6.竜と掃除と酒
一人暮らし先に戻ってきました。死ぬほど暇です。
長期間人の手が入っていなかったためか、祖母の家は荒れ放題だった。
隼佳は取り敢えず窓を開け、置いてあったかなり昔の掃除機で屋敷中を掃除して回った。
家の中をくまなく探すと、本屋のオッチャンが持ってるような埃を取るやつがあったのでそれを使って家具などに積もった埃を取って回る。
次に布団類を干し(2セット)、床に雑巾がけをした。庭に関しては、隼佳はあまり草取りが得意でも好きでもなかったためまた後日することにした。
同年齢の男子の中でも、隼佳はこういったことに関してだけはしっかりしていた。その証拠に、時計が十二時を指すまでに屋敷の中は見違えるようにきれいになっていた。
隼佳がそんな感じで頑張っている一方で、竜は全く何もしてなかった。
家の中では邪魔になると思ったのか、外に出て池のそばに寝そべり、じっと緑色の水底を眺めていた。ただし飯の時間には敏感で、十二時ピッタリに隼佳のところにノソノソとやってきて「メシ~」なんて言う。
隼佳はもうクタクタだったので、仕方なく切り札のカップラーメンに手を出すことにした。
お湯を沸かしカップに入れ、約三分。
「こんなんでラーメンが出来るのか?」
美夜は訝しげにカップのフタをつまんだ。
「うん。だから、フタ開けるなよ」
隼佳はもうとにかく疲れていたので床にだらしなく寝そべっていた。
食い物が絡むと異常なまでに時間が正確になる美夜は、時計も見ずに見事三分きっかりに「もういいのか?」と言ってフタに手を伸ばした。
「うん。いいよ」
よっこいしょと隼佳は起き上がり、自分のラーメンを手繰り寄せた。
横では美夜が「おぉ~!」と歓声を上げている。
しばらく熱を冷ますためのフーフー音と麺をすするズルズル音だけが聞こえた。
やはり、というか、美夜はあっという間に食べ終えてしまった。
「ふー!美味かったな」
お腹をポンポンと叩く。
「でもまだ足りんな~」
やっと完食し終えた隼佳はギクッとして美夜を見つめた。
「あのさぁ、この一か月の食費なんだけど・・・一万しかないんだよ」
隼佳は今更あることに気が付いた。
一人でも一万なんて少ないのに二人(人間一人に竜一体)になってしまって、果たして一か月間生き残ることなどできるのだろうか。
「一万というのは少ないのか?」
「全然足りないよ」
「ふむ・・・仕方ないな」
美夜はついてこい、というと部屋から出て行った。
怪訝そうに隼佳も後を追う。食糧庫にでも案内する気だろうか。
竜はずんずん歩いていき、やがてこの家で一番大きな和室へと辿り着いた。
「さぁ~て問題だ。この部屋に隠し扉がある。どこかわかるか?」
美夜は部屋の真ん中で仁王立ちしてニヤニヤしている。隼佳は部屋を見渡した。
襖が三つ。どれも押入れだろうか。そして窓が一つ。
隼佳の目が止まった。
明らかに不自然なところに掛け軸がある。隼佳はゆっくりそれに近づくと、ゆっくりとめくった。
どんぴしゃ。
「なんだ、面白くないな」
不機嫌そうに美夜が頬を膨らませた。
「この中に何があるんだ?」
「入ってみればわかるさ」
隼佳は掛け軸の裏の穴に足をかけるとゆっくりその奥へと体を潜り込ませた。
真っ暗。唯一の光源といえば、入ってきた穴だけだ。
「よっこいしょ」
美夜が後から入ってくる。やがて掛け軸が壁に張り付き、完全に暗くなる。
「人間にはこんな暗さじゃ見えんか」
瞬間、部屋に人魂が幾つも現れる。
「うわぁぁぁ!」
隼佳はもうパニックである。
「おいおい落ち着け!私の術だ。こうしたら見えるだろう」
それを聞いてふう、と息をつくと、隼佳は改めて部屋を見渡した。
そこそこの広さがあった。祖母が息を引き取った部屋と同じくらいはありそうだ。
そして、壁際に並べられているのは・・・。
「樽?」
「おうよ。中身は何かわかるか?」
隼佳はなんとなく嫌な予感がしたが、取り敢えず首を横に振る。
美夜はどこからともなく一升瓶を取り出すと(これで隼佳の予感は確信へと変わった)、樽から出ているコックをひねり、出てきた液体を瓶の中へと注いだ。
それを、二本。
「よし、出るぞ」
「これで食費の負担も減らせるだろう」
「・・・」
再びさっき食事をした部屋。テーブルの上には一升瓶二本。
「美夜、これって・・・」
間違いない。竜がコップに瓶に入った液体を注ぎだして、隼佳は嫌な予感が完全に的中したことに気が付いた。部屋にきついアルコール臭が充満する。
「お前も男なら、差し出された酒を断るような真似はするなよ」
美夜はニヤリと笑うと、自分のコップにも酒を注ぐ。
隼佳は二十歳である。というのも、浪人生だからである。従って、法律上酒は一応飲める。
コップに注がれた透明な液体。どう見ても焼酎である。
「よし、では私と隼佳の出会いに」
そう言って美夜は自分のコップを持ち上げた。隼佳も倣う。
「乾杯!」
ガチャン、とガラスのぶつかる音が部屋に響いた。
いやいやながら隼佳は口をつけた。別に酒に弱いわけではないのだが、好きという訳でもなかった。
隼佳は半分くらい飲むと、コップをテーブルに置いた。そして目の前の竜を見る。既に二杯目を注いでいるところだった。
「おいおいどうした?もう終わりか?」
まだ飲み終わってもないのに隼佳のコップに酒を注ぐ。
「いや、この一杯でもう止めとく」
「なぜだ!」
「なぜって・・・」
「私が嫌いなのか?」
「いやいや!そうゆうことじゃなくって・・・今からまだやることあるし・・・」
「私と酒を飲むこと以上に大切なこととはなんだ?」
おいおい、これではその辺の酔っ払いとなんら変わりないのではないか。
隼佳は自らのコップに三杯目を注ぐ美夜を見て溜息をついた。
竜は蛇のように鋭い(鋭かった、とした方が適切か)大きな目を今では酔いが回ってトロンとさせていた。
「フフフ・・・酒というのはいいな。ぽかぽかしてまるで宙に浮いているかのようだ」
最初に会ったときのあの尊厳に満ち溢れていた態度・容姿は一体どこに行ったのか。というか、実際、竜の体は宙に浮いていた。
「うわわわわ!」
隼佳は慌てて美夜を引き戻した。
「ちょっと!ホントに浮いてるって!」
「なんだ?私に抱き着くとはいい度胸だな」
美夜がフフフと笑った。
「いや!そうじゃなくって・・・」
隼佳は慌てて美夜から手を放した。もう浮かなかった。
「ウフフフ・・・照れるなよ。それより飲め・・・玄真はもっと飲みっぷりがよかったぞ」
だから玄真って誰だよ、と思いつつ、隼佳は自分のコップを煽った。
「それでいい」
美夜はそう言うと、四杯目を注ぎだした。
「よし、もう一度乾杯といくか。こんどは一気に飲め・・・」
美夜は隼佳のコップに酒を注いだ。
もう、こうなったらヤケだ。この竜を潰してから掃除の続きをしよう、と隼佳は心に決めた。
ガチャン。二度目の音が響く。
結局その日の午後、隼佳と美夜はぐでんぐでんに酔い潰れてしまった。隼佳のお掃除計画に狂いが生じたのは言うまでもない。