序章
シリアスに主人公最強・ハーレムものを書きたいと思い、書きました。残酷な描写や軽い性描写があります。また、ハーレムものとはいえ、ライトな雰囲気にはならず、寝取り描写もありえます。苦手な方はご注意を。
主文
一、被告人を流刑に処する。
二、押収した絡繰時計を被害者アーロン=マクベスの相続人、マーガレッタ=マクベスに還付する。
理由
(一)本件は、我が国の施政を担う貴き身分の人間を、平民が卑劣な方法で害したという、我が国史上稀にみる重大事件である。
①被告人は、王国貴族マクベス卿を殺害した。我が国の施政、特にクラーク地区の管理を担い、善政を敷いていた彼が、平民の凶刃に倒れた。国王陛下は痛恨の意を表された。彼と遺族、彼を慕う国民の無念さと憤りも想像し難いほどのものであろう。また殺害の際に卿と供にいたマーガレッタ氏の刀傷が命に関わらなかったことは偶然の結果で、生命への危険性は極めて大きかった。
②本件においては、被告人に憫諒すべき動機が存しない。殺害の動機はマクベス卿の所持品である絡繰時計を奪うためで、被告人が主張していた所有権は虚偽であり、これを認めない。
③犯行の手段、態様は、刃渡り72センチの刀剣を凶器として用い、しかも被害者の背後から袈裟切りにし、倒れこんだところで首を切断するという、残虐卑劣、かつ確実な殺害方法を用いた。
④反省悔悟の情なく、その改善は至難である。犯行の原因を自己の責任ではなく、被害者に責任があり、本件を復讐殺人であると主張した。殺害を当然であり、なんら恥じる行為でないとまで述べ、他罰的、自己中心的な性格をあらわにしている。王国騎士であった亡き父に、幼い頃に教わった剣術を犯行に用い、騎士の栄誉までをも汚した。
(二)他面、被告人は少年であり、その生育歴に同情すべき事情もあり、量刑にあたって考慮の対象とすべき点も存する。
①被告人は、人格形成上もっとも重要な幼少時に父を亡くし、次いで母も亡くし、両親不在の環境の悪影響を受けたと思われる。
②本件は成人の儀を受ける前に行われた犯行である。
(三)しかし、さらに翻って考えてみる。
①生育歴に同情すべき点はあるが、同じ条件下に育ちながら、普通の生活を送っている国民は多い。なによりも犯行は、職なく食うに困ってやむなく犯した犯行ではない。したがって、幼少時の環境不良のみを過大視すべきではない。
(四)以上の諸事情を総合して量刑について考察する。
被告人の素質および生育歴に同情すべき点があり、少年の場合はとくに配慮が必要と考えるが、貴族に対する強盗殺人という、非人間的な所業であり、何ら改悛の情の認められない被告人にとって、有利な一切の事情を参酌しても、重刑を選択せざるをえない。
したがって、当裁判所は、少年法最高刑、流刑を言い渡すものである。
よって、主文のとおり判決する。
***
――流れ島、そう呼ばれる孤島がある。資源には乏しいが、美しい自然に満ち、近隣の海域では脂ののった魚介も獲れる。取り立てて変わったところのない島。しかしその島は、"王国"の人々にとって、忌避、あるいは憎悪の対象であった。その理由は"人"にある。殺人、強盗、放火、強姦、誘拐、人身売買、不敬罪――そう、この島は重大犯罪を犯した人間の流刑地であったのだった。あらゆる法が適用されず、一般人の出入りは厳しく制限されている。この地に流された罪人は一生外に出ることができず、その枷は子孫にまで及ぶ。数百年に渡って維持されたこの流刑により、最早国家としての規模を持ちつつあった孤島。流れ島に立つ無法国家、人々はそれを密かに"魔界"と呼んだ。
その島にまさに今、一隻の船が着岸した。中規模の大きさでありながら、帆も張られず、蒸気機関も用いられていないことから、魔導機関を積んでいることが窺える。船の先端には龍の像が設置され、"王国"の所有船であることを示している。その船から、一人の男が降り立った。平均を大きく上回った上背を、装甲板のような分厚い筋肉が覆う。若干の幼さの残る顔立ちにも関わらず、その瞳は荒み、獣の類のようであった。男の他に8名の人間が降り立つと、船はそそくさと離岸していった。呪われた地、あるいは病原菌のように島が扱われていることを如実に示していた。
さて、男の他に降り立った8名は、男の外見と比較すると、取り立てて異質さは感じられない。性別や年齢すら統一されていない彼らは、籤か何かで無作為に選ばれた者なのであろうか?――いや、違う。彼らには大きな共通点があった。その荒みきった瞳以外にも。彼らは罪人であった。それぞれの国において重大な犯罪を犯し、更生不可能の烙印を押され、流刑を課された者たちであった。彼らの様子は、一様に絶望を見せていた。――先頭の男、以外は。
(罪人の集う島、無法者の国、魔界――面白れぇ、俺のためにあるような場所じゃねえか……)
男は自身の力を強く信じていた。鍛え抜かれた肉体に、磨かれた技術。身に宿った魔力を操り行使すれば、かなう者などいない。これまでの経験から、彼は確信を持っていた。それ故に彼はこの島に流れ着いた。抜きんでたその力は、群衆に紛れ、和をもって過ごすには強すぎたのだ。流刑を課された直接の原因は強盗殺人であったが、そのことは彼の頭にはなかった。余りに秀でた力の持ち主が、本来いるべき場所へとたどり着いた、ただそれだけのことだと理解していた。――知性を持つ人間とて、生物であり、動物なのだ。そうであるなら生存競争は平等に課され、弱肉強食の掟に縛られるべきだと思っていた。欺瞞と虚飾に塗れ、弱者を不必要に保護して強者を孤立させる、社会とはそんな檻のようなものだとしか思えなかった彼にとって、魔界はまさに理想の地と言って相違なかった。
(俺は俺の力で、この地を俺の楽園に変えてみせる。俺を受け入れなかった国にも、いずれは制裁を加えてやる)
高揚する精神を気持ちよさげに受け入れながら、男は振り返った。彼とともに流刑に処された8人の男女。その中に、男に並ぶような力を持つ者はいなかった。誰も彼もが、弱者に過ぎなかった。同時期にこの魔界へとやってきたという事実は、ある種の連帯感を彼にも感じさせたが、それが尚更に彼を失望させた。一人くらい、自身のような強者があってもいいものを……。そんな思いが、彼の高揚を鎮火した。胸を燃やす高揚が治まると、凍てつく思考が脳裏を刺す。すると、この状況はある意味好都合なのではないか、そういった思いが湧きあがってくる。
(手始めに、こいつらを屈服させて手駒を作ってもいいんじゃねえか?)
いかに力を持とうと、彼はこの島では新参者に過ぎない。数百年に渡って人が生きる以上、何らかの組織は存在するはずだ。1対1なら誰にも負けぬ自信があったが、多数を相手に孤立無援の状態でも無敵、そう考えるほど愉快な脳味噌を持った覚えはなかった。野に生きる魔獣も、群れを形成するという。最も強い者が群れのリーダーとなる、そのあきれるほどのシンプルさに習い、彼は彼の力によって群れを形成すべきと考えた。目前の8名は、誰も彼もが吹けば飛ぶような蚊に過ぎないが、蚊は蚊なりに、役立つことがあるのだ。あるいはこの中に、蚊に見せかけた蛇がいる可能性すらある。……時間が経てば、絶望の最中にある彼らも、自身の思考を働かせて生きようとするだろう。そうなる前に、彼は力を示し、彼がリーダーであることを刷り込まなければならなかった。
「おい――」
そう、声をかけようとしたその時だった。8人の目がそれぞれ驚きのような色に染まった。その視線は男の背後に向かっている。怪訝に思った男が振り返ると、武装した10人ほどの男たちがこちらに向かって歩いていた。魔界の住人達。目的は自分たち"新参者"の確保か。一定の組織は当然存在するであろうと思っていた彼も、こうまで早い対応には驚きを隠せなかった。流刑者が島に流される日は一定ではない。ある程度の人数が集まったところで船が出る。その不規則さは王国民なら誰もが知る。年中岸を監視しているか、あるいは流刑を管理する貴族たちに"つて"があるか――いずれにしろ、思っていたより大きな組織らしい。武装した男たちが距離を置いて立ち止った。その視線のほとんどが彼に注がれている。どうやら強者と弱者を一眼して見分ける程度の目は持っているようだった。男たちの中の一人が一歩、前に進み出た。一番の手慣れ、彼がそう見た男は流刑者9名を見渡した後、獰猛な笑みを浮かべ、こう言った。
「魔界へようこそ」
これだ。これだ、これだ!男は歓喜にも似た感情に満たされていた。自分を強者と信じるその目。他者を喰らおうとする獣の吐息。これこそが、彼の求めた、彼が思い描いた魔界の住人であった。あるいは背後の子羊達は恐怖にかられ、震えているかもしれない。しかし彼はもう背後を気にすることはなかった。彼の目は、全感情は目前の獣たち、獲物たちに注がれている。
「さて、魔界に初めてたどり着いた奴は全員、俺たちに着いて来てもらうことになっている。異論は聞かない。さぁ、行くぞ――と言いたいところだが」
そこで男は言葉を切ると、視線を彼へと向けた。
「子羊ちゃんの中に、狼が一匹混ざってやがるな。人の言葉に従うつもりはねぇ、と目がはっきり言ってるぜ」
「……おう、だったらどうする?」
答える彼は既に、我慢の限界だった。牢屋にぶち込まれ、ここに辿りつくまでの1ヶ月間。その間封じ込まれた獣は飢えの極みにあり、まさに今、獲物に食らいつかんと暴れていた。
「魔界の法はただ一つ。――力が全て。お前の意を通したかったら、俺たちを力でねじ伏せてみな」
「面白え!!!!」
地面を大きく蹴り、駆け出した彼の前に、3人が立ちふさがる。リーダーと思われる男は高みの見物を決め込むつもりか。腕を組んでこちらを黙って見ている。――たちの悪い種類の微笑を浮かべたそのツラ、必ず歪めてやる。
「おらぁ!」
抜刀して切りかかってきた三人のうち、一人の腕を拳で打ち、同時に右回し蹴りを一人の胴に叩きこむ。吹き飛ぶ男と、衝撃に剣を手放し驚愕する男。動作を終え、右足が地に着いたところで、最も遅れて斬りかかってきた男の剣筋を読み切り、躱す。がらんと無防備にあいた顔面に向かって、渾身の拳。右肘が伸びる。拳が顔面に到達する。ぐしゃり、という手応え。剣を離した男がローキックを放つ。意に介さずそのまま飛び込む。100kg近い重量の高速のタックル。まるで馬車に跳ね飛ばされたかのように男が吹き飛ぶ。3人の男は地に倒れ伏した。――この間、僅か3秒。
「こんなもんかよ、歯ごたえがねぇな」
「……こいつは、久々に歯ごたえがある奴が来たもんだ。」
若干の驚きと共にリーダーの男が言う。舐められたもんだ。この程度の三下を100人けしかけられたところで、準備運動にもなりはしない。
「だが、ここは魔界だ。武術に優れている、程度では役に立たんってことを教えてやろう。――おい、さっさと起きやがれ!」
倒れた3人に声をかける。……本当に舐めてくれる。そんな無駄なことをするなんてな。
「ダメです!こいつ完全にノビてやがります!」
「こっちもです!」
3人の様子を見に行った部下からの声を聞き、リーダーの男はちっ、と舌打ちをした。
「こっちは……おいおい、こりゃ、死んじまってる!」
「……なんだと?」
初めてリーダーの男の表情から余裕が消えた。それを見て笑みを浮かべながら、彼は言った。
「まぁ、普通の人間なら簡単に死ぬくらいの威力で叩きこんだが、それで死ぬんだから魔界も大したことがねぇなぁ」
半ば挑発、半ば本気の言葉。リーダーの男がこの程度とは思わなかったが、それでもその部下がこの程度では、その力も知れたものだ。
「てめぇ……いや、流石にここまで強い奴は久しぶりだ。ここからは俺が、血花火のリュックが相手をしてやろうじゃねえか。どれ、名乗ってみろ」
「ジェイド、だ。――血花火、血花火ねぇ。そんな恥ずかしい二つ名を付けるのが魔界の流行りか?」
「どこまでも舐めた口を利きやがって。手加減なしだ!」
宣言通りの1対1。背後の部下たちは手出しをしないようだった。実力に裏打ちされた自信。目前の相手に決して劣らぬという確信。その姿勢はジェイドと同種のものだ。――だが。
(その自信、どうやら過信のようだったな)
実力差は明らかだった。リュックの剣は一度もジェイドをかすることすらなく。ジェイドの拳は3度、リュックをとらえた。それでも尚相対するタフさは認めるが、このままならあと数分もせずにジェイドの勝利で終わるだろう。先ほどの3人を遥かに上回るが、自身よりは大幅に下回る――それが数合やりあった上の評価であった。
「くっく、俺は血花火どころか血の一滴も流してねえぜ。それとも血花火ってのはあんた自身が見せてくれんのか?」
「――抜かせ。本当に想像以上だ、これは見誤っちまった」
「おいおい、泣き言か?降参でもしてみるか?」
「いや、しかし諦めよう。お前を確保するのはな」
そう言って剣を収めるリュック。その様子にジェイドは怒りを覚える。
「一度やりあい始めて、途中で剣を下げるなんざ許されると思ってんのか?あ?きっちり敗北の味を叩きこんでやるから逃げんじゃねえ」
「勘違いすんじゃねえよ」
鋭い視線がジェイドに向けられる。確かにその闘志は消えてはないようだった。ではなぜ剣を収めた――?
「てめぇを生け捕りにするのを諦めただけだ。――お前は殺す」
そう言った瞬間、光の波のようなものがリュックの周辺に浮かぶのが見えた。可視化するほどのエネルギーの波――魔力!
「おいおい、魔導士かよ」
「そうだ。剣はまだまだ習練中なんだよ。――血花火ってのは、俺の魔法から由来した二つ名なんだぜ!」
魔力が突き出された右の掌に集束する。最も簡易で、かつ最も殺傷力に優れた魔力運用法、放射術か!
「てめぇの血花火咲かせてやらぁ!」
「――――」
魔力が放射される。対象を定めた放射術は躱すことは不可能。どう動こうが対象の魔力を追って命中する。故に魔導士は最強の存在。"王国"の騎士団でも数少ない、そんな存在が魔界にいようとは。――しかし、それも当然かもしれない。優れた実力をもっていても、社会という名の檻に馴染めないものは存在するのだから。そしてそういった存在がこの島に流されるのもある意味当然のことだ。何故なら――
「うぉ、向ってきやがった!」
「命知らずな!隊長の放射術まともに浴びるつもりかよ」
リュックの部下たちが囃し立てる。リュック自身、勝利を確信した表情を浮かべている。1秒もしないうちに、魔力は俺の身体に到達し、爆散させるだろう。――俺が何もしなければ。社会に馴染めぬ魔導士。それは俺のことでもあるんだからな!
「弾いた!?てめぇ、てめぇも魔導士か!」
「魔法を使えないなんて言ってねぇだろうがぁ!!」
到達寸前の魔力を、魔力を纏った左腕で弾き、そのままリュックの懐に迫る。右拳に魔力を纏わせ、渾身の一撃を打つ。魔拳。生身の拳で打つこととは異なり、手ごたえはない。しかし、それが命中したことをしめすように、リュックは数mもの距離を吹き飛んで行った。
「ぐ……うぅ……ちくしょう……」
確実に殺す威力で放ったが、驚くことに息がまだあった。おそらくは命中の寸前、魔力の障壁を張ったのだろう。とはいえ、戦闘能力を失ったことは明らかだった。意識を保つのがやっとで、しばらくは立つことすらできまい。
「た……隊長がやられちまった!」
「こいつ化け物だ!」
青醒める部下たち。普段ならここで、逃亡するか許しを請われる流れだったが。驚くことに、彼らは戦意を失っていないようだった。いや、正確に言えば戦意は失っているが、そのままに戦おうとしている。ガタガタと震えながら抜刀するその様は、玉砕を望むかのようだった。
「てめぇら、一戦やらかさねぇと実力差も見えねぇアホどもか?」
「ま……負けが確実でも俺たちは退けねえんだ!」
「なんでだよ、力が法なんだろ?さっさと負けを認めて、俺という法に下れよ」
「できるか……できるかそんなことが……」
「う……うわあああああ!」
恐慌を来たしたかのように斬りかかってくる男たち。軽く相手をしながら、ジェイドは考え込んだ。
(なんだこいつら……こいつらに浮かんでるのは恐怖しかねぇ。俺を恐れてるのなら分かる。でもこいつらはそうじゃねぇ。俺以外の何かを恐れてやがる。なんなんだ、気に食わねえ)
数秒であと5人を打ち倒し、残り二人。最早涙さえ浮かべながら決して下がらない二人に、言いようのない気持ち悪さを感じ、ジェイドは叫んだ。
「なんなんだ、なんなんだてめぇら!てめぇら、狂ってやがる!」
「いいや、狂ってなどいないな」
唐突に、声が響いた。大声量ではない。空気を震わす甲高い声でもない。低く、ただ自然に呟いたような声が、おそろしく通り、ジェイドの耳に届いた。
「誰だ!?」
勢い良く声の元に視線を向ける。そこには一組の男女が立っていた。
「アリス、介抱してやれ」
「はっ」
男の指示に応え、女が倒れ伏した男たちの元へ向かう。しかし、ジェイドはそんなことは思慮の外にあった。眼前の男。圧倒的な存在感。ともすれば震えそうにもなるほどの威圧感。あり得ぬことに、そこにいるだけで空気がビリビリと震えるような、そんな人物。今まで感じたことのない種類の空気に動揺しながらも、ジェイドは口を開いた。
「てめぇが、こいつらの親玉か」
「……」
しかし男はその問いを黙殺する。悠然と歩を進めると、うめいているリュックの胸倉を掴み、引き立たせた。
「無様な」
「申し訳……ございません」
「そこそこやるようになったとは思っていたが、俺の判断違いか。ふん、"入学式"の引率すらできん人間とは思わなかったが」
「……」
「暫くは貴様は実働部隊から外す。己の無力さを恥じるなら、相応の力を付けよ」
「はっ……」
苦しげに頷き、リュックは気を失った。男は気絶したリュックの身体を打ち捨て、それを部下の二人が運んで行く。全く自分を無視するかのように行われる光景に、ジェイドは怒りを覚えた。そしてその怒りが、知らず畏怖を覚えていた精神を奮い立たせた。
「あいつらが負けをわかってて向かってくる意味がわかったぜ。俺よりあんたを恐れてたってことだ。むかつくぜ」
「……」
「よくよく見りゃ、別になんてこたぁねぇ。妙な威圧感だけだ。俺はそんなもんにはびびらねぇ。格好だけじゃねぇってことを証明してもらわねぇとな!」
「……」
「おい、何とか言えや!」
「ぴーぴーと、煩い小鳥がいるな」
そこでようやく、男の目がジェイドを捉えた。殺気、なのだろうか。ともすれば震え上がりそうになる身体を意思で押さえつけ、言葉を続ける。
「さっきのリュックとかいう奴は鷹を小鳥と侮ってあの様だぜ。てめぇも同じようにしてやる」
「――身の程を知らぬ、ということは、あるいは新参者にこそ許される特権か。受け入れの場に立つことも久しぶりで、暫く忘れていた」
「ごちゃごちゃと、わけのわからねぇこと言いやがって!――てめぇも俺が喰らってやるぜ!」
飛び込んでいく。恐らく男は、この威圧感が本物なら、今までジェイドが相対したどんな相手をも上回るに違いなかった。邂逅の瞬間こそ、呑まれた自分がいたものの、既に完全に我を取り返している。そうなれば、この状況を喜びさえすれ、恐れることなどなかった。相手を打ち倒すたびに、次々と強い相手が出てくる。武闘場でも、ストリートファイトでも味わえぬような状況は、やはりこの魔界ならではだ。やはりここが自分にとっての理想郷だ。力が全て。力によって、自分はこの島の頂点に立ってみせる。そのためには、眼前の男も、打ち倒す!
しかし、ジェイドの意思は現実に追いつかない。彼が放つ拳、蹴り、タックル、頭突き、肘打ち――あらゆる技が男をとらえられない。数分も経っただろうか。流石のジェイドも息が切れそうになり、距離を取ろうとした、その時。
「やはりこの程度か。――所詮、小鳥」
気づけばジェイドは、顔面を男に掴まれていた。圧倒的な握力に、頭蓋が軋む音を聞いた気がした。
「がっ……てめぇ!」
再び拳を打ちこんで行く。先ほどまでは当たらなくとも、肉薄したこの距離なら――しかし、当たらない。顔面を狙った拳は首をひねるだけで回避され、胴を狙った拳もかすりすらしない。ならば蹴りを――そう思った時にはジェイドの身体は持ちあげられていた。
「んの野郎!!」
顔面を掴み持ちあげる、その腕に向かって拳を打ち込む。しかし足が地から離れたこの状態では、大した威力は出ない。事実、数十発の拳が腕に当たっても、男は意に介する様子すらない。
「鳥でも犬でも、躾はせねばな。身体に覚えこませなければ、理解できる脳もあるまい」
そう言うと男はジェイドの顔面を掴み持ちあげたまま身体を捻り、そのまま地面に叩きつけた。柔らかい砂浜だ。普通に叩きつけられたところで、普通の人間ならともかく、ジェイドにとっては大したダメージにはならない。が、上方からの強烈な力の圧迫により、ジェイドの脳は揺さぶられ、鼻骨はつぶれた。
――まるで相手にならなかった。薄れゆく意識の中で、ジェイドは必死に身体を起こし、男を見た。何としても聞いておかねばならなかった。自分を上回る初めての力。それも圧倒的に。その力の持ち主、その男の名前を何としても。
「な……名前を……」
「愚物に名乗る名はないが……その面の厚さに免じて名乗ろう。クラウス、だ」
「クラウス……」
覚えた。決して忘れない。もしこのまま殺されるとしても、魂に刻む。クラウス。この男は絶対に俺が倒す。乗り越えなければならぬ壁だ。暗黒に染まりゆく視界と意識を懸命に留め、ジェイドは再び男を見る。悠然と、余裕を崩さず佇むその姿。誰よりも圧倒的な力とオーラの持ち主。魔界の、遥かな頂に存在する王。――魔王。魔王クラウス。その存在を刻みつけながら、ジェイドの意識は今度こそ、暗い海へと沈んでいった。
ジェイドは主人公じゃないです、念のため。主人公より圧倒的に書きやすいキャラなんだけどなぁ。執筆経験は豊富ではないため、感想を書いていただけると勉強、励みになります。是非とも一言残していって下さい。