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はじまり


突然だが、ぼくは神だ。

……と言えたら格好よかったのだが、実際は神の息子だ。


ぼくの父が神なのだ。


「息子よ。誕生日おめでとう。お前ももう13だな」


何も水汲みに泉へ来ているときに言わなくても。

ぼくは心のなかでつっこんだ。


この世界にはぼくと父しかいないのだ。正確に言えば精霊たちもいるのだけれど、彼女たちはよほど理由がなければ姿を見せないから。ぼくと父だけと言って過不足ないのである。そんな世界で、家でだっていくらでも話せる息子の誕生日を祝う場が、こんな場所だなんておかしいなとは思っていたけど……父がどこかズレた人なのは今に始まったことじゃなかった。ズレている、と父のことを認知できるのは数年前まで生きていた母のおかげだろう。惜しい人を亡くした。ぼくの貴重な常識を形作ってくれた人だったのに。


「いやあ、すっかり大きくなって! 父さんはお前の成長が嬉しいぞぉ〜! ほらほっぺにキスさせなさい」

「やめてよこんな歳になってまで気色悪いから」


がっくりと肩を落とす父。まあ、ぼくだって別に? 年に一度の子供の誕生日に父が威厳なんてものを備えて話しかけてきたら、それはそれでイヤだけれど。

だけどここだってたくさんの精霊がぼくたちを見ているのだ。ほら、森の方からくすくすと笑ってる声が聞こえてくる……気がする。木の葉のざわめきかもしれないけど。

そもそも水汲みだって、僕が生活するために使うためのものであって、神である父には不要な労なのだ。ここへついてくる必要だってないのに。


「で?どうしたの。今年のパーティー会場はココにでもするつもり?」

「はは! それもまた趣があっていいな。いやなに。そろそろお前も知りたいだろうなと思ってな」

「何を?」

「この世界の表側」


水に何かが落ちる音がして、ぼくの心臓は飛び跳ねた。いや、そのまえから飛び跳ねていたのだろう、水面を見てようやくぼくは気がついた、水桶が手元からなくなっていたことに。ぷかぷかと流されるそれは広い泉の中央へとゆったりと流されてゆく。ああ、諦めて新しいのを作らなくちゃいけない。

ちがう、父はいまなんと言った?


「話してくれるの、表側のことを……。やっと!?」

「そう、表側のことはお前にはろくに伝えてこなかった。なぜならお前は幼く、好奇心旺盛だったから面白いものを話せばここに留まってはいられなさそうに思えた。それがいち親としては心配だったのだ。だがお前ももう13。人としてはまだ未発達な年頃ではあるが、親元から離れるにはそれなりの齢になった。なにより、ここにずっといてはアイツが……いや」

「ねえ! 表側むこうには何があるの!? 早く聞きたいから家に戻ろう? そうだ、舌を滑らせるのに必要なら父さんの好きな蜂蜜酒でも作って……」

「レン」


肩を力強く掴まれた。父の手は大きく、そして重かった。こんな風にされたのは初めてで、ぼくは驚いた。光が父の頭に隠れて、ぼくの世界は暗くなる。父は笑っていた、けれどどこかその顔におそろしさを覚えたのはなぜだろうか。肝の冷えるような、腹の底からなにかが込み上げてくるような唯ならなさを覚えながらぼくは、


「さあ、生きなさい。」


天地がひっくり返った


鼻のなかに、水が入り込んでくる。つんと刺すような痛みが頭に届くし、喉も異常を伝えてくる。落とされたのだ、泉に。


「まずい」


ぼくは思わず口にして後悔する。息が口から漏れ出て、さらに体は沈む。水流を感じる。とてもまずいのだ。だってこの泉の中央の水底は滝が生まれる場所だから。


ぐいと水に首を掴まれたような感覚を与えられ、ぼくは後戻りができないのだと確信した。死ぬのだ、ぼくは。昔から母は言っていた。死にたくなければ泉に入っちゃだめよって。わからない、考えればなにか理解できたのか? けれどぼくは、薄れゆく意識のなかで父を恨んだ。なにも誕生日にこんなことしなくたっていいじゃないかって。表側のこと結局教えてくれないじゃんって。


ふっ、と、顔が空気に触れる。落下する感覚とともに。

ぼくは滝から顔を出していた。

頭上には土の塊が広がっていて、そのさらにむこうにはオパールの天蓋が陽光を反射していた。今はちょっと見えづらいけど、見慣れた空だ。体は転がるように下を向く。今度は信じがたい景色が広がっていた。幾重にもかさなる青色のカーテンのような光がぼくと滝を待ち構えていた。

歌が聴こえた。滝があのカーテンにぶつかり、跳ねるたびに音が生まれているらしい。地の下に落ちるまで知らなかった。でも、そうじゃない。精霊の声のような、きれいな声。あの膜の向こう側のほうから……。


手を伸ばしてみた。いや、そうしようと思ったわけじゃない、気がつけばそうしていた。ぼくは、それを誰が歌っているのか知りたかった。これから死ぬのに?


「たすけて……」


視界が水流に呑まれる。空気と水に交互に襲われた肺が、もう無理と音を上げた。ぼくもそう思う。おまえはよく頑張った。不変の父でもなければ、こんなものは耐えられないのだ。父は不変なのに、どうしてぼくは脆いのだろう。人間の母をもったからといって、もう少し頑丈であってもよかったと思わない?


神様って理不尽だ。

自分の父への恨み言を最後に、ぼくの意識は途絶えた。


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