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冬に散る  作者: 七鏡
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家族――――と言っても、血の繋がりは非常に薄く、家族というには互いに希薄な関係であるが――――が言うには、僕は「穢れ」なのだそうだ。僕は幼いころから肉親に育てられずに、難題もさかのぼってようやく見つけることができる縁戚の夫婦の養子として育てられてきた。彼らには三人の息子娘がいたが、彼らとあと一人を養う程度には余裕もあったし、ある程度の同情があったのだろう。引き取り手がいなければ、施設に預けられる。さすがにそれは哀れだ、と僕を引き取った。

けれど、僕は「穢れ」ているから、彼らは必要最低限度の世話をするだけであった。もっとも、それだけで十分であるし、感謝もしている。僕ははたから見ても根暗で、お世辞にも万人に好かれる性質ではなかった。友人はいなかったし、人と交わり群れることは苦手だった。子供ながらに諦観していた僕は、いじめやシカトの対象であった。泣いて助けでも求めれば、彼らもまだ面白かったかもしれないが、養父養母にも、教師にも、大人たちにも助けを求めなかった僕に、いつしか彼らも恐れを抱いて、僕には近づかなくなった。

僕は常に独りであった。孤独を友に、僕は日々を過ごした。それを特別悲しいとも不幸とも思わなかった。世界では貧困で生きるにいきれない子供や、戦争で死ぬ人がいる。彼らと比べれば、僕なんてちっぽけな理由で悩んでいるようなもの。死ぬか生きるか、その瀬戸際にあるわけではないのだから。

こんなわけで僕は、周りからも半ば孤立し、生きるために必要な最小限度の関係だけで生きてきた、というわけだ。

僕にとって、人生とはさほど意味を持たない、灰色で無価値なものであった。惰性で日々を無為に過ごす。死ぬ勇気もなく、僕は今も無駄に二酸化炭素を吐き出して、者を消費し、吐き出していく。

忌々しく、燦々と照る太陽。先日までの蒸し暑さは台風と共に去り、今では秋の冷たさに女子高生達は短いスカートをはいて「寒い寒い」と笑う。うっすらとメイクをしている顔には、まるで悩みなんてなさそうであった。

僕は息を吐く。まだ、白くはならない。冬の到来はまだ、先のようだ。

季節はもうすぐ十月。僕は通学カバンを片手にゆっくりと校門に向かって歩いていく。



高校二年の秋ともなれば、もう翌年の受験に向けて動き出さねばならない時期だろう。けれども僕を含め、クラスの半分近くは未だにそれに向けた動きをしているようには見受けられない。一応、県下一位二位の高校であるから、ここにいる連中は入学時はそれなりに成績の良かった連中、ということだ。だが、実態はさほど頭が言い、というわけではない。

県立高校だから、教師たちは口うるさいし、校則もまあまあ厳しいが、それでも生徒たちの青春という時間までは奪えないようだ。

きっと来年もそう変わらないんだろうな、と窓から外を見る。窓を見ることができるのは窓際の特権だ。その代わりに、冬場は冷たい風が入ってくる。夏場は涼しい風が入ってくるが。

なんて取り留めもなく僕は考える。将来。未来。夢。希望。そんなものは抱いたことはない。

サンタクロースはいなかったし、誕生日に祝われたことはないし、プレゼントなんて無縁のもの。恋人も、温もりも、愛も、僕には無縁。きっと。将来僕は結婚しないし、子をもうけることもない。日本の皆さん、少子化に貢献できずにすみません。でも、僕はこういう人間だから。

僕の世界に光はない。

ゴホゴホ、と咳をする。耳障りな、病人のような咳声だが、クラスの喧騒の中、僕以外は気づかずに流れて消えた。

どうせ、僕には時間がないのだから。


クラスの朝のホームルームが終わり、一限の授業が終わる前に進路調査書を出せ、と担任が言う。どうせ一限は担任殿がそのまま授業するから、とこの曜日はHR後も居座るのだ。大半の生徒はそれを出し、数人が忘れた、という。担任は「明日まで」と若干強めに言った。

僕もそれを出した。フッと担任が目を通し、「あのなあ」という。


「白紙で出すバカがおるか、舞海」


そう僕の名字を呟き、仕方ねえなと紙を僕に返す。「明日までだ」と言い、僕は仕方なくそのまま席に戻る。

進学・就職のいずれかに丸を、と書いているところも、第一志望云々も書かず、ただ出席番号と名前だけ書かれた進路調査書。

どうしろっていうんだ。

なんて、僕は心の奥でつぶやいた。答えはなかった。




何事もなく授業を終え、部活にも入らない僕はまっすぐ家に帰る。家とはいうが、そこは僕にとって「帰るべき場所」ではない。飽くまで僕が法的に成人するまでの間の仮初の家。

玄関を開けると、ちょうど帰っていたのだろう義理の兄がいた。気まずそうに僕を見て、靴を脱ぎ賭けだった彼は、ぼさぼさの頭を掻いた。


「お前も帰りか、気づかんかった」


「・・・・・・」


沈黙してぺこりと頭を下げる。靴を脱ぎ、揃えて僕は家に入る。裕也さんは僕を見ていたが、何も言わなかった。僕はあてがわれた部屋に入る。部屋には布団と勉強机、それと本がいっぱいに詰まった本棚。

趣味らしい趣味はないから、部屋は非常に味気ない。が、僕という人間を如実に表わしているように思える。カラッポで、空虚で、無意味無価値。

心の中でつぶやいて、おかしくて笑った。嗤って、僕は目を閉じる。

心臓が痛い。これは、気のせいかな。いいや、気のせいではない。僕を蝕む病は、刻一刻と悪化する。

それを知っている人は、一人もいない。裕也さんも、養父母も義姉も、義弟も。

・・・・・・いや、私を生んだ彼らなら、知っているかもしれないな。



「穢れ」とは、読んで字のごとく「汚れている」ということだ。私の出自、血は穢れている。なぜか。

それは私が、生まれてきてはいけない子供だからだ。私自身の存在が、日本という社会、いや世界的にも認めがたい存在であるのだから。

私の父と母は、同じ家に生まれた。彼らは同じ父母から生まれた実の兄妹であったのだ。

もともと彼らの生れた一族は、近親婚を繰り返し、「血」を守ってきた。閉鎖的で、排他的な一族の中で、歪んだ二人は、あろうことか兄妹同士で愛し、肉体関係を持った。

父も母も、それをひた隠しにし、社会的な地位を得た後も、配偶者を持たずに肉体関係を持ち続けた。

やがて一族の力あるものが病で死んだりすると、彼らはもはや隠さなかった。

タガが外れた彼らの間に、僕が生まれるのにさほどの時間は要さなかった。

私は生まれると同時に、母の命を奪った。私を生んだことで、元来体の弱かった母は死んだのだ。父はそれに絶望し、私の養育を拒否し、どこかに消えた。行方をくらませた父に代わり、僕を育てようとした一族の者はいなかった。近親相姦で生まれ、母の命と引き換えに生まれた忌むべき娘。神を信じていなくとも、彼らは不吉だといって僕を遠ざけようとした。

そして、一族から難題も前に離れ、他人同然となっていた源城家に僕を預けた。

さて、問題はここからだ。近親相姦で生まれた僕には、どうやらいろいろと欠陥が受け継がれていたようで、体は欠陥だらけであった。免疫不全だったり、肺が生まれつき弱かったり、と問題は山のよう。

幼いころから病気に煩わされ、僕は自分の体が人ほどに丈夫ではなく、長生きもできないことを悟っていた。

私の欠陥だらけの身体を見て、医師は言ったという。


『二十歳まで生きれる確率は五割、でしょう』


ある時源城夫妻が話していたのを盗み聞いたものだ。これには源城夫妻も「かわいそうに、かわいそうに」と忍び泣き、同情した。

僕は、ああ、そうか、と納得した。


そして半年前、僕の体はボロボロになった。

僕の身体には痛みが走るようになった。気を失ったり、貧血になったりは週に何度もある。

けれど誤魔化し、何でもないようにふるまった。そうすれば、だれもそれ以上気にしないから。

僕が死んでも、だれも悲しみはしないし、世界は回る。人の死は日常茶飯。それにいちいち悲しんでいたら、世界は悲しみに満ちている。けれど、人は笑い、喜び、怒る。そこに人知れず死んだ者への感情があるはずはないし、そんなもののために悲しむ必要すらない。

アリが死んだのを誰が悲しむか。その程度しか、僕の命には価値がない。

だから、僕はこのまま天命に任せ、そして死んでいくのだ。そこに、絶望もなければ光もない。あるのは虚無だけ。

なんて、詩人を気取ってみる。それが、精いっぱいの強がりであった。




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