4
ふう、と息を吐く。かじかんだ手を温かい息で温め、こすり合わせて俺は帰路を歩く。少しばかり残業で遅くなったが、まだ息子も起きているだろう。来年度には小学生となる息子は元気いっぱいで、妊娠中の妻を困らせているだろう。仕事が忙しいから、育児休暇なんて貰えないから、せめて休日と夜だけは家族サービスしたいと俺は思っていた。
歩いているとふと女子高生の会話が聞こえてきた。こんな遅くまで、と思わないでもないが。制服のスカートも短いな、などと年寄めいた考えで俺はちらりとそちらを見た。
明日、雪が降るらしいよ。え、本当?やだなー。えー、私は雪好きだよ?
会話を聞いていて、俺はふと高校二年の冬を思い出した。あの時俺は彼女と付き合っていた。儚く、美しい少女は、今なお思い出の中で生きていた。いや、恋人という関係ではなかった。体の関係はあったが、それは彼女にとってはついで、といった様子であった。彼女の心を理解することは、ついぞなかった。
彼女は、俺が知ったのはだいぶのちのことだが、高校三年の冬、桜が咲く前に静かに息を引き取った、という。それを知るのは、彼女の家の者だけ、ということだった。
それを知った時には、俺は今の妻・・・・・・大学の後輩と付き合っていたときだった。ふと立ち寄った故郷で「彼女」の義兄と会ったときであった。
哀しかった。彼女を愛していたから。けれど、同時に納得してしまった。
彼女は死ぬまで、美しかったのだ、と。
一度だけ、彼女の墓前に行った。シンプルな墓に名前だけ刻まれていた。本当は灰にしてどこかに撒いてくれ、ということだったようだが、それはさすがに、と説得させられ、墓を作ることは了承したようだ。
時折、彼女の養父母やその家族が来るくらいであったその墓には、花が添えてあった。養父母たち曰く、自分たちが来るときはいつも、新しい花が添えてある、という。
彼女は雪が好きだった。高校二年の時、雪が降った日があった。二時間ほどで止んで、すぐに溶けてしまったが、あの時の彼女はどこか子供のように目を輝かせていた。
俺に彼女はこう言った。
「雪のようでありたい」
その意味を俺は尋ねなかった。彼女は詩人であったから。
ただ何円過ぎようと、彼女のことは忘れられなかった。死してなおも、彼女は生きていた。妻を愛しているし、息子も愛しているが、きっと俺は死ぬまで彼女を忘れないだろう。
おぼろげに覚えているあの顔。声。唇。そのすべてが俺を包み込む。冷たい夜の冬の寒さも、すべて忘れるほどに。
ああ、彼女に会いたい。けれど、それはかなわない。
彼女は逝ってしまったのだ。遠い、遠い向こうへと。




