8.外出準備
はやくリア充になりたいもんです。
何度も説得して家にいてもらおうと思った。
どう考えてもその姿じゃ人目につく。
帰ったら美味いもん食わせてやる。
何回も同じこと言ってみたが、美夜は「いや!外を久々に見てみたいのだ!」の一点張り。
一時間しても何一つ変わらなかったので、ついに隼佳が諦めた。
「じゃあ・・・何かで覆わないと・・・」
覆ったところであの体は隠し切れないだろうと悲観的に思いながら、隼佳は風呂場で大きめのバスタオル数枚を手に抱えて戻った。
部屋に入った隼佳の目に入ったのは、美夜がテーブルの上に立っている姿だった。全長三メートルはありそうな体なので、窮屈そうに折り曲げている。
「ん?何してんの?」
「準備だ」
「準備?」
隼佳は首を傾げた。
「ちょっと話しかけるなよ。すぐ終わるから」
そう言って美夜は目を瞑り、何か口早に唱えた。
途端に美夜の体から光が溢れる。思わず隼佳はあっと声を上げると、あまりの眩しさに目を細めた。
本当に一瞬だった。
視線を床から美夜に戻した隼佳は、文字通り固まった。口があんぐりと開く。
テーブルの上に女性が立っている。それも全裸。
長く綺麗な黒髪、色白で滑らかな肌、細い体、完璧に整った顔立ち。
その女が、隼佳に満面の笑みを浮かべた。
「どうだ。これなら目立たんだろう」
素っ裸で何が目立たんだ、と一瞬隼佳はツッコミたくなったが、その女性の声が美夜のものであると気づいて再び驚いた。
「美・・・夜・・・?」
「おうよ」
エッヘンの姿勢をとる。いやいや、それ以前に・・・
「何か着ろよ!」
隼佳は先程から顔を真っ赤にして下を向いている。この二十年間で見たこともないような美貌だ。おまけに胸も結構あるし、なにせ裸である。隼佳だとて一応・・・というか一番盛んな年頃の男である。そりゃあ直視したい。
そんな態度の隼佳が気に入らないのか、美夜はテーブルから飛び降りるとつかつかと隼佳に歩み寄った。
「おい隼佳、なぜ私を見ない?」
「はぁ!?見れるわけないだろ!」
ホントは見たいけど、と心の中で付け足す。
「なんだ。所詮お前も面食いか」
美夜が溜息をつくのが聞こえる。
「悪かったな。だが見苦しいからといって目を逸らすとは失礼極まりない行為だぞ」
「・・・え?」
一瞬隼佳は美夜の言っている意味が解らなかった。見苦しい?どういうことだろう。
「なんのこと?」
「不細工な女だとでも言いたいのだろう?だが私とてこの姿意外に化けることはできんのだ。これで我慢しろ」
「いやいやいや!」
一体何言ってるんですか!?不細工!?どこが!?我慢しろ!?とんでもない!!
心の中でひたすら叫びながらも隼佳は赤く染まった顔を思わず上げて美夜の顔を見つめた。
「全然いいよ!っていうかめっちゃ可愛いし!」
「本当か?」
美夜は不満げに隼佳を見つめた。女の美夜は女性の割に背が高い。隼佳と目線が同じくらいだ。
「本当だって!ていうか、自分のことブスだとでも思ってんの?」
信じられない。誰がどう見ても絶世の美女である。それに本人が気づいていないとは。
「思っていなければ言わん。だが、まあそれならよかろう」
美夜の表情が和んだ。それを見て隼佳の心も落ち着いた。
「もう・・・誤解もいいところだよ・・・あ」
しかし隼佳はあることに気が付いた。
「何か着ろよ!」
隼佳は再び顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「なんだ・・・まったく人間はつまらんことにこだわるな。それを貸せ」
隼佳の手からバスタオルを取ると、美夜は体に巻きつけた。
「ほれ、これでよかろう」
これでようやく隼佳も落ち着いた。
「はぁ・・・」
くたびれた感じで美夜を見やった隼佳だったが、一瞬どきりとした。胸が大きいのでバスタオルで隠しきれてない。谷間がヤバい。
「ほら、もう一つ上に巻けよ」
美夜が「まったく・・・」と苦笑しながらタオルを受け取った。
だがしかし、一体これでどうやって外に出るのか。
竜の姿よりも女の姿の方が美夜は目立たないと思ったのだろうが、バスタオル巻いただけの可愛いネーチャンが歩いてたら誰だって目が釘付けだろう。
「服がないと外には出られないな・・・」
「えー!これなら目立たんだろうに!」
美夜が抗議の声を上げた。
「お前は大げさすぎるのだ」
「全然大げさじゃないよ」
隼佳は思案に暮れた。こうなったら自分の服を着せようか、などと思っていると、傍らの美夜が「おい」と声をかけた。
「この家には女物の服などないのか?」
そういえば・・・と隼佳は気づいた。
ひょっとしたら祖母の服ぐらい残っているかもしれない。いや、もしかしたら母の着ていた服も。
数分後、隼佳は手に夏物の白いワンピースを持って部屋に戻ってきた。箪笥の中に残っていたものである。おそらくは母の子供の時のものだろう。
「ちょっとこれ着てみて」
「うむ」
美夜が隼佳の目の前でバスタオルを脱ぎだしたので、隼佳は慌てて後ろを向いた。背後で美夜の溜息が聞こえた。
「これでいいのか?」
振り向いた隼佳は思わず視線が釘付けになった。
美夜は完全にワンピースを着こなしていた。黒い長髪にワンピースの白がよく映えている。まるでモデルのようだ。しかしこれほどまに完璧な女性、テレビでも見たことない。だが下に何も着ていないというのがやはり気になる。
ワンピース一枚で女の子を外で歩かせるわけにもいかんな、なんて思いつつも、「仕方ない」と呟くと美夜に向き直った。
「じゃ、行くか」
「おう!」
美夜が隼佳の手を掴み、玄関まで引っ張っていく。とてもウキウキしている様子で、美しい顔に普通の女の子のように無邪気な笑みを浮かべている。
その横顔を見つめながら、隼佳は気づかれないように小さく溜息をついた。