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メイドと双眼鏡

「新しい助手……ですか?」

 助手は首を傾げる。科学者がある日唐突に新しい助手が欲しい、と言い出したからである。私では不満ですか? と聞く助手だが、科学者は首を横に振り、

「そうではない。君の働きは確かに優秀だが、君とわしだけでは足りないものがあるじゃろう。そしてそれはどうあってもわしらでは手に入れることができないものなのじゃ」

「足りないもの? 何ですそれは?」

 助手はまだ分かっていない様子だ。科学者はやれやれ、と呆れる。

「君、例えばお茶を汲んできてくれ、とわしが頼むとするじゃろう?」

「はい、そしたら私が汲みに行きますよね」

 科学者はそこでチッチッチ、と指を振る。

「それがまずいのじゃ」

「……なぜです?」

助手はますます訳が分からなくなった。

「よく考えてもみろ。こういうところでは普通、お色気たっぷりの女子社員とかがお茶を汲みに行くものじゃろう?」

「……まあ、ひと昔前の企業ならそうだったでしょうね」

 ここで助手は察した。要するにいつものエロス思考だ、と。

「だが、ここにはわしと君の二人しかいない。そこで、雑用係のような人間がいた方が良いのではないか、と思ったのじゃよ」

「……まあ、お色気は置いておくにしても、確かに雑用係が一人くらいいたら仕事ははかどるかもしれませんね」

 認めたくはないが、確かに科学者の言うことにも一理ある。助手は助手で一応研究をしているわけで、科学者のお茶汲みや買い出し、研究所の掃除といった家事全般に時間を取られたくないのは事実だった。それに、以前にこの研究所は盗みに入られている。防犯体制を整えるという意味でも、決して無駄なことではないだろう。

「お色気を置いてはいかんじゃろう! 何のための助手だと思っておるのじゃ!」

 あくまで科学者はお色気が欲しいだけらしかったが。

「雑用に色気なんか必要ねーよこのエロオヤジが!」

 そんないつも通りの日常は、助手が手元の薄めの資料を丸めて殴るところから始まった。



 数日後、

「で、いよいよ今日面接を行うわけだが……」

「っていうか、いいんですかこれで……?」

 助手が開いたのはインターネットの求人募集のページだった。そこにあったのは、○×研究所、雑用メイド募集、高卒以上、時給800円といういたってシンプルな広告だった。結局メイドならいいですよ、と助手が折れる形でこの募集となったのだ。

「逆に何か問題点があるのかね?」

 科学者の疑問に、助手は困ったように答える。

「そりゃあ、人手を探してるんだから求人広告でしょうけど……。こういう秘密っぽい研究所の人員募集って、あんまり目立たない電柱とか、人気のない裏路地に貼り付けたりするもんじゃないんですか?」

「そんな場所に貼ったら人が来ないじゃろう。そもそも、電柱に広告を貼るのだってお金がいるのじゃ。今時はネットを通して様々なことができる。このページならお金もかからないし、これが一番合理的じゃろうて」

「……それはそうですけど」

 この科学者、こういう自分の興味があることに関してはかなりのアグレッシブさを兼ね備えている。それがこういう方向ではなく、研究にだけ純粋に向いてくれたら、と助手は何回考えたことだろう。結局そこまで高望みするのはよそう、という結論に達したので今に至る訳なのだが。

「で、来たんですかその求人広告にアクセス?」

「一応、3人から反応があった。全員若い子らしいな。1人は今年高校を卒業したばかりの19歳、もう一人が最近バイト先をクビになった22歳、最後が研究職志望の24歳じゃ。わしの思った通りの人材ばかりが集まって嬉しい限りじゃ」

「(……今絶対若いってだけで思った通りって言ったな)そうですね、真面目な子ばかりだといいんですけど……」

本音を飲み込んだ助手は科学者にそう言った。

「大丈夫じゃよ、わしも今のプロフィールだけで選ぼうとは思っておらん。今から三人全員の面接をするつもりじゃよ。気に入らないようならもう一度募集をかけるつもりじゃしのう……」

 助手の見えない視線でも感じ取ったのだろうか、科学者はそう言った。

「ならいいですけど。で、今日の何時からなんですか?」

 と助手が聞いたその時だった。チャイムが鳴ると同時にこう声がした。

「すみませーん、ここが○×研究所ですか?」

「ちょ、もう来てるじゃないですか!」

助手が慌てるが、科学者はいつもの通りのんびりとしていた。

「じゃからさっき面接を行うわけじゃが、と前置きしたではないか」

「急すぎますよ! もう少し前もって連絡してください!」

あまり来客を待たせるわけにもいかないので、インターホンの来客確認をする助手。そこにいたのはショートボブの女の子だった。デニムのショートパンツにレースたっぷりの白いカーディガンは、かわいい、と同時にアクティブな印象さえ抱かせた。黒髪のままであるところを見ると、染めるのが好きではないのだろうか。スタイルがいいのも科学者的には高ポイントと言えるだろう。

「……はい、どうぞお入りください」

 来てしまっているのを追い返すわけにもいかないので、助手はそう言ってインターホンを切った。



「えっと、それではこれから面接を……」

「そういう堅苦しいのはいらんよ。まず、名前と年齢を教えてくれるかのう?」

 助手の言葉を遮り、鼻にティッシュを詰めた科学者はこう質問した。これは女の子が入ってきた時に興奮して鼻血を出したせいだ。

「……えっと、片野麻理、19歳です」

(この子が高校卒業直後の子か……)

助手は科学者の言葉を整理しながら聞く。

「わしが君に聞きたいのはこれじゃ」

 そう言って科学者は、双眼鏡のようなものを取り出した。

(えっと、双眼鏡?)

「片野君、君にはこれが何に見える?」

「これですか? えっと、双眼鏡じゃないんですか? あ、もしかしてこの接続部分で単眼鏡になってもっと遠くまで見えるようになるとか?」

「……ありがとう、これで面接は終了じゃ」

『えっ?』

 これには片野だけでなく、助手も驚きの声を上げる。

「これだけですか?」

 さすがに助手も疑いの目を向ける。

「わしは元々この質問以外にする予定などなかったからのう。結果はメールで伝えるから、今日は帰っていいぞ」

「はあ、分かりました……」

 片野はよく分からないまま、研究所を出ようとする。

「あ、ちょっと待った!」

「は、はい、何でしょうか?」

 科学者が慌てて呼び止めたので、振り返って声を上ずらせながら答える片野。

「君のスリーサイズを聞かせてくれないか?」

「えっ?」

片野は戸惑いを隠せないまま硬直する。

「初対面の人にそんなこと聞くなこのエロオヤジがぁ!」

 科学者の真横にいた助手は科学者の発言を聞いて慌てて手元の灰皿で上から殴りつけた。



 その後も似たような感じで面接は続き、2人目の22歳、3人目の24歳の女性にもやはり同様の質問をした。2人目の女性は「双眼鏡じゃないでしょうか?」と答え、3人目の女性もやはり、「双眼鏡……ですよね?」と答えた。

「……結局何の意味があったんですか?」

 助手はまだ腑に落ちない様子で聞く。

「あれは、わしの発明をどのくらい理解できているかのテストじゃよ。一応聞いておくが、君にはこれが何に見える?」

 助手は一通りその双眼鏡を観察し、考えを述べた。

「これは……、まず双眼鏡ですよね。でも、よく見ると、のぞき穴じゃない方にジョイント部分があったり、スイッチがついてたりするところを見ると、多分スイッチの切り替えで単眼鏡にもなるのでしょう? でも、スイッチ部分が3種類あるところからすると、もしかして万華鏡になったりするんですかね……?」

 助手の答えに科学者は満足そうにうなずく。

「素晴らしい、完璧な答えじゃ。つまり、この三つの機能をどこまで見破れるか、というのを今日の面接で知りたかったのじゃよ。観察力や研究に対する理解がなくては、ここでお茶汲みをされても何の楽しみにもならん。確かにお色気は欲しいが、研究に対する興味や理解を差し引いてまで無理に雇う必要はない、と思うてな」

「そういうことですか……。じゃあ、今回採用するかどうかはもう決まったわけですね?」

 助手も今回の面接にどうやら採用者がいそうなことは何となく分かった。

「うむ。彼女たちの中に一人だけ、この双眼鏡の機能を見抜いた者がおったからな。まだまだ荒削りじゃが、採用するのは彼女に決まりじゃよ」

 助手はやや呆れたように言う。

「多分スリーサイズ聞いた最初の子でしょう?」

「ま、まだ何も言っておらんじゃろうが! 何故分かった?」

 科学者は驚くが、

「……いや、だって他の人には何の興味も示さなかったでしょう博士。その子だけでしたよ、そんなこと聞いたの」

助手はやれやれと首を横に振るばかりだ。

「そ、それだけで……」

 すると、今度は先ほどとは打って変わって真面目な顔をして助手は言う。

「それに、最初のその子だけが違う答え方をしてましたから。多分そうなるんじゃないかと思ってました。他の人はあれをただの双眼鏡としか思っていませんでしたしね」

「……君も気付いておったのか」

 科学者は助手を見つめる。

「まあ、多少は。答え方が違う、ってくらいにしか記憶してませんでしたけど」

 そう、これなのだ。科学者がこの助手だけをそばに置いた理由、それは彼の観察力が他の人よりも優れていたからに他ならない。でもなければ自分をやたらと殴るこの助手をそばに置いておく必要など微塵もないからである。

(どうやら、今回の面接は彼の能力を再確認する意味でも、有用なものだったのかもしれんのう……)

 科学者はそんな感慨深そうな顔をする。

「……? 博士、また何か新しい発明品でも思いついたんですか?」

 助手は満足げな顔をした科学者に聞くが、

「秘密じゃよ」

科学者は何も答えることなく、ただそう返すだけだった。



「すみませーん!」

 そして数日後、研究所に正式採用となった片野麻理は、再びこの地下室へとやってきた。今度は白衣を着ている。彼女なりの気遣いなのかは分からないが、そのせいかスタイルがこないだよりもよく見えた。というか、このスタイルでは間違いなくお色気要員が務まりそうなほどだ。

「おお、よく来てくれた。君をこの研究所の3人目の所員として迎え入れる。環境としてはあまり良くないところかもしれんが、これからよろしく頼むぞ」

 科学者は平静を保っているが、両鼻にティッシュが詰まっているところを見ると間抜けで仕方ない。助手はやっぱりこの子か、という様子で彼女を見る。

「はい、ありがとうございます! これからよろしくお願いします! あの、ところで……」

 キョロキョロと何かを探している様子の片野。

「えっと……、どうしたの?」

「あの、こないだの双眼鏡を貸していただきたいのですが……」

 助手が聞くと、片野はそう答える。

「こないだの双眼鏡? どうして?」

「だって、あの発明品、その人のところに置いといたら危険すぎますもん」

「……危険?」

助手は少し考えてみる。

「な、何を言ってるんじゃ君は? ど、どこが危険だというんじゃ!」

 強めの口調の割には、科学者はうろたえている様子である。

「……とりあえず博士、その双眼鏡どこにあります?」

「……そこの引き出しの中じゃよ」

 引き出しの中から双眼鏡を取り出した助手は、レンズを覗いてみる。すると、

「うわっ、何だこれ!」

 何とその先に見えたのは、遠くの資料の文字さえもはっきり見える驚くべきレンズの性能だった。

「何でこんな遠くまで見えるように……、はっ、まさか博士、これで覗きでもしようとしてたんじゃ……」

「な、何を言うとるか! そ、そんな人聞きの悪い……」

「いいえ、そんな生易しいものじゃないと思いますよ。そもそもここ地下ですし、多分その機能はおまけでしょう。せっかくですし、そのレバー、試しに引いてみたらどうです? 最初はあたしも単眼鏡のためのスイッチだけだと思ったんですけど、あれってよく考えたらジョイント式でしたよね?」

「……そういえば」

 助手も考えてみる。確かにジョイント部分があればスイッチなどなくても事足りるだろう。まして、今まで無駄な機能などつけたことない科学者が、ジョイントのためだけにスイッチを作るのもおかしな話だ。

「ちょっとレバーを動かしてみるか……ってブホッ!」

 すると、レバーを動かした先に見えたのは、片野の下着姿だった。どうやらこの双眼鏡、単眼鏡にするためにスイッチを入れると同時に服が透けて見えるという覗き専門アイテムに早変わりするらしい。助手は必死に怒りと興奮しかけた頭を鎮め、鼻を押さえる。顔は真っ赤になりかけていた。

「で、何が見えました? 多分あたしの下着姿か、あるいは裸か、そんなところでしょ?」

 一方、見られたはずの片野はあまり気にしていない様子だ。予想していたのか、それともあまり気にしていないだけなのか、それは分からなかったが。

「……あ、ああ、君の言うとおりだったよ」

助手は慌てて平静を取り戻すと、そーっと逃げようとしている科学者に聞く。

「で、博士、これはどういうことです? 何か納得のいく説明はあるんでしょうね?」

「ギクッ! え、ええっとだな、こ、これは、そ、そうじゃ! く、空港の荷物チェックとかに……」

「確かうちの研究所は秘密裏活動でしたよね? そんな表だったところからの依頼は受けてないはずですよね……?」

「い、いや、その、それはだな……」

 助手の顔がみるみる怒りで赤くなる。

「やっぱりいつものエロ発明かこのエロオヤジがぁあ!」

「入ったばっかりで悪いですけど……、一回くたばれこのクソ野郎♪」

助手はティッシュ箱、片野はげんこつで思いっきり科学者の頭を殴った。

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