マントとバナナ
「よし、できたぞい!」
地下の研究所にこもって開発を続けていた科学者が声を上げた。
「おお、博士が前から作っていたあの発明品ですか?」
助手がその声を聞いて一階の階段から降りてきた。
「そうじゃそうじゃ。ついにわしの発明品が完成したのじゃ!」
科学者は喜び勇んで助手にそう伝える。どうやらよほど自分の発明が完成したことが嬉しいらしい。
「で、博士、これは一体何の発明品なのですか?」
助手はそう聞く。実はこの助手は助手でありながら博士の発明品が何であるのか全く知らされていなかったのである。
「よくぞ聞いてくれた!」
博士は今まで自分で教えなかったくせに、助手がそう聞いてくると顔を輝かせて助手の手を握った。
「は、はぁ……」
助手は困った様子で苦笑いする。どうやらこの科学者、頭のねじでも一本ほど外れているのか、毎回どの発明品を作った時でも同じような状態になる。秘密主義者とでも言うべきなのだろうが、完成した時の嬉々とした顔はすさまじいものがある。正直少し頭のおかしな初老の爺さんという表現がしっくりくるような、そんな人物なのである。それでもその発明品には一目置くところがあるため、この助手はそんな科学者に一生懸命付き従っているのだ。
「わしが発明したのはなぁ……」
そんな助手の様子など知る由もなく、科学者は自分の発明の説明を始める。これもいつものことであるのでもはや助手も気にしてはいない。
「この自分を透明にできるマントじゃ!」
科学者がそう言って何かをつかんで取り出した。だが、
「あの、見えないんですけど」
助手は困った様子で何かを持っている博士をまじまじと見つめる。そこにはどこからどう見ても物があるようには思えなかった。科学者がつまんでいることすら詐欺に思えてくるぐらいだ。
「そりゃそうじゃ、見えてしまっては透明なマントの開発にならんからな」
科学者は得意げに言うが、それでは無くした時にどうするのだろう。せめてボタン式にするとか遠隔操作で透明にするとかもう少し工夫が欲しかったところだ。だが、そんな風な文句を彼につけると科学者は怒りだしてしまい、手が付けられなくなってしまうので、助手はそれについては何も言わず、
「なるほど、さすが博士ですね!」
いつも代わりにこう一言褒めるのである。すると、
「そうじゃろそうじゃろ! このマントはのう、かぶるだけで姿形を完全に消すことができるんじゃ。だからいろんなことができるんじゃよ」
科学者は上機嫌となって勝手に自分の発明品を解説してくれるのだ。要は、ただのお調子者という訳である。だが、実力が伴っているために、現状科学者に説明させる術はこれしかないという皮肉なことになってしまっている。
「例えばどんなですか?」
そして、ここまで語らせておいてから助手が質問するのである。こうすると会話の流れがスムーズになるのはもう攻略本にできるレベルの攻略法であった。助手の部屋には『博士攻略法』と書かれた一冊のノートがあるくらいで、毎回それに沿って彼の発明を聞き出すのだ。
「それはじゃなぁ、ムフフ……」
助手はすぐさまピンとくる。手近にあったハリセン(何故あるのかは知らないが)を手に取ると、博士の頭を一発殴りつけた。
「このエロオヤジが!」
科学者がおかしな笑い声を発し始めたときは、大抵エロい事を考えている時だ。そういう時は助手が近くにあるもので科学者の頭を思いっきり殴りつけるのだ。透明になれるマントとかいうからそんなことだろうとは思っていたが、と助手はため息をつく。大方若い女性のスカートでもこっそりめくろうとしていたのだろう。
「まったく、殴ることないじゃろうに……」
「あなたが逮捕されないようにするためです」
助手は冷静に返すと、
「で、これの本来の目的は一体何なんですか?」
話を元に戻した。
「ああ、警察とか探偵の行う尾行調査をよりスムーズにするためのものじゃよ。ほら、尾行調査というのは気配を察知されたらおしまいじゃろう? じゃから、その負担を少しでも軽減するための発明品という訳じゃ」
科学者も真面目に返す。どうもようやくスイッチが入ってきたらしい。
「すごいじゃないですか! さっきのあれさえなかったら……」
助手はため息をつく。助手がこの科学者をいまいち尊敬しきれない理由がそこに集約されているためである。
「ん、なんじゃどうした?」
「いえ、何でもないです……」
どうもこのアホ科学者は気付いていないようなので、ひとまずごまかした。
「じゃあ、とりあえずこれを……どこに持っていきましょうか?」
「とりあえずわしの知り合いの探偵事務所があるから、そこに送っておいてくれい! 住所はこれじゃ」
科学者は助手に住所の書かれた封筒を手渡した。
「分かりました……ってあれ、博士マントはどうしました?」
どうやら助手の予想通り、透明マントをどこかへ失くしてしまったらしい。
「おや、おかしいのう……」
それから数時間後、博士が思いっきりふんずけて頭からすっころんだおかげで、マントは無事発見されるに至った。
それから数日後、
「では、次のニュースです」
お昼のニュースが始まったので、カップを片手にコーヒーを飲みながら何気なく見ていた助手だったが、
「このところ、豆の木商店街では突発的な風により、女性のスカートがめくられる、という事件が多発しています。皆さんも外出するときの服装にはご注意ください」
その一言に思いっきり飲んでいたコーヒーを噴き出した。
「博士、博士!」
急いで科学者を呼びに行った。すると、
「おお、ちょうどいいところに来た。今から豆の木商店街に向かうから準備せい」
科学者はちょうどジェラルミンケースを持って外出しようとしているところだった。
「いつになく情報が早いですね、一体どうしたんですか?」
助手が尊敬のまなざしで見つめる。
「わしがマントを送った探偵事務所で猿が逃げたそうでな。そいつがどうもマントをかぶって逃げ出したそうなんじゃ」
「そういうことだったんですか……」
助手は神妙な面持ちになるが、
「まったく、このわしを差し置いてスカートめくりとは100年早いわ!」
こないだの一件がどうもまったく堪えていないらしかったので、
「こんのエロオヤジがぁ!」
助手は手近にあったピコピコハンマーで(何故あるかはやっぱり知らないが)博士の頭を思いっきり殴った。ピコッという軽快な音が響くと同時に、科学者は頭を押さえてしゃがみこんだ。
「……で、対策は何かあるんですか?」
「一応な」
商店街に着いた科学者がそう言ってジェラルミンケースから取り出したのは、長めの釣糸にくくりつけられたバナナだった。
「……いくらなんでも古典的すぎやしませんかね? だってこの商店街には他にも地域の名産品の詰まったお土産とかいろいろ……」
「何を言うか、猿にはバナナじゃろうが!」
科学者にも譲れない何かがあるようで、ここは助手が黙って引くことにした。
(ちなみに猿は別にバナナ以外の食べ物でも普通に食べるよ!)
「まあ見ておれ。今に姿を現すじゃろうから」
自信満々の科学者だが、その自信がどこから来るのか、助手には分からぬままだった。
しかしその数分後のことだった。
「ホントに来た……!」
そこに姿があるわけでもないのに、バナナが何かに強く引っ張られたのだ。助手は必死にバナナを取られないよう、釣竿を引っ張る。
「よし、そのままの体制で頑張るのじゃ!」
科学者は再びジェラルミンケースから何かを取り出した。それは良くある市販のペイントボールだった。
「せいりゃあ!」
科学者の投げたボールは見事透明なマントに命中し、その色を真っ赤に染めた。
「後はこれで捕まえるだけじゃ」
ジェラルミンケースから最後に取り出されたのは、長い紐だった。先端には大きな輪っかのようなものがついている。
「……そ、そんなんで本当に捕まえられるんですか?」
「大丈夫じゃ」
科学者はそう言うと、カウボーイよろしくその縄を投げた。するとその縄は自動で何かのいる赤い場所に飛んでいくと、そいつの周りに落ち、締め付けた。
「よし、捕獲完了、じゃな」
科学者は得意げな顔で、その場を去った。
「結局、あの発明品って何だったんですか?」
猿も探偵事務所に返し、使い物にならなくなった透明マントを持って帰ってきた2人。助手は何が何やら分からぬままだったので、博士にそう聞いた。
「わしが持ってきた発明品は2つじゃ。ひとつがあの投げ縄。あれは自分が思った目的物に向かって投げるとその目標物を手の届く範囲までで捕獲してくれるのじゃよ」
「じゃあ、もう1つは?」
助手は聞く。てっきり発明品はあの投げ縄だけだと思っていたのに、どうやら他にもあるらしい。
「最初に言ったじゃろ、あのバナナじゃよ」
「えーっ!」
助手は大声を上げる。
「あれのどこが発明品だっていうんですか! どこからどう見ても普通のバナナじゃないですか!」
「じゃあ、試しに食べてみればいいじゃろう」
博士は助手にそのバナナを手渡す。助手の好きな香りがそのバナナからは漂っていた。
「ええ言われなくても……ってあれ、むけない?」
いくらバナナをむこうとしても、一向にむけなかった。
「どういうことですか?」
「レプリカの食品サンプルがあるじゃろう? あれを少し改良して、人が近づいたときにその人の最も好きな香りを自動で生じる食品サンプルを作ったのじゃ。で、それの試作品第一号があのバナナという訳じゃよ。とりあえず成功して良かった」
「な、なるほど……」
助手は感嘆の声を上げる。やはりこの科学者、実力は相当のもののようである。
「まあ、今回のマントはまた作り直すことに決めた訳じゃし、実際今回の問題はマントが見えないというところから始まった訳じゃしのう……」
「そうですね、また1から作り直しですけど」
残念そうに言う助手に対し、科学者の顔は何故か嬉しそうだった。
(やっぱり発明者としての楽しさが博士を支えているんだなぁ……)
そんな風に考えていた助手だったが、次の発言ですべてが吹き飛んだ。
「今回のマントをいつでも好きなタイミングで透明にできるようにしよう。そうすれば道端においておいたバナナで若い女子を引きつけ、そのそばにあの投げ縄を設置しておけば女子は動けない。その間にその透明マントをかぶったわしがしゃがんで女子の下着を……、ムフフ、ムフフフ……」
助手の心には途端に怒りがこみ上げてきた。そして彼は手近にあった空のペットボトルを引っ掴むと、
「こんのぉ、エロオヤジがぁぁあ!」
科学者の頭を思いっきり殴りつけた。
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