カードと泥棒
こないだの透明マントの発明から数日が過ぎたある日、
「博士ー、何ですかこれ?」
助手は机の上に置いてあった見知らぬクレジットカードのようなものを見てこう言う。こんなところに置いてあったのでは盗まれるのは目に見えていた。
「それか? 次の発明品じゃよ」
科学者はと言えば、何かを考え込んだ様子でこう答える。
「だってこないだ透明なマントを完成させるって意気込んでたんじゃ……」
すると顔を上げた科学者は恨めしそうにこう言う。
「あれはこないだ君が殴ったから頭の片隅から飛んで行ってしまったよ。まったく、せっかく若い女性の下着を拝めると思ったのに……」
「そういうエロ思考は二度と復活しなくていいです。っていうか、発明品の作り方くらいメモしとけば良かったのに……」
「わしは一度作ったものは頭で覚えておくタイプなんじゃ」
偉そうに答える科学者。
「そんな自信満々に言われても、今回忘れちゃったじゃないですか……。で、今回の発明品は一体何なんですか? 今回はそもそも作ってたことすら聞かされてなかったんですけど」
「そりゃあ、君に殴られたのではアイデアがどこかに吹き飛んでしまうからのう……」
再び睨みつける科学者。どうも相当根に持っているらしい。
「……すみませんでした」
不本意だが謝る助手。この科学者は繊細でいてめんどくさい性格の持ち主なのである。このままでは根に持たれたまま話が進まない。
「まあ良い。わしは心の広い人間じゃ、許してやるとしよう。ただし、この発明品を試してからじゃがのう」
科学者はそのクレジットカードのようなものをつかんだ。
「で、それは何なんですか?」
ようやく機嫌を直した科学者は、助手に簡単な説明をした。
「これは、あらゆる情報や考えを読み取るカードじゃよ。まあ読み取るにも条件があるのじゃが、以前に条件は満たしておるのでな、今なら使えるじゃろう」
「へえー、また面白いものを開発しましたね」
助手は素直に感心する。今回はまともな発明品のようである。
「まあな。では、君で実験させてもらうとしよう」
科学者はそのクレジットカードを持つと、助手に近づいた。
「ちょ、どうしたんですか博士!」
「動くでない! この発明品を使うにはある条件が必要なのじゃ」
どうやら使うのにも条件が必要らしい。助手は呆れる。
「何でそんな条件ばっかり付け加えたんですか……」
「人の心というのはむやみやたらに読み取って良いものではないのだ。誰もが簡単に心の内を読み取れてしまっては、誰にいつ悪用されるとも分からんじゃろうが」
「……確かに」
今回の発明はまさしく本物だ。ここまで科学者が真剣に考えた発明品を助手は見た事がなかった。
「じゃあ、条件って何なんです?」
期待のまなざしで科学者を見つめる助手。
「それはじゃな……こうじゃ!」
科学者は助手の胸板にカードを密着させると、そのまま下にスキャンさせるようにカードをスライドさせた。
「うわっ!」
(ピピピピピピピピ、ピコン!)
「ふむふむ、どうやら君はわしに憧れを抱いているが、たまにめんどくさいところもあるんだよなあこの人。しかし発明品に関しては右に出るものはいない素晴らしい博士だから、どんなにエロいことばっかり考えていてもこの人には一生付いていこう、と思っているようじゃな」
「そ、そこまで分かるんですか?」
助手はあまりにも正確なカードの性能に驚く。
「当たり前じゃ。わしの発明品に不可能はないからのう。ちなみに生年月日は1976年6月15日、血液型はA型で、好きな女性のタイプは……」
「も、もういいです分かりました! で、それどういう仕組みになってるんですか?」
助手は慌てて止める。このままでは初恋の人やら今までで一番恥ずかしかった出来事、とかまで暴露されかねない。
「これは、持った人の頭にカードをスライドさせた人の情報や思考が流れ込んでくる、というものじゃ。だから、条件さえ満たすことができればいつでも使うことができるぞ。もっとも、人だけでなくものの情報でも読み取ることができる副産物のようなものもついておるがのう」
「へ、へぇ~、すごいですねぇ……」
とここであることをひらめく助手。
「そうだ、博士の考えも読み取らせてくださいよ」
「えっ、い、いや、しかしわしの頭の中には大事な発明品のデータがじゃな……」
何だか慌てる科学者。どうも様子がおかしい。
「だからですよ。二人で覚えておけばこないだみたいに忘れることもないじゃないですか!」
「い、いや、しかし……」
「いいから貸してください!」
尚も渋る科学者からカードを無理やりひったくると、科学者の胸元にカードをスライドさせる助手。
(ピピピピピピピピ、ピコン!)
「えっと、この発明品を使えば、合法的に胸を間違って触ることができるし、女の人の心の中を読み取ることができれば、もしかしたらあんなことやこんなことまでできるかもしれない……? 博士、これは一体どういうことです……?」
ジト目で科学者を見る助手
「いや、だからこれはじゃなぁ、君に心の中を読み取られないために今とっさに……」
科学者の目が泳いでいる。嘘をついているのは明らかだ。
「人の生年月日まで読み取れる機械がとっさに考えた事だけ読み取るわけないでしょうが。ということは、この機械は博士が常日頃から一番考えていたことを最初に私に教えてくれた、とそういうことになりますよね……?」
助手は言いながらメガホン(何故ここにあるかは知らないが)を手に取る。
「い、いや、そ、それはちが……」
科学者は後ずさりするが、カードをスライドした関係で、すでに助手との間合いは30センチもない。
「問答無用だこのエロオヤジがぁ!」
助手は科学者の頭を思いっきり殴りつけた。
だがこの時、二人は知る由もなかった。この研究所を覗く一つの人影があったことを。
数日後の夜のことだった。
「おい、こないだのクレジットカードどこにやったか知らないかね?」
「ああ、それならそこの金庫に入れて……ってあれ?」
助手の顔が青ざめる。
「どうしたというんだ一体?」
発明室から顔を出す科学者。
「あ、あの……」
助手の様子があまりにもおかしいので、そこから出てくる科学者。すると科学者もがくがくと震える。
「な、何ということだ。き、金庫が……」
そこにあったはずの小さな金庫が、ものの見事に姿を消していた。
その頃、人目につかない裏路地で、その金庫の鍵を開けることに成功した人物が一人いた。
「へっへっへ、楽な仕事だったぜ。これで思う存分盗みが働けるってもんよぉ!」
彼の名前は武田舞次郎と言った。彼は指名手配されている有名な泥棒であった。彼がマークしたところには当然珍しいものを秘密に開発しているこの科学者たちのすみかも入っていた。そして忍び込んだ時に聞いたこのクレジットカードの話を聞いて、助手がしまったのを見てからこっそり盗んだのである。
「今夜の仕事はパスワードが厳重だから諦めようかと思ってたんだが、このカードがあるなら話は別だ」
先ほど自分の服にそれを通してみたが、その時にもきちんと服がどこで作られたのか、材質がどんなものであるのか、ということまで事細かに知ることができた。ということは、当然金庫のパスワードだって簡単に分かるはずである。くっつけさえすれば、どんな情報だって読み取ることは可能なのだ。それに、そのほかの課題である指紋認証や声紋認証に関しては彼独自の技術があるので問題なかった。
「さぁてと、乗り込んでやろうじゃねーの。日本一警備が堅いって言う、噂の大崎金融にな」
男はカードと自分の仕事道具である7つ道具の入ったジェラルミンケースを持って、立ち上がった。
「どうするんですか! あんなの悪用されたら大変なことになっちゃいますよ!」
盗まれたと知った助手は大慌てである。しかし、一方の科学者はと言えば、
「心配なかろう。どこの輩かは知らんが、あれを悪いことに使おうとすればすぐに捕まるからのう」
かなり呑気にしていた。
「とりあえず警察に連絡を……」
「それには及ばん。心配するな」
「だって……」
受話器をつかみかけた助手は心配そうに科学者を見る。その様子を見た科学者がハッと気付く。
「もしや、君はこないだわしの頭の中を覗いたときに気付かんかったのか?」
「何がですか?」
受話器を置いた助手が戻ってくる。
「決まってるじゃろう、あの機械のもう一つの条件じゃよ」
科学者は自信満々に言った。
「よし、ついにここまで来たか」
その頃大崎金融に着いた武田は、赤外線センサーや指紋認証システムなどをかいくぐり、大崎金融の金庫の前に来ていた。
「さぁて、いよいよこのカードの出番ってわけだ」
ポケットの中に入れたカードを取り出す。
「そいっ!」
そのカードを金庫の暗証番号を打ち込むところにスラッシュする。ところが、カードは先ほどのように小気味良い音を立てることなく、無言のままだった。そして、暗証番号に触れてしまったことで、非情ベルが鳴り響いた。この金庫は人が触れると非常ベルが鳴り響き、同時に警察へと連絡される仕組みになっているのだ。
「おい、どうなってるんだよ!」
番号が表示されないどころか、カードの反応すらない。自分の胸元にスライドさせても反応はなかった。
「ちくしょう、ここまで来て諦めきれるかよぉ!」
逃げればいいものを、自分のプライドが許さなかったのか、なおも金庫を開けようとする武田。そして5分後、
「よし、開いた!」
「ほう、開いたかぁ、武田……」
「おう、開いたぜ……って」
後ろを振り返ると、そこには大量の警察官がいた。
「終わりだよ。お前に逃げ道なんてない」
「……ちくしょう!」
武田は無謀にもそのまま警官の山に突っ込んで行ったが、すぐに取り押さえられた。
「それでは、次のニュースです。世間をにぎわせていた大泥棒、武田舞次郎容疑者がとうとう逮捕されました。その華麗なる手口はまさに現代のルパン三世、とまで言われていたほどの彼でしたが、昨日忍び込んだ大崎金融にて金庫を開けていたところを警察に取り囲まれ、そのまま逮捕となりました。調べに対し武田容疑者は、カードが使えなかった、と容疑を認めています。なお警察は、彼が今まで盗みを働いてきた数百件の窃盗容疑に関しても不法侵入や窃盗とも併せて立件していく方針であるとのことです」
「どうやらこの人みたいですね、あのカードを盗んだの」
ニュースが一通り終わると、助手はテレビを消した。
「だから言ったじゃろう。心配せずとも犯人はすぐ捕まる、と」
「ええ、本当にそうでしたね。あの時条件を聞いたときはびっくりしましたけど……」
「もう一つの条件、ですか?」
助手は聞く。
「ああ、あのカードにはもう一つ使用条件があるのじゃよ」
「何ですそれは?」
「あのカードはな、その人がどれだけいいことをしたかを基準に使える回数を判断するのじゃ」
「そんな機能がついてたんですか?」
驚く助手。
「ああ。じゃから、金庫を盗むような悪い人間がいいことをしているわけなかろう。わしはこないだ猿のスカートめくりを解決したじゃろう? それで一回分チャージされていたじゃよ」
「あー、動機は何であれ、とりあえずいいことをすれば使用回数がたまっていくわけですか」
納得したようにうなずく助手。助手がすぐにカードを使えたのは彼が日ごろから悪いことをしない真面目な人間だからに他ならないだろう。
「まあ、不純なことを考えるとすぐに減ってしまうのじゃがな」
「それは妥当な判断だと思いますよ」
「わしみたいな人間がうかつにあんなものを持ったら世の中荒れ放題じゃからな。あれはわしなりの予防線と言ったところじゃよ」
ため息をつきながらそう答える科学者。その機能を付けるかギリギリまで迷ったのだろう。
「その予防線のおかげで今回は犯人も逮捕できたし、一石二鳥じゃないですか」
「まあ、おかげで警察に証拠品として没収されたわしのカードはまた使えなくなってしまったがのう……」
さっきから残念そうにしているのはそれが原因だったらしい。
「博士が前に言っていたように、人の心は読みとるようなものではない、っていう神様からの警告かもしれませんね」
「……そう考えるとしよう」
助手の言葉にうなずく科学者。
「さて、じゃあわしは次の発明に取り掛かるとするかのう」
「今度は一体何を発明するんですか?」
助手は新しい発明と聞いて目を輝かせる。
「今度は自在に色を変えられる洋服でも作ってみようかのう……」
その言葉で輝いていた助手の目が冷たい視線に変わった。
「まさか、それを使って透明マントの応用で直接下着を見よう、とか思ってるんじゃないでしょうね……?」
「ギクッ! そ、そんなことはない、そんなことはないぞ!」
「どうやら本当だったみたいですね……?」
「い、いや、ちが……」
しかしもうその声は助手には届いていなかった。
「くたばれこのエロオヤジがぁあ!」
助手は手近にあった空き瓶で、割れない程度に思いっきり科学者の頭を殴りつけた。
以前即興小説で書いたものの続編です。
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