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5.二人暮らしはじまる

竜の名前なんですが・・・

「美夜」の読みはミヨではなくミヤです。

早朝六時。隼佳はふと目を覚ました。

一瞬天井を見つめてボーっとした後、隼佳は自分の胸の上に何かが圧し掛かっていることに気が付いた。

そっと顔を右に向けると、思わず声が漏れそうになる。目の前に幸せそうに眠りこけている竜の顔があった。隼佳が昨晩かけてやった掛布団は部屋の隅に追いやられ、きれいにとぐろを巻いて寝ていたはずだった美夜も腹を上にしていわゆる“服従のポーズ”で気持ちよさげに寝息を立てている。

もう少し寝よう。そう思ったのだが、目が覚めてしまうとなかなか寝付けない。胸に乗っかっているのは美夜の尾らしく、あまり重くはないものの眠りの妨げとなるのもまた事実であった。

結局考えた挙句、美夜を起こさないようにそっと部屋を後にし、洗面所に向かった。

祖母の家には洗面所が二つある。台所の横と一番東である。

台所横の洗面台の蛇口をひねると、勢いよく水が出た。地下水を汲み上げているらしく、かなり冷たい。

顔を洗うと、お次はカーテンである。

夜間閉めていたカーテンを次々と開け放していく。屋敷の中に太陽の光がさんさんと降り注ぐ。今日もいい天気だ。セミの鳴き声がとてもうるさい。

そのまま台所に行くと、冷蔵庫を開けて材料を取り出す。

今回、本当は隼佳と母の二人で祖母の家に泊まるはずだった。しかし一週間前、母に重要な仕事が入ってしまい、隼佳が単身でここに来たというわけだ。ちなみに重要な仕事とは、海外出張のことである。

母が叔父に頼み、最小限の食糧、材料を用意するようお願いしていたため、野菜や肉、飲み物などが冷蔵庫の中に入っていた。まったく、母に感謝である。ただし、母も隼佳も一週間の滞在だと聞いていたため、一か月の備蓄はむろんない。

取り敢えず、と隼佳は卵とベーコンを取り出し、手早く料理する。インスタントのコーンスープもあったのでそれなりな朝食ができた。これで(昨日美夜に食われた)パンがあったら完璧だったのだが。

「おお、メシか」

いつの間にか台所に竜がやってきていた。鼻をクンクンして「ほほう、いい匂いだ」なんて呟いている。

「そっちに持っていきますんで、向こうで待っててもらえます?」

「わかった」

隼佳はお盆にのった大きな皿に料理を載せ、台所を出た。

台所から少し廊下を進むと、やがて右手にちょうどよい大きさの部屋があり、大きなテーブルもあるので食事ができる。昨日隼佳が夕飯を食べたのもその部屋だ。

既に美夜がお行儀よく着席して隼佳を待っていた。

「卵とベーコンだけですけど・・・」

「構わんよ。そんなことより早く食いたい」

「はいはい」

せっかく行儀よく待っていたのに、食い物が目の前に出ると竜の目の色が変わった。

大皿にのった目玉焼きの山に口を突っ込んでムシャムシャしだした。

これでは隼佳の分がなくなる。隼佳は急いで目玉焼きを一枚自分の皿に投げ入れると、ベーコンを一塊箸でつまんで最小限の朝食は確保した。

五枚も用意した目玉焼きが一分後には皿から消えていた。

竜は次にベーコンに目をつけるとガブリと丸呑みにしてしまった。

「ふう。私はこちらの方が好きだな」

もぐもぐしながらそんなことを言う。やはり竜は肉食か。

「あの・・・美夜さんはなんであんなところに居たんです?」

コーンスープのカップを持ちながら隼佳は尋ねた。

「なに、話せば長くなる」

あまり興味がない感じで美夜は答えた。

「私はこの家の護り神でな。深条と名のつく者たちを約八百年守ってきたのだ」

隼佳はコーンスープに咽た。

「は、八百年!?」

「おう。私が仔竜だったころなど、まだ人間たちは頭にチョンマゲだったぞ」

はっはっはと美夜は豪快に笑う。一方の隼佳は驚きを隠せない。

おいおい本当かよ。ちょうど鎌倉時代あたりだろ。

「今の時代というのは、実に便利になったものだ。眠っているのが惜しいとすら思えてくる。この家だとて随分変わったものだ」

「へぇ~・・・」

それにしても、と言って竜は手でコップを掴んでは離す、という動作を繰り返している。

「熱いな。これでは飲めん」

「冷やすんですよ。こういうふうに」

隼佳が自分のコップをフーフーして見せた。

「なるほどな」

美夜は息を吸い込むと一気に息を吐き出した。

まったくもって一瞬だった。美夜のコーンスープはコップごとカチコチに凍りついていた。

「えええっ!?」

なにウソ!?と隼佳はコップを凝視する。完全に氷で覆われている。

「あ~まだ勘が戻らんな。ちょっと冷えればちょうど良いと思ったんだがな」

残念そうに竜は顔をしかめた。

「こんなことができるんですか!?」

隼佳はもうびっくりだ。一体どんな手品を使ったのだろうか。

「こんなものお茶の子さいさいよ」

美夜は胸を張った。

「炎、氷、雷、主な属性の術はほとんどマスター済みだ」

「へぇ~!」

隼佳の反応に気分を良くしたのか、美夜はニヤリと笑みを浮かべた。

「そうだ!お前は深条の人間だ。今日より私を美夜と呼んでよろしい」

「・・・え?」

咄嗟のことに隼佳は少し瞠目した。

「なんだ、気に食わんか。なら“美夜ちゃん”でもよいぞ」

美夜は人の悪い笑みを浮かべた。

いやいや、隼佳はかぶりをふった。

「いやいや、最初の方がいいな」

そう言って、隼佳も目の前の美しい竜を見て笑った。

「これからよろしく、美夜」

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