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2.初日、そして恐怖の夜

「こんにちは~」

だれがいるわけでもないのに声を出してみる。

「おじゃましま~す」

靴を揃えて上り込む。それにしても暗い。

隼佳は家の中をくまなく回り、雨戸という雨戸を開放した。家の中は少し湿気臭く、家具類には埃が厚く積もっていた。

それにしても広い。

隼佳は驚かずにはいられなかった。

慣れない廊下を歩きながら、部屋を横切りながら、つくづく祖母の孤独を憐れんだ。

こんな家に一人でいたのだろうか、と思うとあまり交流のなかった祖母のことがかわいそうに思える。

全ての戸を開け放つと、お次は仏壇である。

数枚のモノクロ写真のご先祖様が見下ろす中、隼佳は豪奢な仏壇の前に正座すると、置いてあったマッチを手に取り火をつけようとした。

湿気ているのか、火が付かない。

躍起になってマッチをこすったが、駄目だった。結局折れた数本のマッチ棒をマッチ箱に戻し、チーンと鳴らして手を合わせた。

初日の午後は、そんな感じだった。

夕方、家から持参した菓子パンを頬張りながら、隼佳は携帯電話でワンセグを視聴していた。

ふと着信音が夕日の漏れる部屋に鳴り響いた。叔父からだった。

「あーもしもし?」

「おう、元気でやっとるか?」

さっき会ったばかりだろ、と心の中でツッコミながらも、あ、はい大丈夫っすと答えた。

「ならいいんだが。何か困ったことがあったら俺に電話してくれよ」

次の叔父の言葉が隼佳を絶句させた。

「じゃあ一か月のサバイバル頑張れよ」

隼佳は持っていたクリームあんぱんを落とした。

「一か月!?」

「あれ?言ってなかったか?」

言ってない言ってない。一週間と聞いていた。そのことを話すと、叔父は豪快に笑った。

「はっはっは!間違えちゃったなーいやースマンスマン。でももう大学生なんだ。ちゃんとやれるだろ?」

もう大学生だから大丈夫だろ、なんて言われたらいいえ無理ですとか言えない。だが一週間と一か月を間違えるなんて笑えない冗談だ。完全にヤラレた。

「じゃあな~」

隼佳が電話に意識を戻した時には既にプーッ、プーッ状態だった。

いやいやちょっと待て。よくよく考えたら無理だろ。着替えは洗濯すればよいが食い物はどうする。近くに店があるようには思えない。来る途中あまりの田舎っぷりに爽快感を覚えたほどである。

急いで叔父の電話に掛け直したが、出ない。

(何が困ったことがあったら電話しろだばかちん!)

内心無責任な叔父を呪いつつ次に母に電話した。が、出ない。兄妹そろってあんまりだ。

隼佳は車の中で叔父からもらった『生活資金』の入った封筒を取り出し、中身を確認した。

再び絶句。

封筒から出てきて隼佳をじっと無表情で見つめ返していたのは、諭吉さんただ一人だった。

近くに店がないのに、これでは買い出しにも行けない。これで一か月はさすがに厳しく思えた。おまけに旧一万円札である。なんでこんなものを今まで持っていたのか。

結局不安な夜を過ごすことになった。黴臭い布団の中で、隼佳は今後のサバイバル生活を案じて途方に暮れていた。この孤独に果たして一か月も耐えきれるだろうか。

枕元には今回唯一のパートナー、諭吉さんを置いた。あだ名をつければこの心細さも薄れるかもと思い、『ゆっちゃん』と名付けた。結局自分のネーミングセンスのなさを自覚してブルーになっただけだった。

奇妙な音が聞こえたのは夜中の二時過ぎであった。

布団の中で携帯電話をいじっていた隼佳は一瞬動きを止めた。最初は気のせいだと思っていたが残念ながらそうではないようだ。

隼佳はかなりの怖がりだった。ホラー映画を見るのは好きだがその後一週間はよく眠れない。寝ようとしたら頭に残った怖いシーンが自動的に回想されてしまうのだ。それもかなり鮮明に。まったく困った話である。

隼佳は布団から出ていた足を引っ込めた。こういうのは一番苦手だ。ましてやいまこの空き家にいるのは隼佳ただ一人なのである。条件は見事にそろっている。あとは足音が聞こえれば完璧だ。だが当の本人にはそんな余裕がない。もうガクガクブルブルである。

きっとネズミだ、きっとネズミだ、と呪詛のように心の中で呟く。

ガタガタガタ。

音はだんだん大きくなっていく。足音が聞こえないのがせめてもの救いだ。

ついに隼佳の我慢の限界点を超えた。一か八か、勢いよく布団を脱ぎ捨てると急いで照明のスイッチを押した。

部屋に明かりが灯る。そこにいたのは隼佳ただ一人。いや、ゆっちゃんもいるので二人。

何も変化はない。耳を澄ませると、相変わらず遠くであの物音が聞こえる。方角からして家の西、奥の座敷だ。

(まさか、おばあちゃん・・・)

隼佳は恐怖に慄いた。よくよく考えれば、その座敷は祖母が息を引き取った場所だ。

怖い。怖すぎる。よくある怖い話のまんまだ。

赴くか、待つか。

一瞬の思考の後、隼佳は部屋の戸を開けた。前者を選んだ結果だった。

手に家から持参した懐中電灯を持ち、片っ端から家中の電気をつけていった。怖さが幾分和らいだがそれでも音源に近づいているということもあって安らかとは程遠い。

やがて問題の座敷の前に辿り着いた。やはりこの中のようである。

隼佳は懐中電灯を持ち直し、ポケットに入れた旧一万円札を軽く触ると勢いよく座敷と廊下隔てていた襖を開け放った。

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