バイン
「バイン…?知らないな」
首を傾げクラウスは従者の2人にも聞くが、2人とも知らないと首を振る
するとヘルロフは“バイン”について話し始めた
「初めは、何も持たない貧困層が手付かずになってる崩壊した村を占拠したんだと
俺も軽く考えていたんだ」
ここに来る前にエドアルドとディオの2人が目の当たりにした物価の高騰
富は富裕層により集まり、貧困は拡大
持たざる者達は生きるために道の草すら食む日々を送っている
都市では人らしい生活は送れないが
離れて放置された廃村に流れても、そこは魔物の巣窟やフルールの根城になっていて
一般的な領民が敵うはずもない
なのでヘルロフは自然に淘汰されるのに任せていたのだと笑い、クラウスは顔を顰めた
「けど、どうもソイツらはそこに定着して仲間を増やし始めたらしい」
「それの何が困るんだ?
領民達が必死に生きている様を笑う
君の性根を疑うよ…」
クラウスの苦言に何言ってるんだ?と言わんばかりの顔をした後、ヘルロフは続けた
「奴ら“バイン”と名乗って
街から略奪を始めたんだぞ?」
そのバインと名乗る集団は
窃盗、誘拐、殺し…何でもするらしい
「領民がそうせざるを得ないような内政を敷いたのは君だ
それはもう君の過ちでもあるだろう」
「待て待て、ていうか何でそんな庶民の味方するんだ?
あの馬鹿たちは俺ら貴族に守られてる事を忘れて不平不満を撒き散らし
少しでも甘い顔してやりゃあ、当然だとつけ上がって足元見てくる連中だぜ?」
貴族にとっては庶民とは
自らに従属する財産であり、奴隷の様な存在である
クラウスの様に身分に関係なく“人命が宝”だとする者は先ずいない
こういう考え方の違いからクラウスは貴族の間で浮きがちだ
「それで、君はそんな庶民に手を焼いてると?」
嫌味を含んだクラウスの言葉に、ヘルロフは分かりやすく表情を歪めた
「そこだ!俺はあのクソどもに思い知らせるために兵士を送り込んだ!!
なのに誰も帰って来ねぇ!!
どいつもこいつも連中の仲間になりやがった!!」
彼が絶対に裏切らないとしていた腹心の部下さえも…
そこまで聞いてクラウスはこの問題が単にヘルロフの政策の行く末ではないのではと考え始めた
そこへ料理が運ばれてきた
「そのバイン、うちも相当困ってる」
料理を持ってきた老齢の男性をヘルロフは見上げる
「聞き耳立ててたのかよ」
「あんなデカい声で話しゃ耳塞いでても聞こえちまうよ
そっちの人、ワピチの領主様なんだろ?」
その男はヘルロフにはタメ口だが、クラウスには跪き挨拶を述べた
「噂は予々伺っております
私はここのギルドマスター、エルンスト
どうかこの童に力を貸して頂けないでしょうか」
「わっぱって…いつまでもガキ扱いすんじゃねぇよクソジジイ!」
「旦那様、如何なさいますか」
エドアルドに聞かれうーんとクラウスは腕を組んで唸った
「盗賊と化した民衆がうちの領に流れて来ないとも限らないし
内紛は避けたいよね…」
今後の憂いになる可能性が少しでもあるなら
小さな芽のうちに摘んでしまう方がいいだろうと思うのと同時に
“誰も戻って来ない”という点がどうにも引っ掛かった
「…分かった、取り敢えず様子だけでも見に行こう」
この言葉に反応したのは、今まで静かに聞いていたディオだった
「ま、待って下さい…!
よく分からない相手に危険です
俺、俺なら戦うのに慣れてます!俺だけで…!」
クラウスを危険に晒したくないディオは、単独での調査を申し出たが却下された
「相手が民衆ったって、1人で行ったらそれこそ危険でしょ
もし君が帰って来なかったりしたら
ボクどうにかなっちゃうよ
みんなで行こうよ…待てよ?前衛しかいないな?」
戦士、バイキング(ヘルロフ)、ガーディアン(エドアルド)、そして自分が魔剣士とこの場にいるのはまあ前衛ばかりである
クラウスは魔法も扱えるので後衛を務めることも出来るが
仮に戦闘になった時には、なかなかバランスの悪いパーティーだ
「マスター、ギルドから治療の出来る後衛を貸してもらえない?」
「畏まりました」
ギルドマスター、エルンストはカウンターのギルド職員に声を掛けたので
登録者名簿が出てくるのかと思いきや
留守は頼んだぞ!と言い放った
「えっ?」
「ホルツマン様、このエルンストがお供します」
エルンストの準備が整い次第、直ぐに出発という事でディオはトイレへ立つ
用を済ませながら、何があってもクラウスだけは必ず守ると自らを奮い立たせ個室を出た所
2つしかない洗面台に、ヘルロフが居てたじろいだ
ヘルロフと会うのは今日が初めてではないが
この貴族らしい男の事が彼は苦手で仕方なかったのだ
ディオは俯き目立たないように静かに空いている方の洗面台の前に行く
さっさと手を洗って何事もなくクラウスの元へ戻ろうと思ったが
矢張りそうはいなかった
「…なあ、リグマン」
話し掛けられ、ビクッと身体を萎縮させる
鏡越しに相手が此方を見ている気がするが
ディオは俯いたまま、目を合わせないように自らの手を滑る流水を凝視し
小さく「…はい」と返事をした
「そのエカナの首飾り、ホルツマン卿とペアのデザインだろ」
エカナの首飾りというものは
緑の魔瘴石と銀細工で特定の図形(術式)を取り入れ“加護”が発動する様に付呪されたネックレスの総称である
なので作った者によって細かなデザインが異なってくる
クラウスは普段これを首に掛け、服の中にしまうように身に着けているが
胸元を覗き込むとチラッと見えなくもない
彼のエカナの首飾りと、ディオが首からかけたソレのデザインが同一であることをヘルロフに指摘され
ディオはどう答えるべきか悩んだ
それは獣人である自分とお揃いを身に着け
更にクラウス自身がソレをディオにプレゼントしたという事実が
クラウスの品格を落とすのではと考え至ったからだ
ディオが下を向いたまま答えられずに狼狽えていると、ヘルロフが鏡越しではなく
直接彼の方を向いて言葉を発した
「貰ったのか?」
「…は…はい…」
恐ろしくて上手い言い訳が思いつかなかった
「…へぇ」
聞いておいて軽くあしらうような相槌
ヘルロフは濡れた手をズボンで拭いながらトイレを出て行った
「…随分長かったけど調子悪いの?」
トイレから戻ってきた顔色の悪いディオを気遣いクラウスが声をかける
「だ、大丈夫です…」
ディオは取り繕うのが下手だ
どう見ても大丈夫ではなさそうだし、何かあったのだと直ぐに分かったが
彼が大丈夫というので、クラウスはそう…と、それ以上の詮索は止めた
そこへ準備の済んだエルンストがカウンターの奥から出てきた
さっきは麻の上下を着たその辺によくいる老齢の男性だった彼が
今は全身を白を基調とした荘厳な装衣に身を包み、金と木で出来た大杖を持っている
「ーワァッ…!ヤダ!
まさか教会のビショップ…!?」
そんな彼を見たクラウスは口に手を添え悲鳴のような声を上げた
「ハハハ!ご安心下さい…
元より教会から脱会する機会を伺っていたところへの、国からの使徒崇拝の廃止命
エーゴンのように愚かではありません
そう、私は冒険者ギルドのマスター!
悪いようにはしませんよ…」
「はは…ほんと?後ろから刺さないでね?」
元とはいえ、教会の関係者だと分かり
クラウスはどうにも落ち着かない
「クラウスちゃん、安心しろって
このクソジジイ使徒が世界を治めてた頃から使徒クソとか平気で言ってたぜ?
つか、ジジイ今日はちゃんと後衛しろよな」
調子に乗ってイキったヘルロフの横腹を
エルンストは大杖の飾り部分で強めに突いた
「ーんがっ!?」
「るっせぇよヘル坊黙ってろ」
横腹を押さえ悶絶するヘルロフを尻目に
エルンストはギルドの出入り口を開く
「さあ、参りましょう」




