇に障る文章だ。試されているような気がする。が、先を読みたいという気持ちが勝った。


『僕はずっと考えていた。いつからかは定かではない、多分これは僕の人生の命題なのだと思う。それは、生、そして死についてだ。

『端的に書こう。「生きている」状態とは何なのか。君はどう思う? 自律活動、自律運動、思考可能、本能的欲求の有無。いろいろ考えられる。

『しかし、自律活動、運動が出来るのが「生きている」なら植物状態の人は死んでいるのか? 脳死状態の人は死んでいるのか? そもそもどこで「自律」を区切るのか?

『活動をしているのが「生きている」のなら、極論ではあるが万物は分子で出来ている。無機物も、そうだ。分子が「固まって」いる状態、これは活動には入らないのか? 入るのか?

『太陽は核爆発を自ら起こしている。台風、竜巻は自然発生し、動いている。地球のマグマは活動して、プレートもズレ、たまに地震を起こす。

『生きているのか?

『思考の有無については、僕は残念ながら動物や植物が思考しているのか否か、真実はわからない。よってこれは省く。

『本能的欲求の有無。たしかに、太陽や台風などは自然現象(恐らくは――そうだろう。彼らに本能がないと断言は出来ない)である。逆に、人間や動物、植物、微生物に至るまで、本能に従って「生きている」。

『しかし、知っての通り人間は――少ないがある種の動物も、自殺する。

『生きたい、生きるために食い、睡眠し、子孫を残すのが本能だとしたら。自殺は本能に逆らった行為ではなかろうか?

『ここでは彼らの諸事情は省く。僕の考えにはあまり関係ないからだ。

『僕は行き詰まってしまった。わからないんだよ。ぼーくらは、みんな、いーきているー……という唄を歌ったね。あれの意味がわからないんだよ。


『じゃあ、と考え直したのは最近だ。生きている、の逆を確認してみよう。

『「死んでいる」状態。これは簡単だ。殺せばよい。まず、僕はある場所に赴き、そこにいた人間を順番に殺してみた。

『心臓が止まり、活動を停止した「それ」は確かに「死んで」いた。しかし問題はある。前述の、分子だよ。

『死体とはいえ、そこに物体として存在している。これはまだ生きているのか? いないのか?

『完璧にするため、Aの死体はバラバラにして腐葉土に混ぜてみた。これは大変だった。一週間かかったよ。しかし、やがて肥料になってしまうだろう。消え去ったら、それは「死」だ。恐らく。

『次いで、Bの死体に移ろうと思ったが時間が経過し過ぎたため虫が涌いていた。ああ、これはもう「食糧」だ。こうして虫に任せておけば良かろう。これも『死』だ。恐らく。


『しかしまだ僕は納得していない。ゆっくりと『死んでいく』様を観察したい。そのためのサンプルが足りないのだ。

『君はよく頑張ってくれたね。まさか、ここまで読んでくれるとは思わなかったよ。いや、そう望んでいたのは確かだし、その方が君にとっても有意義だろう。

『君は少し、危機感が足りないね。

さっき、ドアの鍵はかけたかな?

窓は閉まっているかい?

何故、あんな分かり易い場所に合い鍵を隠すんだ?


『後ろを振り向いてごらん。』




 私は反射的に振り向いた。ベッドの横にある磨り硝子の窓、そこには何の異常もない。誰もいない。

 ――悪質なイタズラだ。

 腹立ち紛れに紙の束をテーブルに叩きつける。その拍子に、何の偶然か、紐が外れて最後のページだけを残してルーズリーフはテーブルの下にバサッと落ちた。

 最後のページには、赤く大きな文字でこう書かれていた。


『君はまだ、生きているのかな?』


 背後で玄関のドアが開く。ゆっくりと、静かに。しかし私の部屋の扉は軋みがひどく、音が――ゆっくりと、ギィ……と鳴った。

 私は何も考えずにそちらを振り向く。

 さっき会ったばかりの郵便配達員が、鞄からハンカチに包まれた何かを取り出すところだった。


 それが黒く鈍く光るピストルだと気付いたのは、不思議なことに「死んでから」だった。








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