歪んだ家族愛
それは事態が少し収まり、ネフロイトの住宅を必要とする人達が仮設住宅に全員入居できた頃の事だった
コンコンとクラウスとジリアンの私室とを繋ぐ内扉をノックする音が聞こえ
訝しく思いながらもクラウスはその鍵を開けた
「今、宜しいか?」
向こう側で扉をノックしたのはジリアンで
彼女は少し緊張したような面持ちでクラウスを見ていた
「…いいけど、どうしたの」
「それを話す」
この二つの部屋を繋ぐ扉を開けたのは
彼女と婚姻してから初めてのことである
「ディオ、ちょっとジリアンと喋るから…」
わざわざ内扉から入って来たということで
人払いしようとしたが、必要ないと止められた
「貴方のパートナーなら問題はない」
ジリアンの急な訪問に、ディオは少々気が立っていたが
居ても良いと言われて部屋の淵に椅子を持って行き座った
案内されるままに、落ち着かない様子でソファに腰を下ろしたジリアンは
クラウスが向かいに座ると静かに今日訪ねて来た訳を話し出した
「イェルクの事で…」
「イェルク?」
ここで息子の名前が出るとは想像していなかった彼は声の調子を狂わせた
「ああ、彼は…その、どうも私の事を“女”として見ているようで…」
それはただ女扱いされたとか、そういう簡単な話でない
いつものようにネフロイトの街の巡回をしていた折に
イェルクに警備が手薄で気になる場所があると言われ、言われるままに着いていくと
人気のないその場所で花を一輪渡されたのだという
「“義母へのプレゼント”なら私も受け取ったのだが
彼は“俺が先に出逢っていれば…”と言って私の手の甲に口付けをしたんだ」
思い出すのも悍ましいといわんばかりに、顔を歪めていうジリアン
他にも剣技を教えている時に今思えばおかしなスキンシップが何回もあったと彼女は暗い顔をした
「貴方は素晴らしい人だ、尊敬している
ただ…すまない…もう彼を息子として扱えそうにない」
クラウスも何とも言えない苦虫を噛み潰したような顔をして頭を抱えた
「…分かった、必ず悪いようにはしない
ただ少し考える時間をもらえないか?」
ジリアンが自室に戻るのを見送り、再び鍵を掛けたクラウスは
うーんと唸り、難しい顔をしながらソファに座り直した
「…何というか、少し驚いてます」
部屋の隅で話を聞いていたディオがクラウスの隣に座り言う
「父の妻に手を出そうとした息子に?」
「それもそうですが、クラウスさんは
…旺盛じゃないから…」
「それはそうね」
同じ部屋で番いであるディオと生活を共にしているというのに
この男は一緒に寝はするが、その先をということが滅多にない
「我が息子ながら末恐ろしいよ…
亡き父を思い出してしまった
…反抗期だからと、まともに会話もしてないのもいけなかったかな」
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翌朝、朝食を終えたクラウスはディオと共に
ジリアンから聞いたイェルクの今日の日程に合わせ、ネフロイトの最北端に来ていた
集合場所には既にイェルクが待っており
クラウスとディオの姿を見とめると
顔を顰めて不愉快を表にした
「…何しに来た」
「そんな怖い顔しないでよ、領主として街の警備の現状を見に来ただけなんだから」
反抗期で親の事が気に入らないうえに
獣人であるディオが一緒なのが更に彼の神経を逆撫でした
「今日はジリアンは来ない
君の実力を見せて欲しい」
その言葉にイェルクは分かりやすく彼を睨んだ、だが意外と嫌だと言うのではなく
勝手にしろと歩き始めたのだ
剣を片手に進むイェルクの後に着いていく
さて本題を切り出したものかと思案しているクラウスに対し
イェルクの方が先に話を振ってきた
「…何でジリアンと結婚した?」
急な質問に少し考え、最適だったからとクラウスは答えた
「世界は著しい人口減少で産めよ増やせよと国王自体が発信してる
それなのにあんたはどうだ?
…嫁いでもう数ヶ月、あんたのはもう役立たずなんじゃないのか」
スノームースのエドリック王は先の大災害で後継者である息子の王子を亡くしていた
それに加えて人手不足
かの王は国民の若い女性に対し「俺の子供を孕んだ者は生活の安全を保証する!」として
国中に発信し若い女を城に集め、もう6人は懐妊させたというのだから驚きである
「あの人は色んな意味でバケモノだ
妊娠の確率なんて奇跡みたいなものだよ?
一緒にしてもらっちゃ困るね…」
何て惚けるが、実際致してないので子供など出来る筈もない
「そんなの言い訳だ、ジリアンと離婚しろ!
あんたの下じゃ彼女は幸せになれない!
…俺なら、俺だったら毎日愛してやれる!」
「はは、随分と独り善がりだな」
ジリアンの性趣向など知らない息子の考える、彼女の幸せに思わず鼻で笑ってしまった
「ーっ!貴族は国の為に沢山の若い女を囲って子供を産ませなきゃいけない!!
父さん、あんたのしてる事は怠慢だ!
俺の方がずっと貴族らしい…!彼女だって18人いるんだぞ!!」
「…ヤバいね」
息子自身の口から18股を掛けている事実を明かされたクラウスはつい冷ややかな視線を送る
「あー、先ず父親の立場として言わせてもらうが
君はまだ14歳だ、自分で稼いで愛する者を守れるのかい?…無理だろう?
軽薄な行動だけは控えてくれ
ホルツマン家の品位が問われてしまうからね」
「ーはぁああ!?クソジジイ!!死ね!!」
クラウスのマジレスに、イェルクは顔を真っ赤にして怒鳴り散らすと
逃げるように走り去ってしまった…
びっくりしたディオは追わなくていいのかとオロオロしていたが
クラウスは肩をすくめて大丈夫と伝えた
(偉そうな割にあれは童貞だな…)
次に自宅に戻ったクラウスはジリアンを呼んで彼女にこんな話を持ち掛けた
「メルガルトで復興の指揮を取ってもらえないだろうか?」
メルガルトは先の大災害で街とその周囲一帯を任されていた貴族のアウラー卿を失い
やむなく局長のヘリングに代行させて統治を行っていた
「身分関係なく沢山の有能な人材を失った
君には人を率いる強さと実力があり
家柄的にも誰も文句を言わない筈だ
…つまるところ、メルガルトの領主をして欲しい」
実際、上に立てる人物を求めていたのもそうだが
彼女がネフロイトを出る事でイェルクから遠ざけることも出来る
「い、いいのか?私は貴族でも…女だ」
「関係ないない、ソフィもバベットも女性だよ?
意を唱える使徒だってもういない
あの娘を連れて幸せになっても良いと思うよ」
「…離婚…するのか?」
「君がしたいなら
ボクはこのままでも構わないけどね
使徒がいないったって、偏見は無くなるものじゃない」
ジリアンは愛するラリサの事を想う
ホルツマン家を離れヴァラハとして領主になれるのは魅力的だが
自分の力だけで愛する人を守り切る自信が彼女には無かった
「…ホルツマンを名乗って彼女と移り住んでも…いいのか…?」
「いいよ、今の情勢なら言い訳のしようは幾らでもあるでしょ」
そこまで聞いたジリアンは両手を額の前に組むと祈るようにして感謝を伝えた
「ああ…何とお礼申し上げたらいいか…」
こうしてジリアンのメルガルト行きが決まった
少し疲れた様子で執務室に戻ったクラウスにずっと付き添っていたディオは気遣いの声を掛けた
「ああ、大丈夫だよ心配かけてごめんね
…いやねぇ、血は争えないなぁと思って」
上着を脱ぎソファに腰を下ろした彼は
呆れたようにいい背もたれに体重を預けた
「血?」
「ボクの父親って無類の女好きでね
息子の嫁も抱く気でいたし、庁舎の女性職員全員に手を出していたんだよね」
「全員…」
ディオはクラウスを見た
「いやボクはそんな事しないよ!?
ボクがその気になるの君だけだ!
そ、それに…アカデミーの教育もいけない」
クリスタルレイのアカデミーは“貴族”や“領主”を育成する為の場所
使徒が定めた貴族らしい貴族にする為にまともな理論感はぶち壊されてしまう
クラウスがまともなのは、それこそ奇跡といえるだろう
「でも少し残念です」
「へ?何が?」
「欲望のまま貴方に滅茶苦茶にされてみたかった」
寂しそうに笑うディオ
「…動悸がする」
「えっ、大丈夫ですか!?
誰か呼んできます!!」
胸に手を当てクラウスが俯くので、ディオは慌てて誰かを呼ぼうと部屋を出ようとしたが
服の裾を捕まえられて振り返った
「なので、今日はもう早退しよう
…いいでしょぅ?」
顔をあげた彼のイタズラっぽい笑顔に
ディオはぐっと息を詰まらせ、生唾を飲み込んだ




