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真夜中の給湯室 ~深夜残業のオフィス怪談~

作者: 橘 紫蘭
掲載日:2025/11/28

カッチコッチカッチコッチ…


「…暇だな…」


「…暇ですね…」


 俺…幸田高敏…と、後輩…松本冬香…は呟いた。時刻はさっき22時を回った所。ふたりで残業の真っ最中だった。


「…仮眠しちゃいましょうか…」


「…今仮眠すると、本気で寝ちゃいそうだから、止めた方が良いぞ…」


「…そうですね…」


 残業なのに暇なのには、少し訳がある。俺達に課せられた業務内容は「待機」。出張に出た同僚がトラブルを起こして、俺達ふたり以外は応援に行っている。ふたりだけ残っているのは、「課に誰もいなくなってしまうのはまずい」との課長判断だった。しかし、いつどうなるか分からないので、決着が付くまで待機していてくれとの命令だった。


「センパイ、まだ仕事残ってますか? ボクの手持ちは全部終わっちゃってますけど…」


「俺も全部終わってるよ。時間潰しに、さっきまでやってたからな。」


「そうすると、本当にやる事無いですね…」


「…そうだな…」


 冬香は大学時代からの俺の後輩で、学生の頃からふたりきりになると「センパイ」「ボク」という言葉遣いをする。とは言え、ちゃんとTPOは弁えていて、普段は「幸田さん」「私」という言い方をしているから、俺も特に咎めてはいない。


カッチコッチカッチコッチ…


「…そうだっ!」


 突然、冬香が大声で叫んで、椅子から跳ね起きた。そして、目をキラキラさせながら俺の所にやって来た。


「センパイ、こんな話知ってます? ここで昔起こった事らしいんですけど…」


 どうやら、何か暇潰しを思い付いたらしい。話出しからすると、笑い話か怪談か? まあどちらでも、この無為な時間を潰せるのならば、大歓迎である。


「ん? どんな話?」


「この階の給湯室に、幽霊が出るらしいんですよ。」


「給湯室… …って、そこの?」


 そう言って、俺は部屋の一角を指さした。


「はい。何でも、20年前に男の人に捨てられた女の人が、夜中の2時頃に給湯室で自殺しちゃったとか…」


 …20年前? それって… …いや、しかし…


「そ、そんな事が… …そ、それで?…」


「それでですね、その女の人は、まだその男の人を恨んでいるみたいなんですよ。それで、その時間に男の人が給湯室に行くと、その男の人と間違えて首を絞め…」


「冬香っ!!」


「きゃっ!?」


 俺は大声を出して、冬香の両肩を掴んだ。突然の事に、冬香は目を白黒させている。その目を覗き込んで、俺は…


「その話、どこで聞いた!?」


「えっ?」


 冬香に問い質していた。まるで、詰問するかの様に…


「その話、いつ、どこで、誰から聞いたんだ!?」


「え、ええっと… 先週の金曜日に、美玖ちゃんと梓ちゃんと女子会を開いたんですけど、その時に美玖ちゃんから…」


「…そうか… …もう、そんな所まで…」


 俺はそう言って、冬香の肩に手を掛けたまま俯いた。肩が震えるのを押さえ切れない。そしてその震えは、腕を通して冬香にも伝わっていた。


「…センパイ?…」


 震えは段々と強くなる。さっきから頑張って声も噛み殺していたが、それももう限界だ…


「…ぷっ… …くくっ… …あははははっ!!」


「センパイっ!!」


 そこまで来て、やっと冬香はからかわれた事に気付いた様だった。


「いや、ゴメンゴメン。ちょっとふざけたら、思いの外はまっちゃって…」


「まったくですよぅ… ブゥ…」


 そう言って冬香は、プゥッと頬を膨らませた。普通は社会人がこういうブリッ子的な事をやるのは見ていて気持ち悪いが、何故か冬香の場合だと、嫌み無く可愛く見えてしまうから不思議だ。


「でも、もうちょっとリアリティが欲しかったな。」


「リアリティ?」


「だって、このビルが建ったのは10年前だぜ? だから20年前って時点であり得ないって。」


「あっ、そうですよね。」


「それに、このビルが建ってから自殺騒動も起こって無いよ。」


「そうなんですか? あ~あ、聞いた時は怖いって思ったのにな…」


 冬香は、ちょっとガッカリしたみたいだった。とは言え、聞いてても別に怖くない、在り来たりな怪談だったな… 冬香が怖いって感じたのは、冬香が恐がりなのか、話し手の美玖さんが上手だったのか…


「でも、ちょっとは気が紛れたよ。ありがとな。」


「ボクもですよ。凄くビックリしちゃいましたけど。」


「あはは、ゴメンな。そういえば、怪談と言えばひとつ知ってるんだけど、聞く?」


「凄く聞きたいですっ!」


 途端に、冬香は食い付いて来た。どうやら、そんなに恐がりでは無さそうだ。


「よし、それじゃあ始めるか。とある男が自殺しようとして、自殺の名所である心霊スポットの九神峠に…」


…………………………………………………………………………………………………………


カッチコッチカッチコッチ…


「…暇ですね…」


「…暇だな…」


 一通り怪談を話し終わると、再び無為な時間が襲ってきた。課長からの連絡はまだ無い。俺はこっそりと欠伸を噛み殺した。 …ちょっとリフレッシュでもするか…


「よっ、と…」


「…センパイ?」


「コーヒー淹れてくるよ。」


 俺は席を立ちながら、そう言った。例えインスタントでも、あの芳しい香りは頭をスッキリさせてくれるに違いない。


「冬香も飲む?」


「ボクは遠慮しておきます。コーヒーを飲むと、フラフラしちゃって…」


「ああ、そういえばそうだったな。」


「あっ、ボクが淹れてきますよ。」


「いや、いいよ。ちょうど暇つぶしにもなるしね。冬香はゆっくりしててよ。」


「は~い。」


 俺は給湯室に入って、コーヒーとマグカップを取り出した。そういえば、紅茶のティーバッグはまだあったかな? ついでだから、冬香に紅茶でも持って行くか… カップにコーヒーを淹れて、電気ポットから熱湯を注ぐ、冬香のマグカップにも熱湯を注いで、ティーバッグを浸す。


 カッコゥ カッコゥ


 突然、壁に掛けてある時計が鳴いた。事務室の壁掛け時計が壊れた時に、家に使っていない時計があると言って課長が持ってきた時計だった。難点は、1時間毎に郭公の鳴き声がなるという事。これはうるさいと不評で、結局給湯室に追いやられる事になった。その時計が鳴いたという事は、もう2時か…


「…ん?」


 突然、首筋に何かが触れた。 …手? ひょっとして、さっきの怪談にかこつけて、冬香が脅かそうとしてるのかな? と思った、次の瞬間…


「がっ…!?」


 その手が、信じられない力で、俺の首を絞め始めた。慌てて指を掛けて手を外そうとするが、俺の指はその手をすり抜ける。


「ぐぅっ…」


 その時、給湯室のドアの隙間から、事務所の中が見えた。冬香は、自分の席に座っている。 …じゃあ、これは一体誰なんだ!?


「かっ…はっ…」


 俺はあまりの苦しさに、腕を振り回す。マグカップが床に落ち、音を立てて割れる。首がミシミシ音を立てる。手は中を掻き、足も中を掻く。頭もガンガン鳴っている様な感じもする。 …もう、駄目か…


 …オマエジャナイ!!…


…………………………………………………………………………………………………………


「…パイ、センパイ! しっかりしてくださいっ!」


「…う… ゲホッ、ゲホッ…」


「センパイっ! 大丈夫ですかっ!?」


 気が付くと、冬香が俺を揺さぶっていた。 …一体、何が起こったんだ?


「だ、大丈夫… それより、一体何が?」


「さっき、先輩がコーヒーを淹れに給湯室に行った後、何かが割れる音がしたんです。それで、慌ててここに来たら、センパイがっ…」


 …そうか、思い出した… …コーヒーを淹れた後に、誰かに首を絞められ… …!?


「冬香っ! 冬香は大丈夫だったか!?」


「…えっ?」


「さっき、突然後ろから首を絞められたんだっ!。俺が気絶した後、冬香は襲われなかったのか!?」


「…その… …誰も、いませんでした…」


「…は?」


 誰も、いない…? 俺は、冬香が何を言っているのか、分からなかった。


「給湯室に来たら、センパイが苦しそうに立ってて… そして、突然倒れたんです… センパイの後ろには、誰もいませんでした…」


「そ、そんな馬鹿な!? カップが割れた後に冬香がすぐに来たなら逃げる時間なんて無いはずだ!! 出入口は、そこしか…」


「そ、そうじゃないんです! ボクがここに来た時、センパイ… …宙に、浮いてました…」


 浮いていた? それじゃあ冬香は、俺が首を絞められている最中を見たのに、犯人は見ていないという事になる。 …それじゃあ俺は、冬香が見えない誰か… いや、何か…に、首を締め上げられたのか? …そういえば、その手を外そうとした俺の指は、その手を通り抜けていた… …そんな…


「…でも… …でも、センパイが無事で、良かった!!」


「ふゆ…」


 突然冬香は、俺の胸に顔を埋め、大声で泣き始めた。俺は、思わず冬香の頭を撫でて…


ガチャッ


 突然、給湯室のドアが開いた。思わずビクッとして、ふたりでドアを見た。そこには…


「…お前達… …何やってるんだ?…」


 課長が、驚いた顔で立っていた…


…………………………………………………………………………………………………………


 取りあえず俺達三人は、事務室に戻って席に着いた。仕事は無事に済んだとの事で、他のメンバーは直接家へ帰らせたとの事だった。


「…まあ恋愛は自由だし、仕事に差し支えなければ社内恋愛だって構わない。けれど、職場でああいうことはちょっと…」


「あ、いや、そうじゃ無くてですね…」


 俺は、勘違いしている課長に(勘違いされても仕方がない状況だったが)、先程起こった事を話した。課長は一通り話を聞いた後で、溜息をついた。


「…このビルが竣工したのは10年前だってのは、知ってるよな?」


「はい…」


 …やっぱり、信じてもらえないか…


「じゃあ、その前の事は知ってるか? このビルが建つ前の事…」


「…は?」


「…えっ?」


 俺達は、課長が何を言っているのか、分からなかった。


「松本さんの言っている20年前の自殺騒動は、本当にあった事なんだ。但し、このビルじゃ無くて、ここに建っていて15年前に取り壊されたビルでの話だけどな。」


「えっ…」


「女性は給湯室で自殺、男性は居た堪れなくなって転職したらしい。ところがその事件以来、あのビルでは幽霊の目撃が続いて、首を絞められる男性も何人も出たらしいんだ。」


「えっ…」


「最も、恨まれている男性はここにはいなかったから、全部人違いな訳だけどな。幽霊の方もそれが分かるみたいで、『お前じゃ無い』って言われて解放されるらしい。」


「…っ!!」


 …確かに、気絶する寸前に、俺はあの声を聞いていた… …オマエジャナイ… …あの、恨みのこもった女性の声を…


「…でも、それはここのビルじゃ無いんでしょ!? 何でセンパ… 幸田さんが襲われなくちゃいけないんですか!?」


 突然、冬香が涙声で叫んだ。そうした事で再び涙が止まらなくなり、俺の胸に顔を埋めた…


「俺がその幽霊じゃないから理由までは分からないけれど、その時刻に男性が給湯室に入った… まあ、人違いだろう。」


「いや、そういう事じゃ無くてですね… 何で違うビルなのにという事ですよ。」


 泣きじゃくっている冬香に代わって、冬香の背中を撫でながら、俺が課長に聞き直した。


「ビルの建っていた場所は同じ。そして、事件が起こったのはそのビルの3階… …俺達がいるここも3階だ。更に言うなら、給湯室の場所自体は、前のビルと変わっていないらしいんだ。」


『!?』


 課長のその言葉に、俺達は凍り付いた…


…………………………………………………………………………………………………………


 …皆さんが住んでいる家、そして学校、会社… …建物は、まだ新しいですか… …例え新しかったとしても、油断しないでください… …ひょっとしたら、まだ昔の幽霊がいるかもしれません…

初投稿時に「幽霊は長年空中で待っていたのか?」と突っ込まれました……

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