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冬に散る  作者: 七鏡
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僕は目を閉じる。来るべき日は着々と前に迫っている。桜が咲く前に、冬が終わる前に僕は死ぬであろう。それはもはや医者も隠せない事実となっていた。

最後に何か望むことはないか、と養父母が言うが、僕は首を振る。何もなかった。僕は全く何も思いつかなかった。

僕はほほ笑んで時間を過ごした。


余命の宣告があってから、二日後。珍しく客人が来た。四十代半ばの、品のいい紳士だった。黒いコートに帽子という出で立ちで、神妙な顔をしている。ここは僕の個室だったので、入る部屋でも間違えたか、と思ったが、そうではないようだ。

彼は帽子をとり、僕を見る。がくがくとひざは震え、彼の目には涙があった。


「私がだれか君には多分わからないだろうし、私もそれを告げるつもりはない。今更君に名乗ることも、懺悔することも許されないだろう。ただ、すまなかった。それだけを言いたかった」


そう言い、頭を下げる。そのまま崩れ落ちて、彼は冷たい床に膝をつき、手をついて、頭を床に押し付けた。土座下する彼を見て、僕は彼がだれかを悟る。

父だ、と。

僕は彼を見る。


「顔を上げてください。あなたにとって僕は忌むべき存在だ。僕自身それは承知しているから、あなたが気に病むことはない」


その言葉に、しかし彼はその行為を止めはしなかった。彼がそれを止めたのは、看護師や医師が個室に来た時であった。彼はそのまま無言で僕の前を去った。


父の来訪は、予想外であった。父にとって僕は忌むべき存在だ。母を殺し、愛する妻、妹を殺した存在だから。だがそれと同時にその結晶でもある。だから、死の間際になってこうして罪悪感が湧いたのだろう。そう思った。

僕は静かに目をぬぐう。哀しくはない。哀しくはないはずなのに、涙が流れる。


「ああ、そうか」


僕は、哀しいんだ。きっと、それは「哀しい」という感情なのだ。

僕は死ぬ前になってそれを知ることができた。いや、知る機会ならばいくらでもあった。きっと、今まで目を閉じていただけで、その機会はあったのだ。

けれど、すべてはもう遅い。


「ははは」


死ぬのは怖くない、なんて言って今になって僕は怖くなってきた。蝕む病を、今ほど憎く思ったことはなかった。

思い浮かべる、彼の顔。愛とか、そんな感情はないはずなのに、あの「彼」の顔が浮かんでは消える。


「最期に、君と会いたかった」





空を見る。遥かなあの空の上、雲の上。僕は・・・・・・。




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