毒紫の添削者ブランシュ 〜S級パーティーの戦績、全て誤字として削除(デリート)いたします〜
「――クビ、ですか? カシウス・フォン・ヴォルグリード様」
それが、エルドラド聖王国第一王子であり、S級パーティー『黄金の獅子』のリーダーである彼へ、私が返した最初の言葉でした。
「ああ、そうだ! ブランシュ、お前のような読み書きしか能のない女が、我ら最強のパーティーに居座るなど、他国の笑いぐさだ。これからは聖女ミリアが『聖なる祈り』で我らを癒やす。不気味なペンと毒々しいインクしか持たぬ女は、もう見たくもない!」
ギルドの酒場に、カシウスの傲慢な声が響き渡ります。彼は私が夜を徹して修正してきた活動報告書を、ゴミのように床へ投げ捨てました。
「お前の『添削』なんてスキル、銅貨一枚の価値もない。ミリアの回復魔法なら、一回で金貨百枚分の価値を生むんだよ。分かったらさっさと消えろ!」
周囲の冒険者たちが下卑た笑い声を上げます。ですが、私は悲しむ代わりに、汚れ一つない白手袋をゆっくりと整えました。胸に去来するのは、長年付き合ってきた「酷すぎる下書き」を、ようやく破棄できるという清々しい解放感。
「左様でございますか。……価値、ですか。カシウス様、あなたは私の『添削』が、ただの字を直すだけのものだと思っておいでだったのですね」
私の足元で、影がどろりと蠢きました。這い出たのは、無数の眼球を埋め込んだ黒い羽ペン――守護精霊『原初の修正者』。そのペン先からは、世界そのものを腐食させる毒紫のインクが滴り落ちます。
「では、きちんと清算いたしましょう。私がこれまで積み上げてきた、嘘まみれの『戦績』。すべて正しい現実に、書き換え《デリート》させていただきますわ」
私はペンを横一文字に振るいました。
「――『ログ・エディット』、起動」
ギギギギギギィッ!!
空間が悲鳴を上げ、カシウスの「S級冒険者証」が巨大な黄金の板となって出現します。刹那、邪神のペンがその輝きを毒紫のインクで無慈悲に塗り潰しました。
【世界記録を修正します】
●討伐対象:古の火龍 (ファイヤードラゴン)
【修正前】:伝説の火龍を、カシウスが聖剣の一撃で討伐。
【毒紫の添削】:~~古の火龍~~ → 『干からびたトカゲの死骸』
【注釈】:ブランシュがログに「ドラゴン」と誤記修正を加え、さらに攻撃ログに「致死量」という注釈を強引に追記することで、無理やり報酬を捏造していました。
●実績:魔王軍の軍勢を一人で壊滅
【毒紫の添削】:~~独りで壊滅~~ → 『道に迷い、勝手に自爆した魔物の死体を拾っただけ』
【注釈】:ブランシュが彼らの「幸運値」を添削し、奇跡を無理やり発生させていただけです。
「な、なんだこれは……! 俺の伝説が、トカゲだと……!?」
カシウスが絶叫します。ですが、添削(現実)は止まりません。毒紫のインクを浴びた彼の「伝説の聖剣」は、ただの錆びた鉄くずへと崩れ落ち、豪華な魔力鎧は薄汚いボロ布へと書き換えられていきます。
最後に、板の右下にドロリとしたスタンプが叩きつけられました。
【最終判定:ランクF(無能・詐欺師)】
【処分:全報酬の返還義務、および永久追放】
「うわあああ! 俺の装備が! ステータスがあああ!!」
カシウスの悲鳴をよそに、私は優雅にギルドの扉へと歩き出します。背後では、今まで彼を「英雄」と崇めていた冒険者たちが、殺気立った表情で彼を囲んでいました。
「お幸せに、カシウス様。……あ、お伝えし忘れていましたわ。あなたの人生、私の添削がなければ――」
扉に手をかけ、最高に「きちんとした」微笑みで振り返りました。
「『ただの一行の価値もない、空白のページ』でしたのよ?」
毒紫のインクが、私の去った跡を美しく、そして残酷に染めていく。私は一度も後ろを振り返ることなく、闇の中へと消えていきました。
ご一読いただきありがとうございました。「白」を汚すような「毒紫」のインクで、嘘まみれの英雄譚を塗り潰す快感。そんなイメージから生まれた物語です。
ブランシュにとっては、最強のパーティーも、伝説の武器も、ただの「書き損じ」に過ぎなかったのかもしれません。皆様の中に、少しでも「毒紫の余香」が残れば幸いです。




