蔓延る癌
ネフロイトの教会の前には今日も救いを求め沢山の人集りが出来ている
その様子を横目に通り過ぎ、教会の裏口からクラウスは中へと入った
「おはよ、今日も随分と繁盛してるね」
「おはようございます領主様
繁盛だなんて…ここは営利目的の店とは違いますぞ」
このネフロイトにある教会のプリーストである
恰幅のいい男エーゴンはワハハと笑いながら言った
ふぅん…とクラウスは彼の肥え太った体を目を細くし眺めて本題を切り出す
「君の耳にも届いていると思うけど…
“使徒”の崇拝を辞めるように王から通達が届いた
まあ、辞めろと言われて辞めれるものでもないのだろうけど…
1週間後には店を畳んでもらえるかい?
この建物は受け入れた難民の為に使いたいんだ」
「領主様、正気ですか?
外をご覧なさい…民草は教会を、私を求めている!
幾ら貴方が偉い領主様で、立ち退き勧告をされたとしても
私はもっとも尊い神の使いですぞ?」
教会は庁舎やホルツマン邸などの建物と同じく、定期的な補強の魔法付与が施され
更には特殊な建材も用いられているため
大地震で崩れることもなく
今もなお荘厳な佇まいで崩壊し掛けたネフロイトの街の中に建っていた
それを知らない領民達は教会が今日も無事に建っているのは
偉大なる使徒様の栄光の証であるとし
崇め奉り助けを乞うているのである
「エルカトルの教会本部やクリスタルレイの支部は建物自体が潰れたらしいね?
早い段階で出ていった方が君の身のためだと私は思うけどね…」
本来、クリスタルレイ城や礼拝堂等もネフロイトの教会の様に魔法付与を施される筈なのだが
腐敗した官僚達のせいで
それらが正しく行われていなかった
そのせいで城を含めた城下街全体の約半分が崩壊するという悲劇が起こってしまった…
「ははは!信心が足りなかったのでしょうな!!
…領主様、お引き取り下さい
これ以上神を、使徒様を冒涜する様な真似を続けるのであれば
民草も黙っていませんよ…?」
エーゴンの傲慢な態度に領民の心の支えにと思ってそれなりの費用をかけ
定期的な魔法付与や建物の修繕管理を行ってきたことを、クラウスは今更ながら後悔する
「…まあいい、私は伝えたからね」
クラウスはそう言い、王からの通達である
“教会解体命令通知”の文章を差し出した
ニゲラと大地震が世界を襲った日
主神ポロニアは堕ち、人類は本当の意味で解放されたのだと
ニゲラの夜から戻った王は、小屋で夜明けを待っていた領主達に告げた
しかし、内容が内容なだけにこれから使徒をどう扱うべきかがなかなか決まらず
今日この手紙がクラウスに届いたという事は王が世界に向けてこれを発表する意思を固めたということになる
教会の裏口から出たクラウスは、熱心に祈る領民達を見て深く溜息を吐き歩き出す
(…絶対荒れる、なんなら暴動まであるぞ)
変な身震いが足元から上がってきて
彼は足を早めその場から立ち去った
・
「ディオは居るかな?」
ディオ達の邸宅の扉をノックし、出て来たミーティアに問うと
彼女が言うよりも早くディオ自身が階段を駆け降りて来た
「クラウスさん…!どうしました!?」
「あはは、そんな急いで来なくてもボク逃げないよ」
「ディオはホント領主さんが好きだよな
私は後少しでラビッシュと交代の時間だから
出掛けるならちゃんと鍵持っていってね」
ネフロイトを目指してくるアンデット達や野生動物への対処の為にミーティアはこれから出掛けるらしい
「んじゃあ、ボクの部屋行こうよ」
ラビッシュが帰ってくると
非常に面倒なのでクラウスはそう言って彼を伴って自宅へ戻る
久しぶりに来たクラウスの部屋で
落ち着かない様子のディオをソファに座るように促す
「あ、あの…」
「んー、ちょっと待ってね」
一度部屋を出たクラウスはハーブティーを持って帰ってきた
「何か大事なお話ですか」
ディオからさっきまでの楽しげな表情は消え、真剣な面持ちになっている
「大事…かな?ほら君も見たでしょう
アレについて話しておこうと思って」
ニゲラの時にディオが何体か殺した白く蠢く者達の正体は“使徒”だが
ディオはそれを“魔女”だと思ったままである
数日のうちに“使徒の事実”が世界に広がるその前に彼には話しておこうと思ったのだ
クラウスの話す事実を始めは驚き訝しげに聞いていたディオだがその顔色は
今や青を通り越して白くなっている
「…とぉ、大丈夫?」
「…あっ…は…ぃ…
…俺…使徒をこ、殺しちゃったんですか…?
ど、どうしよう…どうしよう…!!」
それは彼にとってはあまりに恐ろしい事実だったようで
どうしようもなく取り乱した彼を宥める為に抱きしめてやった
「大丈夫、大丈夫だから!
ほら…静かに耳を澄ませてごらん
…何が聞こえる?」
「…く、クラウスさんの…心臓の音…」
「君が守ったボクの命の音だ」
ディオはポロポロ涙を流して泣き始めてしまった
「王の話ではポロニアが死んだことで
“使徒”はバラバラになったらしい
だから怖がらなくていい、君はもう誰からも虐げられ必要はない」
・
「…すみません…取り乱して…」
「気にしないよ、全然大丈夫」
やっと落ち着いたディオは冷えたハーブティーを啜った
「それでね、使徒の正体が数日のうちに世界中に発信されると思う
そうなると世界は必ず混乱すると思うんだ
…ネフロイトも例外なくね」
それでとクラウスは少し躊躇いつつこんなお願いをディオにした
「ボクの部屋に暫く住まない?」
「…え?…いいんですか?
俺は正直嬉しいです、毎晩クラウスさんと一緒に寝られるの
でも…獣人の俺が部屋に住み込むのは…」
いくら使徒がもう居ないとはいえ
領民や使用人達の目がある
卑しい身分とされる自分が部屋に住み込む事でクラウスに迷惑が掛かるとディオは言いたいのだろう
「表向きはボクのボディーガードとしてだから問題は無いと思うけど?
エドアルドは大変な時期だから、出来るなら休ませたいし」
「それならこの邸宅の別の部屋で…って普通なります」
クラウスは眉を八の字に垂れ、情けない表情をした
「…ボクが少しでも君と一緒に居たいんだ
それでもダメかな…?」
「だ…ダメじゃ…ない…です」
途端にクラウスは満面の笑みになった
そして、いつの間に手配していたのか
あれよあれよという間に彼の使用人達の手によりディオのちょっとした荷物が
クラウスの部屋に運び込まれてしまったのだった
クラウスの行動力には度々驚かされるが
あまりの手際の良さにディオは笑いすら込み上げてきた
「ははは、分かりました
暴徒も信者も退けてみせます
使徒であっても貴方には指一本触れさせません」
「…ふふ、頼もしいね
期待してるよボクの王子様」




