意固地
ルクソンポールの波止場には大小様々な船がずらりと並んでいた
その中でもとびきり大きく、古めかしい木造船の前までヘルロフはクラウスを連れてきた
「コイツがあの大災害を唯一耐え抜いた
我が家の家宝、ラシェル
多少の傷、破損はご愛嬌だ」
ホルツマン邸がそうであるように
この船も特殊な素材や魔術によって強化され未曾有の災害を乗り切ったのだ
「へぇ、マイムの木で造られた船とはね…
なかなかお目にかかれる物じゃない
それにこの大きさ…恐ろしいな」
クラウスが感心する“マイム”とは
非常に生育の遅い樹木だが、軽く頑丈で水に腐食されにくく、高い耐水性を兼ね備えた
まるで造船のために存在するかのような樹である
木材として非常に需要が高いので
ワピチでもこの樹を育てているのだが
特殊な生育条件と成長速度の遅さから大量に手に入れることが出来ない建材だ
そんな木が惜しげもなく使われた船は一体どれほどの価値になるのだろうか…
なるほど腐っても王の血筋だと、変に納得してクラウスは肩をすくめる
「コイツの価値が分かるなんて流石だな」
「で、まさかこの船を貸してくれる訳じゃないでしょう?」
ガハハ!と笑った後、ヘルロフはただの自慢だと言い切ってスッと指差した
指の示す先には中型の木造船が並んでいる
「うちから貸し出せるのはアレくらいだ」
初めに見せられたラシェルとは違い
此方は本当にただの中型木造船である
「スワンプコープまでの運行なら全く問題ないはずだ
内海を通るルートになるし、あの辺りは船舶が入り乱れるエリアもある
何より複雑な海流がある場所があるから
ある程度は小回りが効く方がいい」
普段はふざけた事ばかり言っているヘルロフだが、船や航路、海についての知識は確かなようで
クラウスは少しだけ彼を見直した
丁度グラウンドベアとラビフィールドの間くらいの海域が一番荒れると彼はいい
尻のポケットに刺していた丸めた海路図を取り出し広げると
指で危険箇所を指し示しながら話を続けた
「複雑な海流にばかり気を取られていると沈む
ここはとにかく嵐が多い、何の前触れもなく本当に突発的にやってくる
で、大自然の脅威に命辛々何とか生き延びても気が抜けねぇ」
内海には海賊が多い
油断しているとあっという間に船をドッキングされ、何もかも奪われてしまうのだ
「…さて、どれだけスワンプコープ行きが大変か分かってもらえた所だろう」
「ああ全く骨が折れるね」
「この航海をやりきれる人員!船!航路!
…俺が貸し出すこれに
あんたは一体どんな価値のあるものを差し出してくれるんだ?」
クラウスは顎に手を当て暫く考えた後
ある程度の金額の提示とマイムの木を取引に出した
「貨幣の価値はだいぶ下がってるけど
君としてはマイムは喉から手が出る程欲しいんじゃない?
大事なラシェルだったかを直してやれる」
「随分と太っ腹だな…正直驚いたぜ
物の足りない今の時代、その建材は金なんかより価値があるだろうよ」
「そうね、ワピチでも勿論貴重品だ
出さなくていいなら出したくはない
けど、ウチには木を育てるノウハウはあるが
造船技術も、熟練の船乗りも居ないからね
家屋を建てるだけなら、他にも木はあるし…」
ヘルロフは腕組みをしてジッとクラウスを見る
「…足りないって顔だな」
足元を見られているのではと、クラウスは少し不快感を表情に出した
「いや、いやいやそうじゃない
はー…分からないかなぁ?
なあクラウスちゃん、俺はさぁ…」
大柄なヘルロフが、ずいっとクラウスに近付きその耳元に囁いた
「あんたが一晩、俺の相手をしてくれたらそれだけでいいんだぜ…?」
一瞬の沈黙の後、クラウスは強烈なボディーブローをヘルロフのみぞおちに叩き込んだ
うごっ!?とヘルロフから変な声が上がり
彼は苦しさのあまり、腹部を押さえその場にうずくまった
「まったく、君は何か勘違いしているようだ…
私は領主であって男娼ではない
枕などしないぞ、恥を知れ恥を…」
これでもかと言わんばかりの蔑んだ視線をヘルロフへ送りクラウスは溜息を吐いた
「…ぐ…ぅう…そ、そうは言っても…破格の取引…じゃないか…!
飲まない…理由が…ない!…あんたが身体を許すだけ…全部手に入るのに!!」
ゴホゴホと咳き込みながら、苦しそうにヘルロフは腹部を押さえながらヨロヨロと立ち上がった
「大体ねぇ、私みたいな還暦近いジジイに何で君はそう執着するんだい…」
「はは…ははは…何でだろうな
逆にあんたは何でそんな頑なに断るんだよ
今まで誘った奴は老若男女、関係なく喜んでベッドに上がったんだぜ…?」
額の脂汗を手で拭い、ヘルロフはニヤッと笑ってみせた
「ヤダなぁ…気持ち悪いよ…
私は本当に好きな人にしか身体を許したくない質なんでね
欲求不満なら他を当たってくれたまえ
取引するなら、物品で!以上!」
ピシャリと言い切ったクラウスに、ヘルロフは両掌を見せて手を挙げ降参の意を示した
「分かった、分かったって…
マイムで取引成立って事で
まさか取引自体白紙になんて言わないよな?
ほら、お詫びとして美味しいお茶をご馳走するから!!」
前にお詫びのお茶で嫌な思いをしたクラウスは嫌そうな顔をしたが
スケイルメイトとの件もあるので、やれやれといった具合にそれを承諾した
「いいかい?もう一度ベッドに誘ったら、今度こそ土に返すからな?」
目の笑っていないその微笑みに
ヘルロフはゴクリと生唾を飲み込んだ
・
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一方、領主同士の話し合いの場に相応しくないと
ヘルロフに厄介払いされていたディオとエドアルドは
2人でルクソンポールの街に出ていた
クラウスの執事であるエドアルドと
クラウスの番いであるディオは、何かと顔を合わせる事は多いのだが
こうして2人きりになる事は殆どなく
互いに妙な緊張感を覚えていた
「えー、取り敢えず我々はルクソンポールの観光でもしていましょうか」
観光とはいうものの、エドアルドの本当の目的はサモーズ領の情勢を知る事である
これは別れ際にクラウスから受けた命令で立派な仕事だ
そして、同時にディオを守るようにとも言われていた
「観光…ですか…俺、そういうのあまりした事なくて…そ、そもそも、俺みたいなの歩き回っていいんですか…?」
エドアルドも充分過ぎるくらい逞しい男性だが、それを超えて逞しいディオが
オロオロとする様子がエドアルドの庇護欲を掻き立てた
「ではまず港のマーケットに行ってみましょうか」
サモーズはスノームースのあるスペリアラ大陸から、西に位置するラウリシルバ大陸にほど近い
その為、このルクソンポールが復興すると直ぐにラウリシルバ側から船が来た
スペリアラは魔法の大陸だが、ラウリシルバは技術の大陸
交易品は機械仕掛けの物珍しい物が多く、ディオは目を丸くしてそれらを眺めていたが暫く眺めた後
露店から離れて表情を曇らせた
「…どれも血の匂いがしました」
精巧な時計や機械仕掛けの小物は確かに珍しく興味をそそられたが
全てから血の匂いがするという
ディオの気付きから、外国から入ってくるそれらの工芸品は大災害で亡くなった者の遺品であろうと
エドアルドは推察した
「だとすると欲しいとは思えませんね
それ以前にかなり法外な値段ですし」
大災害から半年経ってなお人も物も足りていない
全てにおいて不足する世界では全てが高価になり過ぎている
ルクソンポールを歩いてみても
治安は非常に悪く、身分の低い領民ほど痩せ細っていた
作物が潤沢に取れるワピチで、更にその領主が“領民こそが宝”だとして
始めの数ヶ月は全ての作物を領が買取、それを分け隔てなく均等に分配した
お陰で苦しくはあったが特定の層だけが飢えたり、治安が地の底をいくようなこともなく
今ではワピチ内での作物の価格は多少高くなった程度に止まっている
(それに比べて…)
ルクソンポール港のマーケットに並ぶ食品は、とても庶民に手が出せる値段でない物が多かった
ある程度の時間を潰した頃、小規模だが盛り場の集まった一角の道で
2人は波止場の方から歩いてきたヘルロフとクラウスに出会した
これからお茶に行くという事で、ここで合流し4人で店へ
入ったのはギルドの建物である
「本当、ギルドの客層って何処も変わらないなぁ…」
辟易とした態度のクラウスは座ろうとした椅子を注意深く見てから座る
他にも飲食店はあるのだが、わざわざギルドを選んだ理由は
料理のメニューも価格もギルドで統一されていること
ぼったくられたり、変な物を提供される心配が少ない
そして、耳を澄ませればあちこちから聞こえるのは“この地域で今起こってる情報”である
飲食物のオーダーをしたヘルロフは、メニューをテーブルに置き
腕組みをして椅子の背もたれに体重を預けた
「そうだ、ギルドといえば
各地の廃村に“バイン”と名乗る集団が勝手に住み着いてるっていう話がある」
ワピチではどうだ?
とヘルロフはクラウスを見た…




