なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
やさしい国の、やさしい婚約破棄、でも死刑。
あるところに、平和なやさしい国がありました。
ある日、そんな国で舞踏会がありました。
楽隊が奏でる音曲が鳴り始めて、さぁこれからというところで、その時点で王太子殿下とみなされていた者が叫んだのです。
「婚約破棄だ!」
もちろん王太子殿下は、婚約破棄をする相手の名前をおっしゃったのですが、ここで個人名を出してしまうと、婚約者であった方の名誉が傷つくかもしれないので、伏せさせていただきます。
そして王太子殿下の腕には、いかにもふわふわで綿菓子みたいな女の子がぶらさがっておりました。
「そして真実の愛と結婚する!」
真実の愛は男爵令嬢だったそうですが、こちらも家名は伏せさせていただきます。
ここで男爵家の名前を出せば、その家の子々孫々までもがいわれなき不名誉をかぶってしまうかもしれないからです。
列席者たちは、彼らを気の毒なものとして見つつ、礼儀正しくささやきあいました。
「しかたないですね。殿下は昔から、少々お頭が虚弱でいらして……しかも授業を受けられないという気の毒なご病気がおありだとか」
「殿下の婚約者がいじめなどするわけがないではないですか。そんなことも判らないとは……なんという気の毒な方か」
「宴にわざわざ水を差す騒ぎなど起こす必要はなかったでしょうに……婚約解消というまともな手段があることすら判っていなかったと見えますな……文字が読めないとは哀れな」
「あの男爵令嬢も、こんな程度の細工で冤罪をかぶせられると思うくらい弱い頭のもちぬしなのですな……かわいそうに」
「そう言ってやるな、これでもあの二人はせいいっぱい考えたに違いない。その努力は認めてあげなければ」
列席者たちは、なぜか怒り狂っている王太子と怯えている女の子に対して、あたたかい拍手を送ります。
婚約破棄された御令嬢も、ひかえめながら拍手しております。
みなさま、なんというやさしさ! これぞやさしき国の美風。
あたたかい拍手で包まれた会場に、王様と王妃様が憂いに満ちた溜息をつきながら入場なさいます。
やさしく慈悲深いおふたりは、お頭がかなり嘆かわしい殿下を、辛抱強く教え導こうとしていらしたのですが、その全ての思いやりが徒労であったということが誰の目にも明らかになってしまったのですから。
慈悲深い王様は、あわれみと哀しみのまなざしを王太子殿下と女の子に向けると、
「親としては認めてやりたいが、愚かなお前を平民にしては命をつなぐことさえできまい。気の毒なことだ」
王妃様も、そのうつくしいお顔を哀しみに染めて、
「お前は昔から、呼吸をするのすら難しいだろうと思うくらい頭が気の毒でしたものね……」
王様も続けます。
「王太子と結婚さえすれば、ぜいたくな生活ができるなどと考えている気の毒な頭の者も、これから先、まともな人生はおくれまい」
王妃様は歌うようにおっしゃいます。
「ふたりとも、ただただ頭のつくりが不調法なだけだったというのに……人生とは理不尽でままならないものですわね」
王様は侍従から、青く澄んだ色をした薬瓶を受け取ると、王太子と女の子に示しました。
「ふたりとも、これを飲みなさい。わたしがお前たちに贈ることが出来る最後のプレゼントだ」
それは毒薬でした。
瓶には『飲むと死んでしまう液体です。ですがこの液体に罪はありません。そういう物質だからです』というラベルが張ってあります。
ここはやさしい国なので、『毒薬』とレッテルを貼るとその物質が傷つくといけないので配慮されているのです。
夜会にいならぶ臣下たちは、王様のお慈悲に感動しておりました。
あちこちから涙声や、泣きむせぶ音が、湧き出してきます。
婚約破棄を宣言されて傷つけられたばかりの御令嬢まで、感涙にむせんでおります。
そして誰からということもなく、ひとつのささやきが広がっていきました。
「さすがは陛下。やさしさの国のなかでも輝くやさしさ。すばらしきやさしき裁き! やさしきかな! 至高のやさしきかな!」
陛下の慈悲深さを示す逸話はあげればきりがありません。
向こうの誤解が原因で討たざるを得なくなってしまった相手に対しても、苦しませずに一撃で現世から退場させる慈悲あふれた陛下。
悲しい意見の相違から地上から消すしかなかった国に少数の者が残っていれば、肩身が狭い思いをするはめになるだろうと、涙をこらえつつ丁重かつ丹念に一人残らず来世へお送りになる慈悲深い陛下。
どんなに貧しい者からも、息はできるほどの税しかおとりにならぬ陛下。
彼らは、そんなやさしい逸話がまたひとつ増える現場に立ち会っているのです。
「こんなにもやさしく慈悲深い陛下に治められているとは、なんとしあわせな国でありましょう!」
ですが、王太子はかなしいくらいお頭が乏しくていらっしゃいました。
王様の慈悲深い裁きに対して、口汚くなにかわめいています。
『オマエタチハクルッテイル! ミンナクルッテイル! コンナノハヤサシサデハナイ!』
真実の愛である女の子はまっさおになって床に座り込んでいるばかりです。
王様は大いにお嘆きになりました。
「ああ、おまえたちはこれを自分で飲むこともできないのか。腕の動かし方すら判らぬとは……」
王妃様は王様の嘆きを慰め、
「彼らは陛下のおことばが理解できないのです。人語を理解しない彼らは、人の形はしておりますが人ではないのでございましょう」
王様の目から滂沱の涙が溢れました。
「ああ、わたしは間違っておった。私と愛しき妻の愛から生まれ、人の形をしているから人だと思って教え導こうとしてきたが、人でないのだからそのような扱いを続けたわたしが間違っていたのだ。お前を人扱いしていた愚かなわたしを許しておくれ」
会場の臣下一同が感涙にむせびました。
王様が自らの誤りをお認めになった。
王ともなると誤りを認めぬのが普通。なのに我が王はお認めになった!
なんという心のうつくしさ!
ですが、気の毒な動物は、そもそも人語が判らないので、目を吊り上げてわめくばかりです。
『ツゴウガワルクナルトアイテハドウブツカ! イツモキサマラハソウダ! サイテイダ! キサマラハニンゲンノナカデモサイテイダ!』
「わたしが飲ませてあげよう……これは、この年までお前を飼っていたわたしがやらねばならぬことだ」
『オマエニナドコロサレルモノカ! オレハサイゴマデ――』
甲高い声で鳴き、暴れようとした動物でしたが、王様の慈悲深く鍛えられた筋肉に押さえつけられ、ぴく、とも動けなくなりました。
王様は、哀れな動物の鼻をおつまみになると。
その口へ『飲むと死んでしまう液体です。ですがこの液体に罪はありません。そういう物質だからです』を流し込みました。
動物の、喉がうごき。
白目を剥き。
王様の腕のなかで、少しだけ痙攣して動かなくなりました。
その隣では、王妃様が哀しみにお顔をゆがめながら、もう一匹の哀れな動物の鼻をつまみ、頭をやさしく抱きしめて。
「気の毒な動物よ。来世ではふさわしい場所へ生まれかわりなさい。ですが二度と人の形で生まれてはなりませんよ」
そう言い聞かせながら、その口へ『飲むと死んでしまう液体です。ですがこの液体に罪はありません。そういう物質だからです』を流し込みました。
こうして、慈悲深くやさしい国王陛下と王妃殿下の、やさしきさばきは行われたのでした。
臣下たちは、おふたりの慈悲と苦渋の決断に涙を流しました。
この夜、婚約破棄はありませんでした。
王太子と言うものがそもそも存在しなかったからです。
動物が王太子であったはずがありませんものね。
2匹のお墓は作られませんでした。
それは。
「お墓などあったら『ここに間違って人間として育てられた動物とその真実の愛が眠っている』と後世でも辱められるだろう」
という御慈悲からでした。
ですから、どこに埋められたかすら誰もわからないのです。
丁寧にちいさくされて、そっと海へ流されたという話もありますが、その末路については誰も話しません。
例えそれが人でなかったとしても、亡くなった命を鞭うつような真似は、慈悲の心にもとるからです。
やさしい国では、どんな存在に対しても配慮されているのですから。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
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別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




