10.日常
昨年の夏に書いた小説の続きを書き始めました。この夏休みで完結できるよう頑張ります!!
暗い部屋の四隅に青白い明かりが灯った。時を同じくして、部屋の中央に静かに腰を下ろしている竜の手元の円状の陣が同じ具合に発光を開始する。やがて円から始まり、その周囲約1メートルにかけて光の筋が複雑な陣を描いていく。数秒後、動きを止めた光は尚輝き続け、竜の白い顔を尚白く浮かび上がらせる。
円の中心には、美夜が隼佳と買い物に行った際、強引に買わせたあの金属製のネックレスが置かれていた。
「よし」
一人呟くと、隼佳は何やらもごもごと牙の並んだ口から呪詛をささやき始めた。その間、光は当初の青白いものから、緑やら黄やら赤やら様々な色彩を見せた。
それが約5分、続いた。
やがて紫色の輝きを最後に、光はだんだんと弱まり、やがて消えた。残った光源は部屋の四方の明かりのみだ。
竜は満足げに口を歪めて笑みを浮かべ、ネックレスを自らの長い首の根元に着けた。ほんの一瞬だけ、ネックレスの先端のガラス細工が青く発光したのを見て、美夜は自分の術が成功したことを悟った。
(頼んだぞ)
美夜の心中の囁きに応えるかのように、ネックレスが再び青く煌めいた。
あの買い物騒動から数日経ったある日のことである。
「うわぁ~!」
朝早くから隼佳の歓声が家に響き渡った。
「なんだなんだ?」
半開きの目を擦りながら眠たげな竜がのそりとその場に現れた。
「ん?何だそれ」
美夜は隼佳の前の大きな段ボール箱を指差した。
「本部からの救援物資」
「キューエンブッシ?」
「そうそう」
隼佳は女性司令官(母)の顔を思い浮かべて感謝の念を抱かずにはいられなかった。
中をごそごそと漁ってみる。隼佳の要求通り、食材がかなり入っている。残念ながらPS3は入っていない。傍らで見ていた美夜も、途中からこの作業に加わり、「おぉ~」とか「ほほぉ~」とか繰り返している。
この量なら、頑張れば1か月持ちこたえられそうだ。
「ふふふ、これでいんすたんとらーめんとやらともおさらばだ」
美夜がキャベツを手に抱えて勝ち誇ったように言った。最初のころはインスタント食品に夢中だった美夜だったが、さすがに毎日近く食べていると飽きたようである。
「隼佳、ゴチソー作ってくれよ」
「ええっ…お前分かってないなぁ」
美夜の発言に隼佳は顔を曇らせた。
「残り約3週間、これで生き延びるんだから御馳走なんて言ってられないよ」
「な、なにぃ!?」
美夜が衝撃的かつ悲壮感を滲ませた叫び声を上げた。
「お前、まさかこの草の塊一つで1日を過ごせと言うつもりか!?」
手に持ったキャベツをジロリと睨むと隼佳に詰め寄った。
おいおいおい、と隼佳は呆れたように笑った。
「ちゃんと料理すればかなりの量になるよ、それ」
全国のキャベツ農家に失礼だぞ、と隼佳は付け加えた。
「ん…まぁ美味いもんが作れるならいい」
美夜はまだ納得がいかない様子でキャベツを睨んだ。こんなものがどう美味しく頂けるというのかとでも言いたげだ。
「まぁキャベツはそれくらいにして、美夜、これ台所まで運ぶの手伝って」
隼佳は美夜からキャベツを奪うと散らかった他の救援物資と共に段ボールに入れ直した。
「ああ、そういえば隼佳、お前に一つやってもらいたいことがある」
「え?」
段ボールに手を掛けた姿勢のままで、隼佳の体が止まった。
それを見た美夜がふふふ、と笑った。
「なに、別に大したことじゃない。取り敢えずその草の塊とかを直してから話す」
「キャベツだってば」
「で、何?やってもらいたいことって」
「うむ」
冷蔵庫に収まりきらないほどの食材を強引に収めた後、二人はいつもの食事部屋でテーブルを挟んで向かい合った。
「お前に取ってきてもらいたいものがある」
美夜はいきなり立ち上がると、ついてこい、とだけ言って部屋から出た。
あまりに唐突だったので、隼佳は驚いて美夜の後に続いた。
「何考えてんの?」
隼佳は怪訝そうに美夜の顔を覗き込んだ。
「まぁ、簡単なテストだと思ってくれ」
「テストねぇ」
一体何をやらされるのかと思いながら、隼佳と美夜は家の外に出て屋敷の裏に回った。
美夜は裏の雑木林の中に伸びる細い獣道を指差すと、「着いてこい」というように隼佳に目配せした。それに隼佳は倣い、竜と共に木々の鬱蒼と茂る林に足を踏み出した。