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いつだって、彼女は綺麗だった。孤独で、けれどそれを億尾にも出さなかった。いや、孤独を孤独と彼女は感じてすらいなかったかもしれない。僕は、そんな彼女に心ひかれた。
彼女を始めてみたのは、高校一年のころ。同じクラスの中で、だれとも徒党を組まず、興味なく一人でいた少女。髪は首もとで切りそろえ、病的なまでに白い肌の少女。お世辞にも健康的ではなく、病的で触ったら壊れそうなほど、その体は細かった。
男子たちは興味半分で、女子たちは嫉妬やら協調性がない、といった感情やらで彼女を遠巻きに見ていた。彼女は異性にとっては、高嶺の花で、同性からはお高く留まった空気の読めない女、と見られていた。それを意に介さず、彼女はずっと独りだった。
僕は彼女を見ていた。それに彼女は気づかない。僕が心惹かれるのは、なぜだろうか。同世代とは違う、その独特の雰囲気か、それともちょうどその時、失恋をしていたから、一次の気の迷いか。理由はどうあれ、僕にとって彼女は無視しがたい存在となっていた。
彼女はいつも、肉体を置いて心だけで別世界に言っているようだった。哲学や、神学はわからないが、きっと彼女は僕たちと違う次元にいるんだ、そう思った。それは、僕のイメージの押し付けで、彼女を神聖なもののように見ているだけに過ぎなかったわけだが。彼女は人間で、僕たちと何ら変わらない。それは理解していた。
それでも、僕にとって彼女は特別だった。
彼女と話したことは数度だけあった。誰もやりたがらなかった図書委員の仕事。くじ引きで委員となった彼女と僕。男女一人ずつとはいえ、こういう偶然があるだろうか、などと思った。彼女との接点ができたことを、僕は喜んだ。
けれど、僕と彼女の中が進展することはあるはずがなかった。事務的な連絡を淡々と受けて彼女は僕に視線さえ、向けはしなかった。だが、それでよかった。もし、彼女が僕を認め、僕に興味を持ち、万が一にも恋愛などに発展してはいけない。もしそうなったら、幻滅するだろう。矛盾する感情を抱えた僕の心理は、僕自身でさえ理解はできなかった。僕は彼女に手も届かない、高嶺の花であってほしかったのだろう。
届かないからこそ、夢は夢であり、欲する。
そう思い、彼女を遠くから見ていた。僕と彼女の些細な接点。少しの時間でさえ、愛おしかった。
恋に恋する乙女、といってもいいかもしれない。僕は男であったけれど。
幸運なことに、二年次も僕は彼女と同じクラスになった。クラス発表の際、舞海という名前を見つけた時、僕は心の中で小躍りした。
しかし、二年次は彼女との接点は全くなかった。彼女は二年次になると、授業途中で保健室に行く機会が多くなり、委員会にも所属していなかったからだ。
あの病的な肌は、さらに白くなり、体も心なしか痩せてきているように見えた。もとから手折られそうな印象だったが、もはや折る必要もなく、風ひと吹きで倒れそう、といった印象すら受ける。
彼女はそれでもいつもの彼女であり続けた。孤高で、交わらない、無色であり続けた。誰も彼女を染められない、誰も彼女を手に入れることはできない。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、そしてまた春が来て。僕は彼女を見続けた。
三年の梅雨の時期。僕は彼女とおよそ一年と数か月ぶりに会話をした。
「私をいつも見ているね」
彼女の言葉にどきりとした。傘を忘れ、玄関先で晴れるのを待つ僕をしり目に、折り畳み傘を開きながら彼女は言う。どこか、色っぽい、重大の少女が出せない色香を醸し出しながら。伏し目がちに、淡く笑って、彼女は言葉を紡ぐ。
「一年のころから、ずっと」
どきりと心臓が動く。周知で顔は赤くなっていただろう。彼女は、僕の前に立つ。僕を見上げ、怪しく微笑んだ。
「ねえ、私がほしい?」
魔性の言葉。怪しく輝く唇。息が、彼女の吐息が聞こえる。
彼女は傘を差し、二人の顔を隠すように覆った。傘の下で、僕は彼女の唇を奪った。荒々しく。
彼女は静かにそれを受け取った。
雨が上がるころ、僕は乱れた衣服を整え、彼女を見る。彼女もすでに衣服の乱れを直し、いつもの彼女に戻っていた。触れれば壊れそうな体は、冷たく、そしてひどく寂しそうであった。
先ほどまでの余韻に、僕はもう少し浸っていたかった。白い肌は、鮮明に脳裏に浮かぶ。けれど、その前にどうしても聞きたいことがあった。
「聞いても、いいかな」
「ええ」
彼女は答える。優しく微笑んでいた。
「どうして、こんなことを?」
その言葉に彼女はただ、笑った。
そして、この質問に対する答えを彼女は返してはくれなかった。




