犠牲への所存
久しぶりに訪れたエルカトルのクリスタルレイは元の荘厳な佇まいまで行かなくとも
ある程度“城”らしくはなっていた
「どうだ復興の方は」
集まった領主達を目の前にした王は挨拶代わりに各領の状況を確認する
どの領も首都に関しては機能を取り戻していたようだが
総じて地方は手付かずのままであるという事が共有された
「まあ、そうだよな
さて、今日集まってもらったのは
その地方で起きている悪い話をする為だ」
クラウス達がバインと接触してから1週間が経って行われる招集
この間、報せ受けた王は
エルカトルの騎士や領主を使い、地方のバインについての調査を進めていた
「結論から言おうか
使徒の残党が使徒崇拝を止められない者達を足掛かりに、再び人間領を支配しようと目論んでいる」
これに、初めてバインの存在を知ったアンセルモとバベットは驚いた
「想定内です
あのニゲラで本当の所はどうなってしまったのか私は知りません
何処かに潜んで今この瞬間もこの首を搔き切る機会を伺っているという妄想は五万としました」
冷静にそして冷ややかにエイベルがいう
「まあ、その通りだよね
使徒がこの世界でどれだけの影響力を持っていたかを考えれば…
それがある日を境に全部無くなるなんて
そんな都合のいい話はない訳ですよ」
使徒という存在の圧力と呼べる介入が無くなったのは確かだが
それに違和感を感じていたのはクラウスも同じである
教会からの抵抗はあったにはあったが
それらは想像よりもずっと簡単に押さえつける事ができたのも不思議だと感じていた
そう、ただ水面下に潜っただけ
やらなくてはならない事が山積みで、考えないようにしていたがそういう事なのだ
「俺の領土で舐めた真似しやがって
アイツら許さねぇ、今度こそ根絶やしにしてやる…!」
教会との全面戦争だ!とヘルロフが声を上げた
「全面戦争だなんて!
信仰があってようやく生きていける人もいる
それを否定するなんて私は出来ないわ!」
「オイ、そいつ“バイン”じゃないだろうな!?」
元々熱心な使徒崇拝者であったバベットの信仰心を疑ったヘルロフが掴み掛かる勢いで立ち上がった
彼女はそんな彼の圧にも負けず睨み上げ怒鳴る
「なんたる侮辱!!
私は使徒という魔物に騙されていた被害者だ!
私が真に信仰しているのは“夜の巨人”よ!!」
使徒の首魁“ポロニア”を葬り、人間に“真の自由”を与えたとして
使徒崇拝を辞めた代わりに“夜の巨人”を崇拝するのが巷で流行しており
バベットもまた、使徒から夜の巨人へと崇拝対象を変えていたのだ
「薄っぺらい信仰心だな…」
ちゃらんぽらんなヘルロフが、バベットの手のひらの返しようにドン引きする
「“奇跡”の特性上、崇拝対象が必ず必要になるのは仕方ないことよ!
私の祈りには力があるの!!」
“奇跡”と呼ばれる術は
一般的な魔術師が扱う魔法とは異なっている
魔術師の魔術は体外の魔素を内包魔力を消費し呪文によって操るので
体内に魔力を持たない者や極めて少ない者は魔術師にはなれない
しかし、聖職者の起こす“奇跡”は少し勝手が違う
彼らの呪文(祈り)は魔素に干渉する為の学術的な式ではない
必ず信仰対象の名が含まれ、彼らを賛美し、許しを請い、助けを求める文言である
信仰されている魔族や使徒にとって、名とはとても重要な要素であり
これをある形式で呼ばれると、彼らは反応せずにはいられなくなる
信仰され祈られた者は、信仰し祈った相手に自らの魔力の一端を貸し与えるのだ
つまる所、“奇跡”は術者である聖職者が起こしているのではなく
崇拝されているナニカが起こしていると言っても過言ではない
とはいえ、この祈りを唱えれば誰でも“奇跡”を行使できるという訳ではない
急に祈ったところで、名を呼ばれた方も見知らぬ人間に力を貸そうとは思わない
日々祈り崇拝する事で認識され
初めて力の一端を貸し与えてもらえるのだ
「話を聞いていて思い出したのですが
密入国しようとしていた者の中に
恐らくそれと見られる者が居たように思います」
アンセルモが治るコモンゲラートは、サモーズと共に領地が隣国グラウンドベアに接している
その国境を違法に越えようとするテロリストが後をたたず
彼は国境の防衛に力を注いでいた
その中で、どんなに矢を射かけても
どんなに身体が傷付こうとも怯まず
死ぬまで前進し続ける異様な者達を何人も射殺しているという
「分かっていた事だが…
我が国だけの話ではないな」
とは言え、ベアは明確に敵国であり基本話し合いには応じない
「ホルツマン、お前達は取り憑いた使徒を退けたそうだが
どんなポーションを使用したのだ」
クラウスは、使徒の残党が名を変え水面下で動いている旨は手紙に書いたが
自分達が寄生されそれを退けた事は書いていない
ヘルロフだなとチラッと彼を見たクラウスは
やれやれと言ったふうに答えた
「…獣人の…血液ですね」
クラウスの言葉に、バベットはギョッとした
「飲んだのですか!?」
「ええ、まあ、一度は身体に入れましたよ」
「そ、それは、大丈夫なんですか…?」
アンセルモも彼の答えに狼狽えているようだ
王の血液を飲まされた時もそうだが
皆好きこんなでそんな物を口にしたいとは思っていないし
そもそも獣人というものへの認識は
不潔で、病気や不幸を運び、悪事を働く圧倒的な悪者で虐げられる存在である
「…城下街に潜むフルールを捕まえて
その血液を御守り代わりにしろということか?」
「まさか、フルールの血液なんて
ドブ川の水と良い勝負でしょう
ヤですよあんなの飲むの…」
「でも今“獣人の血”を飲んだと…!!」
ここでアンセルモはハッとした
前回のニゲラの時に、クラウスを迎えにきた従者はリグマン(獣人)の男性だったと思い出したからだ
「…なるほど、ホルツマン様の寵愛している従者の血液ですか
確かに管理されている彼なら、その血液も綺麗そうだ
そういえば、今日は彼は連れて来て居ないので?」
エイベルの視線は何処か好奇の色を含んでいる
クラウスはディオを生贄にする気など全くない
今日ディオを伴って来なくて本当に良かったと思った
「エドリック王、相談があります」
「何だ」
「ワピチで抱える魔術師に、パラフェトイに対する駆除薬を作れる者がいます
彼女の研究を現実にする為に、パラフェトイの…使徒への脅威に立ち向かう為に
資金の援助をお願いしたく存じます」




