ポッサムのおはなし。
母さんが、大きな鉄の動物にゴツンってして、別の世界に行ったとき。
あたしはまだ小さくて、何にもわからなくて、だんだん冷たくなっていく母さんの袋の中でボーっとしてました。
そして、ああ、あたしも母さんが行ってしまった世界に行くのかなーって思ってました。
ただ、何もせずに、何も判らずにボーっと、時間が過ぎていくのを待っていると。
突然袋が開いて、初めて嗅ぐ匂いと、初めて感じる母さん以外のぬくもりに包まれてました。
「-----------」
あたしたちが使う言葉は違うから、ソレが何を言っているのかわからなかったけど。
優しいトーンの声と、感じる温かさに、助かったのかな、もう大丈夫なのかな?と思いました。
母さんの匂いとはちょっと違うけど、母さんとおんなじ袋があたしをやさしく覆いました。
ああ、もう大丈夫。ここは安全。だって袋の中だもん。
安心すると、あたしはころっと眠りの国へと旅立って行きました。
目が覚めて、袋から出てみると。
そこは今までとは全く違う、あたしの知らない、ヘンな世界でした。
森の匂いとは全く違う、初めて嗅ぐ匂い。
ここはどこ?
きょろきょろしていたあたしに気付いて、あたしに、昨日とは違うソレはこっちに近づいてきました。
「---------」
やっぱりソレの言葉はわからないけど。
あたしの前に、母さんのおっぱいと同じ匂いが漂って、ソレがニッコリ笑ったから。
あたしは、思い切ってぷよぷよしたそれに、思いっきりかぶりつきました。
ぷよぷよから流れ出たのはおっぱいでした。
んくんく。
母さんのおっぱいとおんなじ味。
飲み始めると、お腹がぺっこぺこだったことに気付いて、おっぱいが無くなるまで飲んじゃいました。
あたしがぷよぷよを離した後は、ソレはあたしのお腹をなでてくれて。その感触が、母さんがあたしをなめてくれる感じとそっくりで。
もしかしたら、ソレが、あたしの新しい母さんなのかなって思いました。
言葉はわからないけど、ソレの優しさは言葉を越えて感じられたから、ソレのぬくもりは絶対に間違いじゃないから。
あたしは、遠い世界に行っちゃった母さんにバイバイして、ソレを母さんだと思うことにしました。
新しい母さんになったソレは、あたしを見るたびに「プー」と言います。
どうやら、それがあたしのことを指してるみたいです。
そして、ソレは「プー」とは別に「サーシャ」と言います。
どうやら、それはソレ自身のことを指してるみたいです。
新しい母さんはサーシャ母さん。
サーシャ母さんは、頭以外はツルツルで、聞きなれない言葉を喋って、挙句の果てには二本足で歩くヘンな生きものだけど、確かにあたしの母さん。
どこでも一緒。いつでも一緒。ご飯食べるときだって、眠る時だって、サーシャ母さんは本当に母さんみたいに、あたしのことをずっとずっと見てくれていました。
あたしに、食べていいものと悪いものを教えてくれたのも、サーシャ母さん。
怖いもの、怖くないものを教えてくれたのもサーシャ母さん。
姿と言葉は違ってもサーシャ母さんはあたしの母さんでした。
サーシャ母さんが、あたしの母さんになってから、お月様が何回か真ん丸くなって消えました。
「-----------」
「-----------」
サーシャ母さんが、母さんに似た生きものと何か喋ってます。
そして、あたしを抱き抱えると
「--------------」
やっぱり、あたしに向かって何か話しかけてきて、そしてどことなく切なそうな、悲しそうな、でも誇らしげで、嬉しそうな顔をしました。
次の日の夕方。
起きてみると、小さい四角の中にあたしはいました。
……ここはどこ?
不安になってサーシャ母さんを呼ぶと、母さんは優しく「プー」って呼んでくれました。
母さんは近くにいるから、ちょっと安心。
それからしばらくして、サーシャ母さんが四角をあけてくれたので、あたしはヒョコっと頭をだしました。
「………!!」
あたしはビックリしました。
だって、ここの匂いは、あたしが本当の母さんと小さいころ過ごした森の匂い。
あのころのあたしは小さくて。ほとんど何も覚えてなかったけど、この匂いだけは覚えてました。
森が、小鳥があたしを呼んでます。
「おかえり。おかえり。おいで、おいで」
あたしは思わず四角から飛び出て、木へと駆け上りました。
……と。サーシャ母さんは……?
「----------!!」
サーシャ母さんは、そんなあたしを見て笑っています。とても誇らしげに。嬉しげに。
……帰ってもいいの?あたしは貴女に本当にお世話になった。
今思えば、なんにも恩返し出来てないのに……?
あたしは思わずサーシャ母さんの元へと駆け戻りかけ、やめました。
あたしが戻ろうとしたら、サーシャ母さんは怒りました。
ずっとずっと優しかったサーシャ母さん。ぬくもりを与えてくれた、大好きな母さん。
あたしは、母さんの怒った姿を見たのは初めてでした。
あわてて、もう一度樹に登ると、サーシャ母さんは笑いました。
そして、あたしに向かって大きく前足を振ると、どこかへ消えて行きました。
――サーシャ母さん。
あたしは、貴女があたしに与えてくれた全てを、一生忘れません。
もし、子供が生まれたら、あたしには母さんが二匹いることを誇らしく伝えたいと思います。
だから、貴女も「プー」という子供がいたということを、忘れないで下さい。
サーシャ母さん、ずっとずっと大好きだよ。本当に、本当にありがとう。
大学の先輩の知人の話からインスピレーション受けました。
その方は、大学でポッサムの研究をされていて、孤児ポッサムを保護→リハビリ→野生に返すというボランティアもされていらっしゃいます。
ポッサムは、親代わりとなって育ててくれた人のことを忘れないそうですよ。